第一夜 女子の平和を守るもの
第06話 女三人寄れば文殊の萌え
――始まりは、仲の良い友人二人との妄想話だった。
『ねぇねぇ、あのお二方って……あやしいと思わない?』
目隠し用の
この広大な宮殿の敷地内で、後宮エリアにある建物は一つではない。メインとなる大きな棟を取り囲むように、各妃が住まう『ヴィラ』と呼ばれるごく小さな別棟が、各々一棟ずつ用意されているのだ。とはいえ通路を挟んでほぼ隣接するように建てられているものだから、お互いの行き来は容易である。
ヴィラが隣という理由からなんとなく仲良くなったレイリの部屋で、暇な午後のひとときをダラダラと過ごしていた私は……干した
『お二方って?』
『そんなの決まってるじゃない。アルサラーン陛下と、小姓のサイード様よ!』
『あやしいって、何が……』
まだ理解が追いついていない私に、レイリは膝上で大きなクッションを抱きしめながら、興奮気味に畳みかけた。
『恋よ、恋!』
『こ、恋!? 陛下とサイード様が!?』
ラグの上で大きなクッションにもたれるようにして
『そうよ。だって他にも小姓はたくさんいるのに、陛下ったらいつもサイード様ばかり連れていらっしゃるし……それに、たまにサイード様のことをすーっごく優しい目をして見つめていらっしゃるんだもの! あんな眼差し、私たち妃に向けられたことなんて、ただの一度もないんじゃない!?』
『それは単に、貴女に興味がないってだけじゃないの?』
そうほんのり冷たい声音で言って、第十八妃のアーラが肘をついて寝そべったまま切れ長の瞳をレイリに向けた。羨ましいほどにサラサラの黒髪を持つ彼女は、レイリの向こう隣のヴィラの主である。歳も近いこの二人とは、よく一緒に暇をつぶす仲間なのだ。
『なっ、なによ! そういうアーラは、陛下にそんな風に見つめていただいたことがあるの!?』
『な、ないけど……』
『ほら! やっぱり、お二方はデキているのよ!!』
『さすがにそれは、論理が飛躍しすぎじゃないかな……』
私は呆れ顔でツッコミを入れたが、それでもレイリはキラキラとした瞳で力説した。
『でもでも、本当にそうだったら素敵じゃない?』
『え、素敵なの!?』
『そうよ! 妃のうちの誰かが特別な寵愛を受けたというなら嫉妬しちゃいそうだけど……本命がサイード様なら、許せちゃう。むしろ、推せる』
『お、推せる!?』
『あのいつも女に淡泊な陛下が情熱的に愛をささやいているところ……見てみたーい!!』
キャーッと黄色い声を上げて、二人の乙女たちは胸元で両手の指を組んだ。つい先ほどまで冷めたことを言っていたアーラも、この一瞬ですっかりレイリの意見に感化されてしまっていたらしい。
すでに二十名を超えた妃たちのうちでも特に年若い者たちには、私のようにまだ一度もお声がかかったことのない者も多かった。そして彼女が言うように、皇帝陛下は後宮にこんなにたくさんの女たちを集めているにも関わらず、誰か特定の妃を寵愛する素振りを見せない方だったのである。
もちろん夜伽役としてのお気に入りは上級妃を中心として何名かはいるのだが、全然心を開いてもらえている気がしないと嘆く声ばかりが聞こえていた。そもそも上級妃だの下級妃だのという非公式な呼び方を決めているのは、入宮の早さ、その一点のみ。まさかの完全年功序列制なのである。
妃たちの実家は、全てどこかの部族長……つまり諸侯クラスの有力者揃いだから、特定の家に権勢を与えすぎないための策なのだろうか。そんな陛下は妃たちから、淡泊だの冷徹だの、だがそこが良いだのと、女子会のネタとしていつも陰で好き放題言われているのだ。
しかしそのいつものネタも、今日はいつもと少し
そこで私は連日のお茶会で挙がった皆の妄想を、せっかくなので整理して書き留めてみることにした。手始めに短いシチュエーションを切り取った話を書き付けた紙を何枚か集めて、糸で綴じ合わせて小冊子にしてみたところ――数日後には、後宮全体にその話題が出回ってしまっていたのである。
『ちょっと、これは私たちだけの秘密だって言ったじゃない! 誰よ、お姉さま方に回しちゃったの!』
いつものレイリの部屋に集まるなり、私がじろりと共犯者たちを見まわすと……レイリとアーラはちょっぴり居心地の悪そうな顔をしながら言った。
『わっ、私は、確かにバハーミーン様にちょっとだけ見せたけど、ここだけの話だってちゃんと言っておいたんだから!』
『私も、確かにゴルバハール様にだけちょっと貸したけど、ちゃんと秘密だってお願いはしていたし……』
そうだ。誰もが暇を持て余し、刺激に飢えた者ばかりのここ後宮で、『ここだけの秘密』だなんて何も意味を成さないのを忘れてた!
ご機嫌を損ねたら即首が飛ぶとかいう事前情報とは全く違い、本物の陛下は意外と普通……ええと、とても寛大な御方である。どちらかというと冷徹でかなり合理的なタイプのようだが、やたらと決断が早い部分が苛烈に見せているのだろうか。
――とはいえ、こんなものが広がって、もし陛下ご本人の目に触れてしまったらさすがにマズい!
そう結論づけた私たちは、もう二度と妄想の証拠は残さないでおこうと決意して、冊子を封印したのだった。
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