第6話 オバケと肝試し

 翌朝、朝ご飯を食べて、三人で手を繋いで学校に行きました。

二人は、教室に入ると、私は職員室にいきました。

「おはようございます」

「おはようございます。牧村先生」

 カラス先生が声をかけてきました。

「校長先生は?」

 いつもなら朝早くから来ているはずの天狗校長が今日に限っていませんでした。

「牧村先生、昨日、妖怪商店街に行ったんだって?」

「えっ!」

 なんで、カラス先生が知ってるんだろう? 誰にも言ってないし、アクマちゃんも天使くんも、人には言っていません。

「えっと、なんかあったんですか?」

「今朝、早くから、砂かけ婆が校長のところに来ててね」

「なんか、私、まずいことしましたか?」

 私は、だんだん声が小さくなりました。すると、カラス先生が、急に笑い出しました。

「その逆ですよ。校長は、昨日のあなたのことを聞いて感激しましてね」

「あの、それは……」

 私が理由を聞こうとすると、職員室のドアが開きました。

「牧村先生! いやぁ、私は、砂かけから聞いて、感心しましたよ。給食のこと、

私に任せて下さい。妖怪商店街も、協力してくれるということなので、もう、何も心配ありませんよ。牧村先生は、妖怪の心まで変えることが出来るなんて、

ホントに、あなたにきてくれてよかった」

 そう言って、なにがなんだかわからない私の手を取って、握手をされました。

「それでですね、妖怪商店街の皆さんから、子供たちを招待したいという申し出がありましてね」

「招待ですか?」

「妖怪学校始まって以来、初めてのお泊り一泊旅行です」

「ハイィ……?」

「人間の世界で言う、修学旅行みたいと思って下さい」

「あの、大丈夫なんですか?」

「親御さんには、後でお知らせしておきます。もちろん、牧村先生も同行してもらいますよ」

「ハイ、喜んで」

 私は、思いっきり笑顔で答えました。

私が昨日したことが、妖怪の皆さんに通じたというのが、うれしかった。

給食のことに加えて、お泊り旅行のオマケがつきました。早く教室に行って、

子供たちに教えてあげたい。私は、職員室を飛び出しました。

「ちょっと、ちょっと、牧村先生、待って下さいよ」

 カラス先生に呼び止められて、足を止めます。

「早いですよ。そういうことは、校長から言ってもらわないと」

「そ、そうですよね。すみませんでした」

 私は、そう言って、ペコリと頭を下げます。

「はやる気持ちはわかりますがね、一応、商店街の方にも準備があるから、

ちょっと待って下さい」

「ハイ、わかりました」

 私は、はやる気持ちを抑えて、ゆっくり歩いて教室に行きました。

教室に入ると、子供たちは、いつものように元気にはしゃいでいます。

「みんな、席について」

 私は、そう言うと、子供たちも自分の席につきます。

「皆さん、おはようございます」

「おはようございます」

 まずは、子供たちと朝の挨拶をしてから、いつものように出席を取ります。

すると、カカシくんが手を上げて言いました。

「美久先生、なんか、いいことあったんですか? なんか、今日は、すごくうれしそうだよ」

「えっ! そう…… 別に、何にもないわよ」

 いけない、うれしい気持ちが顔に出てしまっていました。私は、顔を引き締めます。

「美久センセ、生徒に隠し事は、良くないんじゃないの?」

 ろくちゃんが首を伸ばして私に言いました。

「そ、そんなんじゃないから。首を戻しましょう」

 私が言うと、ろくちゃんが伸びた首を元に戻します。ホッと、息をついて、

一時間目の授業に入ります。妖怪の子供は、カンが鋭い。この子たちの前で、

隠し事は出来ないと思いました。

 

 そして、お昼休みになり、給食の時間になりました。

八つ手女さんが給食を持ってきました。今日の献立は、なんだろう?

そんなことを思っているとみんなに配られた給食を見て、私は、ビックリしました。

「皆さん、ちゃんと給食は、もらいましたか?」

「ハーイ!」

「牧村先生、今日の給食は、オムライスですよ」

 そうなのです。人間の食事なのです。しかも、他に、みかんが一つにフルーツ牛乳が付いていました。

「これって……」

「これなら、先生も食べられますよね。アクマちゃんに教えてもらったんですよ。初めて作ったので、先生のお口に合うかわかりませんけどね」

 そう言って、八つ手女さんは、笑いました。私は、感激して、また、泣きそうになりました。

「砂かけさんから話を聞きましてね。やっぱり、生徒と先生が違う食べ物は、

よくないと思ったんですよ」

「八つ手さん…… ありがとうございます」

「なにを言ってんですか。あたしのほうこそ、そんなことに気が付かなくて、

すみませんねぇ」

 私は、何本もある八つ手女さんの手を順番に握っていました。

「美久センセ、もう、食べていい?」

「お腹すいたじょ」

「いけない、ごめんね、みんな。それじゃ、食べようか」

 こうして、みんなで校歌を歌います。この時の私は、誰よりも大きな声で歌っていました。

うれし涙を誤魔化すように、声を出していたのです。

「手を合わせてください。いただきます」

「いただきます」

 そして、みんなでおいしい給食をいただきました。

子供たちは、初めて見る、オムライスという食べ物を繁々と見ています。

でも、天使くんとアクマちゃんは、すでに食べたことがあるので、スプーンで

掬って一口食べます。

それを見て、他の子供たちも同じように食べ始めました。 

「なんかうまいぞ」

「おいしいわね」

「うまいでゲロ」

 子供たちは、口の周りをケチャップだらけになりながら、もりもり食べていました。

その様子を私は、満足していました。そして、私も一口食べてみました。

「あら、おいしいじゃない」

 驚きました。先日、私が作ったものより、断然おいしかったのです。

中のチキンライスもベタベタせずに、お米の一粒がちゃんと味がして、とても

おいしく感じました。

卵もトロッと半熟で、子供はもちろん、大人にも充分堪能できるおいしさでした。

これを八つ手女さんが作ったというのは、とても信じられませんでした。

「美久センセのオムライスと、どっちがおいしかったかなぁ」

 アクマちゃんは、私を横目で見ながら言いました。ちょっとイジワルです。

こうして、給食の時間は、私にとっても子供たちにとっても、楽しい時間に

なったのです。


 それから何日もたって、私もやっと子供たちと仲良くなって、学校にもなれて着ました。

毎日、子供たちと勉強しながら、楽しく遊んでいました。

ウチに帰っても、天使くんとアクマちゃんと三人の生活は、楽しい毎日になりました。

 そして、いよいよ妖怪商店街での、お泊り一泊旅行の日がやってきました。

「いいですか、みんな、ちゃんと並んで」

 子供たちを校庭に集めて号令を出しました。

集まった子供たちは、みんな着替えやタオルなどを詰めたリュックやかばんを

持っていました。

同行するのは、天狗校長、カラス先生と料理担当の八つ手女さん、ケガや病気

などのときのために、保険の包帯先生、そして、私です。

「いいですか、みんな、先生の言うことを聞いて、失礼のないように、行儀よくして下さいね」

「は~い」

「それじゃ、行きますよ。ちゃんと二列に並んで、隣の人と手を繋いでいきますよ」

 男女並んで手を繋いで歩くようにしました。先頭は、道案内として、

カラス先生と八つ手女さん、後ろに私と天狗校長が付きました。包帯先生は、

後からくることになっていました。

 あのときのように、細い道を登り、草を掻き分けながら進みました。

子供たちは、音楽のときに歌っている、歌を歌いながら、楽しそうでした。

ほとんどピクニック気分です。でも、私は、草を掻き分けながら歩くのが

大変で、歌うどころではありません。

「牧村先生、大丈夫ですか?」

「ハ、ハイ、なんとか……」

 そう言いながらも、自分よりも背が高い草に囲まれて、それをかき分けるのが大変でした。

「美久先生、大丈夫?」

 天使くんが心配してくれました。

「大丈夫よ」

 と言いながらも、実は、息が上がっていました。子供に心配されるなんて、

情けない先生です。そして、やっと前が開けると、目の前に妖怪商店街が

見えました。

「やっと、着いた……」

 私の心の声がつい出てしまいました。

しかし、子供たちは、早くも走り出して、商店街の中に突撃しています。

「ちょっと待ちなさい。こらぁ~、勝手に走らないのよ」

 私は、息を切らしながら声を出していても、子供たちは、ちっとも言うことを聞きません。

「傘バケくん、空を飛んじゃダメよ。カカシくん、勝手に行かないの。

人魚ちゃん、そこで泳いじゃダメ。河童くんも、水に入らないの」

 子供たちは、開放感に自由でした。そんなときです。やっぱり、頼りになるのは、天狗校長でした。

「こらぁーっ! 全員、戻ってきなさい。牧村先生の言うことを聞かない子は、ウチに返すぞ」

 そう言うと、アチコチ散らばっていた子供たちが、集まってきました。

「これから、ここでお世話になるんだから、お行儀よくしましょうね」

「は~い」

 まったく、返事だけは、いいんだから…… やっぱり、妖怪も人間も子供は

同じなのだ。そこに、商店街の皆さんがやってきました。

「よくきたのぉ」

「みんな、よく来てくれたわね」

「ようこそ、妖怪商店街に」

 いろんな妖怪たちが私たちを歓迎してくれました。

そんな中でも、砂かけさんが私たちの前に出るといいました。

「天狗校長、今回は、わしたちの招待を受けてくれたのぉ」

「イヤイヤ、こちらこそ、世話になる。よろしく頼む」

「そこの人間。いや、美久とか言ったな。子供たちを連れて来てくれて、ありがとうな」

「とんでもないです。いろいろご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いします」

 私は、そう言って、深く頭を下げました。

「まぁ、よい。それで、これからどうするんじゃ?」

「私は、子供たちの自主性に任せて、自由に遊ばせたいと思っております。

ここの住人たちと仲良くしてくれれば、将来役に立つと思うんでな」

「そうじゃな。それじゃ、八つ手女は、夕飯の準備をするから、手伝っておくれ」

 結局、天狗校長とカラス先生は、今夜の私たちの宿泊の準備をすることに

なって、八つ手女さんは夕飯の準備。

後からやってきた、包帯先生は、商店街の妖怪さんたちと久しぶりの再会を

楽しんでいました。

 ということで、やっぱり、私が子供たちの面倒を見ることになりました。

そうは言っても、私一人では、とてもじゃないけど、目が行き届きません。

 河童くんと人魚ちゃんは、楽しそうに川で泳いでいます。

傘バケくんと霊子ちゃん、幽子ちゃんは、空の散歩をしています。

一つ目くんと三つ目くん、カカシくんと犬男くんたち、男の子たちは、やたらと駆けずり回っています。

雪子ちゃんとバケ猫ちゃん、ろくちゃんの女の子たちは、商店街のお店を

見ながらお散歩です。

キツネくんは、野性に戻ったのか、アチコチニオイを嗅ぎ回っていました。

 天使くんとアクマちゃんは、私の後をついて回っています。

「もうダメ。あたし一人じゃ、無理…… 天使くんとアクマちゃんも遊びに行っていいわよ」

 私は、小豆あらいさんがやっているお団子屋さんの店先のベンチに腰を下ろしました。

「お前さん、まんじゅう、食うか?」

 不意に声をかけられて振り向くと、満面の笑みを浮かべたおじさんが

いました。

その人が、小豆あらいさんでした。私は、ちょっとビックリしました。

「まんじゅう、食うか?」

「ハ、ハイ、ありがとうございます」

 私は、差し出されたおまんじゅうをいただきました。

一口食べると、口の中に広がる小豆の甘さにホッとしました。

「おいしいわね」

「そうじゃろ。わしの作った、まんじゅうは、天下一品じゃ」

 そう言って、満足そうに言う小豆あらいさんです。

「とうふ、食べろ」

 今度は、先日知り合ったばかりの、とうふ小僧さんがベロを出したまま小皿に乗せたとうふを差し出します。

「ハ、ハイ、いただきます」

 私は、とうふを一口食べます。ほんのり広がる大豆の香りに頬が緩みます。

「おい、アンタ、酒はいけるか?」

 今度は、頭がツルツルで腹掛け一枚のおじいさんが声をかけてきました。

「えーと、少しなら……」

「それじゃ、飲め」

 そう言って、ひょうたんに入れたお酒を私によこします。

これが、子泣き爺さんでした。

「それじゃ、少しだけ」

 私は、渡された茶碗にお酒を注がれました。昼間から酔うわけにはいかない

ので、一口だけ飲みます。

「あら、おいしい」

「当たり前じゃ、わしが仕込んだ酒じゃからな。もう一杯どうじゃ」

「イヤ、まだ、仕事中で、子供たちを見てないといけないので」

「何をいっとる。子供らなら、勝手に遊んどるじゃろ。先生だからといって、

遠慮するな」

「でも、まだ、明るいので……」

 私が遠慮していると、今度は砂かけさんがやって着ました。

「こら、じじい! 先生を酔わせてどうするつもりじゃ」

「ひいぃ~、すまん、砂かけ」

 そう言うと、子泣き爺さんは、一目散に逃げていきました。

「すまんの、あの酔っ払いめが、昼間から酒なんぞ、飲みおって」

「イヤ、少しなら大丈夫ですから」

「アンタも大変じゃの。あの子供たちの世話をしてるんじゃからの。今日は、

ゆっくりして行きなされ」

「ありがとうございます」

 砂かけさんも、子泣き爺さんも、もちろん、とうふ小僧さん、

小豆あらいさん、みんないい人たちです。

私は、腰を上げて、子供たちを見て回ることにしました。

「美久センセ」

 少し歩いていると、どこからか声が聞こえました。

「こっちだじょ」

 カワウソくんの声がするけど、どこから聞こえるのかわからず探してると、

人魚ちゃんが突然現れました。

「こっちよ、美久先生」

 言われてみると、川の中からカワウソくんと河童くんが笑っていました。

「美久センセもおいでよ、水の中は涼しいじょ」

「そうよ、美久先生も泳いだら」

「でも、私は、水着を持ってきてないから……」

「別に、そんなのいらないじょ」

 そういうわけにはいかない。いくらなんでも、裸で泳ぐのは、女としても

いかがなものか……

「もしかして、美久先生、泳げないのかしら?」

 人魚ちゃんが腕組みしながら言いました。一瞬、ドキッとしました。

子供たちの前で、泳ぎが下手だなんていえない。

「そんな事ないわよ。ただ、水着がないから、今は、ダメよ」

「そんなこと言って、ホントは、泳げないのね」

 人魚ちゃんが、横目で見ました。この場をなんと言って、誤魔化すか考えます。

「あのね、他の子たちも見て回らないといけないから。また、今度ね」

 そう言って、足早にこの場を逃げました。

危なかった。もしかすると、ホントに裸で泳がされるところだった。

 ホッとしながら街を歩いていると、今度は、犬男くんとバケ猫ちゃんがケンカしているところに出食わしました。

それを止めているのが、ろくちゃんとキツネくんです。

「ちょっと、ちょっと、ケンカしないで、仲良くしなさい」

 私も急いで間に入りました。

「犬男くんもバケ猫ちゃんも、やめなさい」

 二人は、牙をむき出しにして、唸り声を上げてます。

ろくちゃんは、オロオロしているし、キツネくんは犬男くんを抑えています。

「どうしたの、何があったの?」

「バケ猫が、ぼくのお菓子を取ったんだもん」

「取ってないニャ。それは、あたいのだにゃ」

「ハイハイ、もう、やめなさい」

 私は、そう言って、二人を仲直りさせます。

「そのお菓子は、どうしたの?」

 私は、バケ猫ちゃんが加えているお菓子を見て言いました。

「もらったニャ」

「誰に?」

「ぬりかべニャ」

「ぬりかべ?」

 またしても、わからない単語が出てきました。そこに、文字通り大きな壁がぬっと現れました。

「ごめん、ごめん。ほら、ワンコの分だ」

「ありがとう」

 そう言って、犬男くんは、シッポをうれしそうに振りました。

私は、首がもげそうなくらい上を見ると、巨大な壁がありました。

「えっと、あなたは……」

「俺は、ぬりかべ。あんたが、この子たちの先生か?」

「そうですけど」

「そうか。それじゃ、ウチの子たちも大きくなったら、妖怪学校に入学させる

から、よろしく頼みます」

 そう言って、巨大な壁は、腰を降りました。私も釣られて、頭を下げます。

「バケ猫、あんまり、先生を困らせるな」

「は~い」

 そう言って、バケ猫ちゃんは、やっと落ち着きを取り戻しました。

そして、ろくちゃんと仲良く手を繋いで、スキップしながら遊びに行ってしまいました。

犬男くんは、ぬりかべさんがくれたお菓子を夢中でかじっています。

キツネくんは、呆れたような顔をしてみていました。

 妖怪商店街は、歩いているだけで、いろんなことがありすぎて、頭が追いつかない。

「美久先生~」

 今度はなんなの? しかも、私を呼ぶ声が、空から聞こえてくる。

空を見上げると、天使くんと傘バケくんが空を泳いでいました。

「なにしてるの? 危ないから、降りてきなさい」

「大丈夫だよ、美久センセ。ぼくたち、空を飛べるから」

 羽がない私には、そんな簡単なことじゃない。

天使くんは、小さな羽根を広げて優雅に飛んでいる。傘バケくんは、傘を広げて体全体で空を舞っている。いくら子供でも、妖怪には、ついていけない。

「余り遠くまで行っちゃダメよ」

「は~い」

 返事だけはいい二人だ。でも、元気なのは、いいことだ。

そして、さらに奥まで行ってみると、大きな声が聞こえてきました。

「まったく、あんたたちは、少しは大人の言うことを聞きなさい」

 誰かが怒られているのか、私は、声がする方に急ぎました。

すると、一つ目くんと三つ目くんが、泣いていました。

「あの、どうしたんですか?」

 私が近づくと、着物姿の女性が振り向きました。

「えっ!」

 私は、その顔を見て、思わず後ずさりしました。なんと、顔には、目も鼻も

ないのっぺら坊なのです。

なのに、口だけが大きく、お歯黒を塗っていて歯が真っ黒です。

腰に両手を置いて、怒っているのはわかります。

「あの、ウチの子たちが、なにか……」

「アンタが、この子たちの先生かい?」

「ハイ」

「しっかり見張っててくれないと困るじゃないか。ウチの銭湯でふざけて他の客に迷惑をかけたんだよ」

「そ、そうなんですか」

 みると、叱られて、大きな一つ目から大粒の涙を流して下を向いている

一つ目くん。

三つの目から大量の涙を流してしょげている三つ目くん。

「こら、いたずらしちゃダメでしょ。ちゃんと、謝りなさい」

「ハイ、お歯黒のおばちゃん、ごめんなさい」

 二人は、素直に頭を下げて謝ります。

「あの、私からも謝りますので、許してあげて下さい」

「わかりゃいいんだよ。だけど、アンタも大変だね。こんないたずら坊主を相手にしてるんだからさ」

「イヤ、普段は、とてもいい子なんです」

「わかってるよ。ほら、涙を拭きな」

 そう言って、お歯黒さんは、着物の袖からハンカチを出して、二人の涙を

拭いてくれました。

「ホントにすみませんでした」

「いいってことさ。子供は、元気が一番だからね。そうそう、今夜は、ウチの

銭湯を貸切にしてあるから、みんなで入りにおいでな。ここの風呂は、源泉かけ流しだから、人間のアンタにも入れるよ」

「ハイ、ありがとうございます。ほら、一つ目くんも三つ目くんも、いたずら

しないで、もう、行くわよ」

 わたしは、お歯黒さんにペコペコしながら二人の手を引いて、戻りました。

しかし、ほんの数分で、二人は叱られたことも忘れて、元気を取り戻し、私の手を振り切って走って行きます。

「そんなに走ったら、転ぶから、気をつけるのよ」

「は~い」

 二人は、返事をすると、走って行きました。

「まったく、子供は元気がいいというけど、あの子たちは、元気すぎるわ」

 独り言のように呟くと、後ろから声をかけられました。今度は、誰?

「美久先生、大変そうね」

「私たちが、お手伝いしましょうか」

 そういったのは、霊子ちゃんと幽子ちゃんでした。

「イヤ、大丈夫よ」

 いくらなんでも、子供たちに世話になるのは、先生として立場がない。

そこは、きちんと線を引いて、断らないといけない。

「別に、気にしなくていいんじゃないかしら」

 アクマちゃんが言いました。

「だけど、私は、先生だから」

「その先生だけど、アソコで宴会してるけど」

 見ると、カラス先生と包帯先生は、さっきの子泣きさんや小豆あらいさん

など、他の妖怪さんたちと酒盛りをしていたのです。

「ちょっと、先生方。なんですか、昼間から。子供たちも見てるんですよ」

 私は、カラス先生たちを注意しました。

「まぁまぁ、いいじゃないですか。牧村先生も、ここに座って、一杯やりませんか」

 カラス先生は、すっかり顔を赤くして酔っ払っています。

包帯先生は、白い包帯が、ほんのりピンク色になっていました。

まったく、ここの先生と来たら、真面目にやってるのは、私だけじゃない。

「いい加減にして下さい。校長先生に言いつけますよ」

「いいから、いいから、校長もどっかで一杯やってますよ」

 まさか、天狗校長までが、羽目を外しているとは信じられません。

「校長先生は、どこですか?」

「さぁ、見てないけどなぁ」

 私は、アクマちゃんたちに子供たちを集めるように言って、天狗校長を探しに行きました。

しばらく探していると、天狗校長の声が聞こえてきました。

私は、声がするほうを探しながら行くと、ほったて小屋のようなところから

聞こえました。私は、すだれを開けて中に入りました。

「校長!」

 と、言ったのはいいけど、その中の様子を見て、私は声が出ませんでした。

「おや、牧村先生、どうしたんですか?」

 天狗校長は、いつもの調子で私を見て言いました。

そこにいたのは、天狗校長、魚がそのまま着物を着ているヤマメ師匠と言う

妖怪、巨大な雀のうぶめと言う鳥の妖怪、ガイコツが黒いマントを羽織っているだけの死神と呼ばれる地獄の使者でした。

「牧村先生?」

 天狗校長に言われて、ハッと気がつきました。

「イヤ、あの、その……」

 私は、余りの光景に言葉が出てきませんでした。

「そこの人間が驚いているじゃないか」

「無理もないわよ」

 私は、体が硬直して、目が点になっていました。

「今夜と明日のことをいろいろと相談していたところなんですよ」

「そ、そうなんですか…… あの、失礼しました」

 私は、そう言って、その場を逃げるように立ち去りました。

逃げるように走って、やっとのことで落ち着きを取り戻すと、背中に嫌な汗を

感じていました。

もしかして、見てはいけないものを見たのかもしれないと思うと、ドキドキしてきました。

 とにかく、この場は、私が収めて、子供たちをまとめないとと思い直して、

みんなが集まる場所に急ぎました。

行って見ると、すでに全員集まっていました。

「遅くなって、ごめんなさい。みんないる?」

「いるわよ」

 アクマちゃんが言いました。

「そろそろ暗くなってきたから、ご飯だって、さっき八つ手のおばちゃんが言ってたわよ」

 雪子ちゃんが言いました。

「そ、そう。それじゃ、みんな、今夜の宿泊所に行きましょう」

 と言っても、どこが泊る所なのか知りません。子供たちには言ってみたものの、途方に暮れる私の肩をポンと叩かれて、振り向きました。

「先生、なにかお探しですか?」

 みると、さっき、天狗校長と話をしていた、ヤマメ師匠でした。

見たまんま魚です。でも、尾ひれが足に、胸びれが腕になっています。

もちろん、手足は鱗にまみれています。

目がギョロッとして、薄い唇にヒゲが生えていて、なんか偉そうです。

「あ、あの、その…… 今夜、泊るところが……」

「それなら、心配ござらん。案内してしんぜよう。ささ、付いて参られい」

 えーと、どうしたらいいんだろう…… 言う事を聞いていいのかしら?

「なにをしておる。子供たちも、はよぅこちらへ」

 そう言われると、仕方がない。従うしかない。

私は、少し顔を引きつらせながら子供たちに言いました。

「それじゃ、みんな、この妖怪さんについていこうか」

「わしは、ヤマメ師匠と呼ばれておる。以後、よろしくお見知りおきを」

 そう言って、丁寧に頭を下げるので、私も恐縮して頭を下げる。

「いえ、こちらこそ、よろしくお願いします」

「挨拶は、後で、こちらへどうぞ」

 ものすごく丁寧な話し方でした。天狗校長と話をするくらいだから、きっと、いい人なんだろう。

私は、そう信じて、子供たちを連れて行きました。

 少し歩くと、妖怪旅館という看板がある施設に着きました。

「今夜のお泊りは、こちらになります。先生も子供たちも、ゆっくりなされるがよい」

「ありがとうございます。ヤマメ師匠」

「なになに、気にしなさんな。わしらにとっても、今夜は、とても楽しみにしていたんじゃ。さぁ、中に入って、ごゆるりとお過ごしくだされ」

 そう言って、ヤマメ師匠は、手を振りながら行ってしまいました。

「それじゃ、みんな、中に入ろうか。ちゃんと靴は脱ぐのよ。脱いだら、ちゃんと揃えてね」

 そう言うと、子供たちも靴を脱いで揃えます。

そこに、今度は、巨大な雀の妖怪が出てきました。

「おやおや、やってきなさったね。待っていましたよ。さぁ、中に入ってね。

もうすぐ、夕飯だからね」

 この妖怪も、さっき、天狗校長と話をしていた、うぶめと言う女の妖怪でした。その姿は、雀がそのまま大きくなった感じです。二本の足の爪で、

チョンチョンと跳ねながら歩く姿は、雀そのものです。でも、その話し方は、

とても優しいお母さんのようでした。

 子供たちも緊張しているのか、初めて見る知らない妖怪に、気後れしているようでした。

もちろん、私も同じです。廊下を歩くと、その巨大雀のお母さんが、羽で襖を

開けました。

「ここですよ。お入り下さい」

 襖が開いて、中を見て、子供たちが思わず声を上げました。

「うわっ、なにここ」

「すっげぇ、広いよ」

「ここで、ご飯を食べるの?」

 子供たちが騒ぎ出しました。もちろん、私もビックリです。

まさか、こんな広い部屋とは思いませんでした。

畳敷きで、二十畳くらいある和室で、まるで高級旅館のようでした。

 しかも、人数分だけ、座布団が向かい合わせで置いてありました。

私が唖然としていると、黒いマントを羽織った、ガイコツの妖怪がやってきました。

この人も、天狗校長と話をしていた妖怪で、確か死神と言います。

名前からして怖い。大丈夫なのか? まさか、夜になったら、殺されないかと心配です。

「ようこそ、妖怪旅館へ。オラが、この旅館の店主で、死神と申します。好きな席に座って下さい。すぐに、食事を持ってくるでな。子供が遠慮することは

ない。座って、座って。ほらほら、先生様もこちらへ座りなせぇ」

 私は、背中を押されて、正面の席の右側に案内されました。

「あ、あの、ちょっと……」

「いいから、いいから、先生様は、ここでゆっくりなさってくだせぇ」

 私が座布団に座ると、それを見た子供たちもそれぞれ、好きな席に座りました。

「それじゃ、少し、お待ち下さい。今、食事を運んできますから」

 そう言って、旅館の店主という死神さんが出て行きました。

残された私たちは、どうしたらいいのやら……

「みんな、料理が出たら、ちゃんとお礼を言うのよ」

 なんとなく、私の声も引きつっています。それが、自分でもわかるほどでした。

室内は、みんな緊張しているのか、シーンとしていました。誰も話す人はいません。

「入るわよ」

 聞き覚えのある声がしました。襖が開くと、八つ手女さんがいました。

やっと、知り合いに会えて、私だけでなく、子供たちもホッとしました。

「こっちですよ。運んで下さい」

 八つ手女さんが言うと、死神さんやヤマメ師匠、それに、うぶめさんの

お母さん、それに、カラス先生に包帯先生までが手にお膳を持って部屋に入ってきました。そして、子供たち、一人ひとりの前に置きました。

そこには、すでに、料理がいくつも盛り付けてありました。

本当に、高級旅館のようで、私は、目が飛び出るくらいビックリしました。

「これは、牧村先生の分です」

 そう言って、カラス先生が私の前にお膳を置きました。

「あ、ありがとうございます。あの、その、何で、カラス先生が……」

「いやぁ、子供たちをほっぽらかして、飲んだくれているのを校長に見つかってね。包帯先生と、旅館を手伝えといわれて……」

 見ると、包帯先生も、頭を掻いている。

「あの、私も手伝います」

 そう言って、立とうとすると、肩を逆に押されました。

「牧村先生は、そこに座っているだけでいいんです。昼間は、子供たちを押し付けて、申し訳なかったです」

「イヤイヤ、そんな事……」

 私は、座布団に座り直します。

そこに、八つ手女さんと天狗校長が、ご飯やお茶などを持って入ってきました。

「みんな、食事は、行き渡ったかな?」

「は~い」

 天狗校長に、子供たちは、元気よく手を上げて返事をします。

「それじゃ、八つ手女さん、料理の説明をしてあげて」

 促された八つ手女さんによると、出された料理は、和食の精進料理のような

ものでした。

岩魚の塩焼き、イノシシのしゃぶしゃぶ、竹の子と野菜の天ぷら、とうふの餡

かけ、マツタケご飯にマツタケのお吸い物という豪華にも程があるほどの、

贅沢な料理でした。

「あ、あの、校長、これは、いったい……」

 私の隣に座った天狗校長に言いました。

「ここの商店街の連中が、張り切ってくれてな。八つ手女さんの指導で、みんなで作ったものなんだ」 

「これが……、でも、すごく高そうだし、高級旅館みたいで……」

「牧村先生の世界では、この料理は、贅沢だと思うが、ここでは、当たり前の

ように手に入るものばかりだから、気にしないで、たくさん食べて、日ごろの疲れを癒して下さい」

 私は、そんな料理を見て、感動していました。

「それじゃ、みんな、これを作ってくれた、商店街の皆さんと、旅館の人たちに、ちゃんとお礼を言って、食べるとしようか」

 天狗校長が言うと、全員が手を合わせて言いました。

「いただきま~す」

「ありがとうございま~す」

 それを合図に、子供たちが一斉に料理に箸をつけました。

「うわっ、なにこれ、すっげぇおいしい」

「うまいじょぉ~」

「おいしいニャ」

 ワイワイ言いながら、みんなは、楽しく賑やかに食事を始めました。

私は、その様子を見ていると、なんだか胸が一杯になってきました。

こんなおいしい食事をご馳走してくれて、商店街の妖怪の皆さんには、感謝しかありません。

 子供たちばかりじゃなく、私も箸が止まりませんでした。

「美久先生、三ツ目くんが、ぼくのお肉を取りました」

「だって、食べてないじゃん」

「違うもん、最後に食べるんだもん」

 一つ目くんと三つ目くんが言い合いを始めます。

「ねぇ、カカシくん、そのお魚、あたしにちょうだい」

「え~…… どうしようかな」

 人魚ちゃんに言われて、カカシくんは迷っていたけど、結局、人魚ちゃんに

押されて自分の分を上げてしまいました。

バケ猫ちゃんは、やはり、魚に夢中になって食らい付いています。

犬男くんは、しゃぶしゃぶの肉を丁寧にお湯に浸しながら、味わって食べていました。

雪子ちゃんは、熱いものは、息を吹きかけて、冷ましてから食べています。

河童くんとカワウソくんは、もう、二杯もご飯をおかわりしていました。

天使くんとアクマちゃんは、相変わらず、行儀がよくて、騒がずおいしそうに

食べています。

 子供たちは、みんな、それぞれの個性的な食べ方で味わっていました。

私は、みんなのおいしそうな顔を見ているだけで、お腹が一杯になります。

「牧村先生、この後は、みんなを銭湯に連れて行ってくれませんか? もちろん、

ちゃんと、女湯と男湯と分かれていますから、女の子たちのほうを面倒見てくださいね。男の子たちは、私とカラス先生が付いていきます」

「わかりました」

 銭湯ということは、さっきのお歯黒のおばさんのとこなので場所は、

わかります。

みんなでワイワイ言いながらの食事は、やっぱり楽しい。それに、おいしくて、いくらでも食べられます。

普段は、余り食べない、ろくちゃんや霊子ちゃん、幽子ちゃんも、珍しくご飯をおかわりしているし出てきた料理は、残さず食べていました。

 夕食後は、みんなで銭湯です。

「それじゃ、女の子は、私といっしょに入ります。男の子たちは、カラス先生と男湯に行ってください」

 銭湯の前で子供たちにそう言うと、男湯と女湯に別れます。

私は、女の子たちと女湯の暖簾を潜って中に入りました。

 中は広くて、脱衣所も子供たちがはしゃぎまわっても、充分の広さでした。

番台でそんな子供たちを見ているのは、お歯黒のおばさんでした。

「あの、すみません。お世話になります」

「いいんだよ。ゆっくりして行きな」

 お歯黒のおばさんは、優しく言いました。

ドアを開けて、お風呂場に入ると、そこは、銭湯というより、本物の露天風呂のようでした。

「どこ、ここ……」

 私は、思わず声を出していました。

「美久センセ、こっちのお風呂に入ろう」

 ろくちゃんに手を引かれて入ってみたのは、岩風呂です。

「いいお湯ねぇ」

 私は、うっとりして言いました。

ろくちゃんは、体だけお湯の中に沈めて、首を長く伸ばしていました。

「ろくちゃん、首を戻して」

 でも、ろくちゃんは、長く伸ばした首を私に絡ませてきます。

「あたしも美久センセみたいになりたいなぁ……」

「大きくなったら、ろくちゃんもなるから」

 私は、軽く交わして見ました。

「でも、美久センセって、あんまりオッパイ、大きくないし……」

 アクマちゃんが横から口を出します。私が気にしていることを、ここで言う

ことないでしょ。

そう思っていると、水風呂で泳いでいるのは、雪子ちゃんと人魚ちゃんです。

「ちょっと、そこの二人、そこは、プールじゃないから、泳いじゃダメよ」

 女湯もかなり賑わっているけど、男湯のほうは、もっと騒がしいようで、男の子たちとカラス先生の声がこっちまで聞こえてきました。

霊子ちゃんと幽子ちゃんは、ひのき風呂のような大きなお風呂に静かに使っています。幽霊が、お風呂に入って、気持ちがいいのでしょうか……

「バケ猫ちゃんもお風呂に入りなさい」

「あたしは、水は、嫌いニャ」

 ネコは、水が苦手なのは知ってるけど、妖怪も苦手なんだ。

「そんなこと言わないで、気持ちいいわよ」

 私は、嫌がるバケ猫ちゃんの手を引いて、ゆっくりお風呂に入りました。

「どう、気持ちいいでしょ」

 最初は、体を硬くしていたバケ猫ちゃんも、お湯にほぐれたのか、体を伸ばしてきました。

「みんなでお風呂に入ると、気持ちいいし、楽しいでしょ」

 私は、女の子たちを見渡しながら言いました。

「美久センセ、それじゃ、もっと楽しいことしない?」

 アクマちゃんが浴槽の縁に両手にあごを乗せて言いました。

「楽しいことなら歓迎よ」

 すると、アクマちゃんが男湯に入ってる子供たちにも聞こえるように、

大きな声で言いました。

「みんな~、美久センセ、楽しいことするってよぉ~」

「やったー! 」

「美久先生、早く、お風呂から上がろうよ」

 一つ目くんとキツネくんの声が壁の向こうから聞こえました。

「ほら、美久センセも、行きましょう」

 私は、アクマちゃんに手を引かれて、お風呂から上がりました。

「ねぇ、いったい、どこに行くの?」

 私は、着替えながら言いました。

「決まってるでしょ。ここは、妖怪商店街なのよ」

 そう言われても、私には、サッパリわかりません。

私は、バケ猫ちゃんやろくちゃんに服を着せながら考えていました。

「まだ、わからない?」

 アクマちゃんは、意味深な笑みを浮かべて言いました。

「わからないけど……」

「それじゃ、人魚ちゃん、教えてあげて」

 言われて人魚ちゃんは、濡れた髪をタオルで拭きながら言いました。

「美久先生、お化けって怖い?」

「そりゃ、怖いけど、もう、あなたたちのことを毎日見てるから、慣れたわ」

「それじゃ、大丈夫ね。肝試しよ」

「えっ!」

 私は、思わず聞き返しました。

「今、なんて言ったの? 」

「肝試しよ。この先に、墓地があるから。お化け屋敷より、怖くないわよ」

 実は、私は、お化けが苦手でした。子供の頃に、両親に連れて行ってもらった、遊園地のお化け屋敷で

怖くて大泣きしたことがありました。それ以来、お化け屋敷と名の付くところ

には、二度と行っていません。

 もっとも、今は、妖怪とかバケモノとか、オバケに幽霊たちと毎日顔を合わせているのでいえる立場ではないけど、それとこれとは別なのです。

 私は、女の子たちと銭湯から出ると、外で男の子たちが待っていました。

「美久先生、お墓はあっちだよ」

 三つ目くんが言いました。

「あのさ、もう、遅いし、みんな心配するから、帰ったほうがいいと思うけど」

「大丈夫だワン」

 犬男くんがシッポを振りながら言います。

「もしかして、美久センセ、怖いのか?」

 傘バケくんが私の顔を覗き込むように言いました。

「ち、違うわよ。別に怖くはないわよ。カラス先生だって、寄り道はダメって言うわよ」

「カラス先生は、先に帰ったじょ」

 カワウソくんが頭から湯気を出しながら言いました。

「か、帰ったぁ?」

「ぼくたちのふとんを敷くから、先に帰ったんだよ」

 一つ目くんがあっさり言いました。

「それじゃ、こうしていられないじゃない。みんなも早く帰りましょう」

 私は、それを口実に、なんとしても肝試しは避けようとしました。

「やっぱり、怖いのね」

 アクマちゃんがボソッと言いました。

「イヤ、だから、そういうことじゃなくて」

「やっぱり、怖いのね。あたしたちのことも、ホントは怖いんですか?」

 霊子ちゃんと幽子ちゃんが、悲しそうな顔をして言いました。

「ち、違うわよ。あなたたちは、怖くないし、むしろ可愛いと思ってるから」

「それなら、行きましょうよ」

 もう、後には引けなくなりました。

「わ、わかったわ。それじゃ、みんなで行きましょう」

 私は、かなり胸を張って、虚勢を見せていました。

こうして、私は、子供たちに案内されて、妖怪墓地に行きました。

 しばらく歩いていると、だんだん回りが暗くなってきました。

茂みや木に覆われて、辺りはだんだん不気味さを増して行きます。

「まだなの?」

「もうすぐニャ」

 バケ猫ちゃんに言われて、さらに少し歩くと、そこにお墓がいくつか立って

いました。

とても淋しいところでした。見るからに、不気味さが漂っています。

「それじゃ、美久センセ、ここを一周して来て」

「えっ?」

 私は思わず絶句していると、天使くんが私の手を握りました。

「ぼくと行くんだよ」

 それを聞いて、ホッとしました。まさか、一人で回ってくるなんて、それは

絶対無理だから、天使くんがいっしょなら、心強いです。私は、天使くんの手を強く握って、歩き出しました。

「こっちだよ」

 私は、天使くんに手を引かれて、お墓の周りを歩きました。

しかし、夜の墓地は、怖くてたまりません。天使くんがいなかったら、一歩も

歩けません。足元も暗くて、どこをどう歩いていいのかもわかりまん。

「少しは、見えるでしょ」

 天使くんの頭の上に浮いている、天使の輪が光っているので、いくらか足元も見えました。天使くんの手を握る手が次第に汗ばんできました。

もう、何も言葉が口から出てきません。

震える足を励ましながら、天使くんと歩きます。

 すると、少し先に見えるお墓の一つが、ぼんやり薄く光っているのが見えました。

それなのに、天使くんは、ずんずんそれに向かって進んでいきます。

 そして、そのお墓に近づいたとき、その墓石の裏から、なにかが覗いているのが見えました。それは、長い髪を垂らした女性でした。

「キャーッ!」

 私は、その場に蹲って、声を上げてしまいました。

「どうしたの、美久センセ」

「ダメ、戻ろう。ねぇ、戻ろう」

 私は、そう言って、顔を上げて天使くんを見ました。

すると、天使くんの顔の目も鼻も口もなくなっていたのです。

「いやぁ~っ!」     

 私は、絶叫すると同時に、天使くんの手を離すと、駆け出していました。

「逃げなきゃ、逃げなきゃ……」

 私は、そう呟きながら走っていると、急になにかにぶつかって、尻餅をついてしまいました。

ゆっくり目を開けると、そこに大きな鬼のような顔をした、バケモノが私を

見下ろしていました。

「ハァァッ……」

 私を睨みつけるその目と大きな口から見える牙に、震え上がりました。

私は、這うようにしてその場を逃げました。そのとき、私の右の頬に、なにか

生温いものが触りました。

「な、なに……」

 私は、右のほっぺたを触りました。なにか、ヌルッとしています。

なんだろうと思ったら、今度は、その右手をなにかに舐められました。

振り向くと、壊れた提灯から真っ赤な舌が伸びていました。

「いやぁ……」

 私は、わき目も振らずに元来た道を走って逃げます。

「どうしたニャ、美久センセ」

 バケ猫ちゃんの声がしました。

「バ、バケ猫ちゃん、逃げて。オ、オ、オバケが、オバケが……」

「オバケなら、ここにもいるニャ」

 振り向いたバケ猫ちゃんの顔は、世にも恐ろしい、顔をしていました。

「きゃあ~」

 私は、声を張り上げて、走って逃げると、やっと、最初に場所に戻ってきました。

私は、体をくの字に曲げて、両膝に手を置いて、息を切らしています。

その回りを子供たちが集まってきました。

「美久センセ、大丈夫?」

「だ、大丈夫…… だけど、オバケが、オバケが……」

「怖かった?」

「怖かった。もう、ダメかと思った」

 そう言うと、子供たちが、一斉に笑い出しました。

「やったーっ!」

「大成功だ」

「ハハハ…… 美久先生を脅かしてやった」

 私は、笑っている子供たちを見て、なにがなんだかわからなくなりました。

「どう? あたしたちの肝試しは」

 アクマちゃんが言うと、私は、やっと今の自分の立場に気がつきました。

「まさか、アレって、キミたちが……」

「そうよ。みんなで考えたのよ」

 それを聞いて、私は、腰が抜けたようにその場に座り込みました。

「もう、あんたたちって……」

「美久先生、もしかして、泣いてる?」

 ろくちゃんが首を伸ばして私の顔を覗き込みます。 

「な、泣いてないわよ」

 私は、袖で顔を拭いました。確かに、私は、泣いていたのです。

「でも、おもしろかったじょ。美久センセ、キャーとかいって、泣いてたじょ」

「助けてぇとか、言ってたよ」

「ビックリして、腰を抜かしてたもんね」

「美久センセ、おもしろかったわ」

 子供たちにからかわれて、私は、スッと立ち上がりました。

「こらっ、先生をからかう悪い子は、おしおきだぞぉ~」

「美久センセが怒ったじょ」

「みんな、逃げろぉ~」

「こらぁ~、待ちなさいぃぃ」

 逃げる子供たちは、みんな笑っていました。それを追う私も笑っていました。

「アハハ……」

「うひょひょぉ~」

「なんか、楽しいニャ」

「すっげぇ、楽しいワン」

 みんな口々に言いながら笑って逃げています。

そんな私も、心の底から笑っていました。こんな楽しい夜は初めてでした。

この日の夜のことは、忘れられない思い出となったのです。

アクマちゃんが、本当の笑顔を見たのは、このとき最初だったような気が

します。普段は、クールで笑ったりしないアクマちゃんが、声を出して笑って

いるのを見ると、私も楽しくなります。

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