17:聞いてはいけない話

 お茶会の日、どうやら私は王宮に泊まることとなっていたようだ。


「初めて知ったのだけど?」

 私が文句を言ったのは遅れてやってきたお母様だ。

 最近は当事者たる私が知らない事が多すぎると思うのよ。


 お茶会が終わる時間になると、ひょっこりお母様が現れて、何を言われるよりも先ず「婚約おめでとう」と言って笑ったのだ。

 つまり王妃様とお母様は最初からグルだったことになる。

 そうなると、いま着ている見覚えの無いこのドレスは、今日の為に作られたオーダーメイドのドレスに違いないわけで……

 ルイーズの苦労は一体?


「お父様はご存知のことなのですか?」

 流石に侯爵が実の娘の婚約を知らないと言うのは不味いのじゃないかと思ったのよ。

 そして聞いたからにはその予感もあるわけで……


「いいえ、知らないわよ。

 明日の新聞に大々的に載るから、そこで驚くんじゃないかしらね?」

 可笑しそうにクスクスと笑うお母様。

 やっぱり知らないのね……、予想通りの答えだったわ。


「それでいいんですか?」

 と、聞いた私は常識ある人だと思うわ。

 でもお母様は、「いいのよあの二人は」と、ため息混じりにそう言ったわ。

 二人って、お兄様も含めちゃったか~

 でも納得するわね。



 さて本日ここに泊まると言うことは、今晩は王宮で食事を取ることを意味する。

 さらに婚約したことを陛下に報告すると言うことで、私は着ていたドレスを脱がされて純白に近いドレスへと着替えさせられていた。

 ちなみにこれもサイズがぴったりなのだけど……、王家怖っ!


 なお同じ王宮内に居るのだから、フェルナン殿下がもっと寄って来るかと思いきや、着替えに仕度と何かと女性は忙しく、彼の立ち入る隙間は無かった。

 もう一つ言えば常にお母様がそばに居たことで、どうやら虫除けになったみたいね。



 私たちは執事に案内されてフェルナン殿下の部屋へと向かっていた。

 廊下を曲がると、丁度部屋からアントナン様が出てくるところに行き当たった。


「驚いたぞ。一体どうやって弟と知り合ったのだ?」

 そう言って彼は気さくに、声を掛けてきたわ。


「最初は貴族のお茶会でお会いしましたわ。

 その後は縁があった様で私の家の馬車が故障した際に、通りかかったフェルナン殿下が親切にも送って下さったのですよ」

 嘘ではないけど本当でもない話をごちゃ混ぜにしてはぐらかしておく。

 まぁどこへ送ったとか言わなきゃいいでしょ。


「ふん、まあいい。

 そうなるとお前への報酬が無くなってしまうな……、どうしたものか」

 と、後半は呟くように言って、彼は顎に手を当てて考え始めた。

 そんな彼を置いてフェルナン殿下の部屋に入っていったのよ。



 フェルナン殿下は私のドレス姿をみて、「とても綺麗です」と、何故か敬語で褒めてくれたわ。その顔がとても真っ赤で一杯一杯なのが凄く可愛らしかったわね。


 フェルナン殿下にエスコートされて食事の部屋へと入っていく。そして陛下に一礼して、自分の席へと座ったのよ。


 皆が食事の席に着くと、国王陛下が婚約のお祝いを述べてくれたわ。

「「ありがとうございます父上(陛下)」」


 そして陛下は、続いてアントナン様を見て、

「次はお前の番だが、いつになったら紹介しくれるのかな?」と、言った。


 そこで終わればただの親子の会話で済んだのだけど……

「以前に伝えたとおり、春までに婚約が発表できなければフェルナンに王位を継がせるぞ。見よ、フェルナンは今日、自ら美しい婚約者を連れて参ったぞ」

 国王陛下は厳しい表情でアントナン様を見つめていたわ。

 対してアントナン様は、唇をかみ締めながら私のほうを睨んでいた。

 ひぃぃ!!



 しかし今の陛下の言葉を聞いて、彼が焦っていた理由が分かった。


 のだけど……


 これを知ったお陰で、私はアントナン様から確実に敵認定をされたと思う。

 これを知る前ならば、今回の婚約は、私の立場を守るはずだったけど、これを知った後は逆に命を脅かす物に変わってしまった。

 だって、このまま逆ハーを傍観すると、私が次期王妃になるじゃない?

 ここに居る人なら、誰もがその事に気がついただろう。

 その証拠にチラっと王妃様に視線を向ければ、『こいつ失言してんじゃねー』よって氷のような笑みで陛下を見ていらっしゃったわ。





 後で改めてフェルナン殿下に確認してみると、国王陛下は学園で起きている一連の騒動を概ね把握されているそうだ。

 もちろんミリッツァ様のことも。

 そりゃそうよね、婚約者筆頭として幼い頃から一緒に過ごして来た彼女を追いやったんですもの。おまけに彼女は公爵令嬢で国の重鎮の娘なのだから。


 彼らの行いは目に余ると言いながらも陛下はやっぱり息子が可愛いのだろう、アントナン様が彼女の愛を勝ち取れたなら、婚約も認めると仰っているらしい。

 ただしミリッツァ様の父上たるボードレール公爵に対するけじめとして、その期限を春までと決めたそうだ。


 そして王妃様は、娘のように可愛がっていたミリッツァ様のあの様子を見て、アントナン様を相当叱り付けたらしい。

 でも彼は考えを変えることなく、今に至ると言うわけね。

 だから王妃様は、彼に失望して弟のフェルナン殿下を支持することに決めたみたい。


 最悪、王位を失って彼女に愛想を尽かされれば、きっと元の優しい息子に戻るのだろうと、願いを込めて……



 私は最後にどうしても聞かなければならないことがあった。

「フェルナン殿下はアントナン様に代わって王になるつもりがあるのですか?」と。

 だって彼の答えによっては私も腹をくくる必要があるのだもの……

 私が王妃になっちゃうじゃん!


 その質問にフェルナン殿下は、苦渋の表情を見せていた。

「最初はただミリッツァ姉さんの惨状を見て、馬鹿兄貴が許せなかっただけだった。

 だから俺には当然覚悟なんて無かったよ。

 でも今は、自分では足りないところはジルダが支えてくれると思ってるから、だからきっと頑張れると思う」

 そんな言い方をされると下手な返事をする訳にもいかず、私は口を閉ざしたわ。


 しかし女の私が政治に口を出すのは当然ありえない事だから、せめてプライベートでは甘えさせてあげるべきかしら?

 と……、まだ王に成ると決まったわけじゃないのに私も早計だったわね。

 そう思い直し私は内心で苦笑したわ。







 翌日の朝刊には、第二王子フェルナンが私ことアルテュセール侯爵家の令嬢ジルダと婚約したことが大々的に書かれていた。


 その記事には、『婚約の準備は今年の春より、王家が取り仕切って行っていた』と明記されていた。


 ん。今年の春より……?

 婚約が決まったのは昨日のはずよね。なんでこんな書き方をしているのかしら。

 しかしそう思ったのは一瞬の事で、すぐに私のジルダの部分が答えをくれた。


 この一文は、私がリオネルに婚約を破棄されたのではなく、フェルナン殿下と婚約するために自分から婚約を取り消したことを指していた。

 どうやら私の負った不名誉は軽々と解消されたみたい。

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