宛名のないラブレター

碧海 山葵

身に覚えのない封筒

 朝、下駄箱で靴を履き替えようとしたら

昨日の帰りにはなかったはずの紙のようなものが見えた。

封筒に入っていて、どうやら手紙のようだった。

誰が入れたのだろう。


周りには誰もいなくて、他の靴箱は上履きがはいったままのところがほとんどだ。

時間は7:00。

私が所属している吹奏楽部の朝練は毎日7:50から始まる。

でも火曜日だけは、自主練のためにこの時間に来ると決めている。

人が少ない朝の校舎は清々しくて、自分のトランペットの音が良く通るし、

なにより、グラウンドで朝練の準備をしているサッカー部に届くように吹くためにはこの時間でなくてはならない。


 同じクラスのサッカー部で面白くて、気配りができることから男女問わずから人気者の悠太君は、当番か何かなのか、火曜日は普段の朝練よりも早く来て準備している。

私はその姿を見ながら、楽器の手入れをしたり、スケールという基礎練習をしたりするのが習慣になっている。

同じ2年3組になってもう、3ヶ月。

でも私はまだ、悠太君に話しかけることができていない。

理由は簡単。悠太君は人気者で、私はいわゆるクラスの地味族。

いつも教室の隅の席で本を読むか、同じようにあまり派手ではない子達とおしゃべりをしている。

こういうクラスの力配分のようなものは、中学校に入ってから小学校の時よりもさらにはっきりとしたような気がする。

人気者の彼女は、決まって派手でかわいい子。

地味族は、彼らを意識しているのがばれないように意識する。

誰もはっきりとは口にしないけれど、これは学校生活の中で校則よりも大事なルールだ、と私は信じている。


それにしても、下駄箱に手紙。

最近は告白でさえ、スマホで済ませられる時代。

そんなベタで古風な告白、今時無いだろう、しかも地味族の私に……と思いながらも期待して、にやけてしまう。


でも、少しして我に返る。

これ、もしかしたら、いたずらじゃない……?

罠かもしれない、と妄想をストップさせた。


それでも怖い物見たさで、恐る恐るそれを手に取った。


ゆっくりと封を開き、手紙を読む。

そこには、こう書かれていた。


――いつも一生懸命に頑張っているあなたのことが、好きです。 田中航貴――


最大限綺麗な字で書いたのであろう、短い一文。

田中航貴はサッカー部のこれまた笑顔が素敵な人気者だ。

クラスの女子だけじゃなく、他クラスの女子にも彼のことが気になっている子がいるという噂を聞いたことがある。

だから、こんなことはあるはずがない。

そう、頭では区別がつくのに、素直に嬉しくて笑ってしまう。

でも、これ本当に田中航貴が私宛に書いたものなのだろうか。信じられなくて、短い一文を凝視する。


すると、下駄箱を挟んだ裏の方からくすくす、と押し殺したような笑い声が聞こえてきた。

それだけじゃない、笑い声の主を嗜めるような小声の会話も聞こえる。

「おい、声を出すなよ、ばれるだろ。」

「わかってるよ、おまえもだろ。」

「2人とも静かにしろよ。」


 この学校の下駄箱は、棚が何列か並んでいてその間に通路がある、というように設置されている。私の靴箱は壁際から2番目だから、壁際の靴箱との間の通路に誰かがいるのだろう。

複数人での会話が聞こえてきて、あー何人もいるのか、完全に笑いものにされたのか、と浮き足立った気分が一瞬でしぼんでいく。

どうでも良くなって、大きくため息をついてその手紙を封に仕舞い、隣の里菜ちゃんの下駄箱に投げ入れた。

どうせ、私が手紙をどうしたのか、確認しに来るだろう。

その時に回収して貰えばいい。

まあ、もしそのまま里菜ちゃんが見たとしても、田中航貴と仲が良いはずだし、本人に確認して笑い話にするだろう。それとも、もしかしたら、この手紙がきっかけで付き合うこともあるかもしれない。

2人はそれくらい仲が良い。


私は腕時計を確認した。

時間はもう7:15になってしまっている。

せっかく早く来たのに、自主練をする時間が短くなってしまったではないか。

イライラしているのも相まって、私は大きな足音を立ててその場から去った。


その日は雨で、サッカー部はグラウンドでの朝練を中止していた。


    *   *   *


 2日後、里菜ちゃんと田中航貴が付き合い始めたことが学年の話題になっていた。

しかもそれが、下駄箱に入っていた手紙がきっかけだということが

さらに乙女心をくすぐったようだ。

「どうする、明日朝来て、手紙が入ってたら!」

「え、もう、いったん家に持ち帰るかも。だってどきどきして開けなさそうだもん。」

「なにそれ、かわいい~~~」

その日から毎日、こんな話題で持ちきりになった。


それでも全てを知ってる私だけは、何かがおかしいと明るい笑い声の中で1人、

気を張っていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る