前夜 砂かぶり姫、後宮へゆく
第01話 天国から地獄
――これは、
私は薄絹の陰から会話する二人の様子を
ここは、この国で最も高貴なる人物が政務の合間に休息するために、
この広大な砂漠を
そんな皇帝陛下のそば近くに控えたまま何かを報告しているらしきサイード様は、そろそろ少年ではなく青年と呼んだ方がしっくりとくる年頃だろうか。
本来であれば
この国の小姓たちは、平常時は主人の秘書業務にあたる
対する陛下は血に飢えた野心家だの首狩王だのと
私は
今回の
ニマニマとゆるむ頬に手を当てて、ほうっ、と思わずため息をついた瞬間――深すぎた吐息が、絹の幕を微かに揺らす。だが仕事のできる秘書兼護衛はその気配を見逃してはくれなくて、まるで薄布を切り裂くように鋭い声が飛んだ。
「誰だ!?」
「あ……」
悪気はなかったとはいえ、皇帝陛下とその腹心の会話を盗み聞きするなどと……これはさすがに弁明の余地がない。
すっかり血の気の引いた私が、激しく後悔していると――素早くこちらに駆け寄ったサイード様は間を
「いっ!」
思わず声を上げる私に、彼は鋭く問いかける。
「そのお
小姓のお仕着せ、つまり制服を着ていた私は、とっさに用意しておいたいつもの言い訳を口にした。
「ぼぼ、僕は、第二妃マハスティ様付きの小姓で……名はアフシンと申します!」
「マハスティ妃の? お前の様な小姓に見覚えは無いが。
怒りに満ちた声が響き、
「私はロシャナク族のアーファリーン。偉大なる皇帝陛下、第十六の妃にございます。本当に、申し訳ございませんでしたーっ!!」
腕を掴み上げられたまま、精一杯に頭を下げる。すると
「お前……いや、貴女が妃、だと!? 陛下、
「アーファリーンと言う名には、余も聞き覚えがある。だが、かの第十六妃は顔を覆わんばかりの豊かな黒髪を持っていたような気がするが」
そう答える陛下の視線は、私の砂色の髪へと注がれている。この砂漠の民には珍しい淡い茶髪は肩にも届かぬおかっぱで、この国の女性としてはありえないくらいの短髪だ。化粧もしていないし、近くではほとんど顔を合わせたことすらない陛下には分からなくても無理はないだろう。
だが主人の証言に色めき立ったサイード様が、再び声を荒げた。
「お前っ、やはり
「お、お待ちください! 私は本当にアーファリーンで、いつもの黒髪の方がカツラなんです!」
「仮に本当に妃本人だとしても、わざわざ外見を偽るなどと……初めから、諜報を目的に入宮したということではないか!?」
「ちっ、違います! あのカツラには、事情があるんです……」
こうして弁明を始めた私は、この
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