新競馬場
当然だが、とても忙しい中央競馬の調教師や騎手がディアを見るためだけに来島するはずもなく。……まぁ、シミュレーターがここにしかなかった頃は毎週のように詰めていたので存外暇なのかもしれないが。
一行が桜花島に来た理由、それは福岡県に地方競馬場を造設する計画が持ち上がっていることが大いに関係している。
彼らは中央でも指折りの名手ばかりであり、故にオブザーバーとして意見を求められたのでワザワザ遠く離れた福岡の地までやってきたってわけだ。
その会議は明日の昼からであり、それならばと前乗りをして久しぶりの桜花牧場を彼らは堪能している。
ちなみに、俺もオブザーバーとしてお呼ばれしている。ここらじゃ一番と言っていい設備とトラックを持っているからね。あとは中央のお偉いさんが二人ほど会議にやってくるが、彼らは当日合流予定だ。
「地理には明るくないのですが建設予定の場所はどのような場所で?」
「福岡県市町村でも四番目の人口を抱えていて、福岡市のベッドタウンにもなっている場所ですね。交通の便もいいですし、用地の関係からここしかないでしょう。
公営の賭博としてはオートレース場もありますから反対も多くはないはずです」
「オートと被ってんのか。他に場所はなかったのか?」
「あるにはありますが……。スペースが取れる場所は他県の地方競馬場と近かったり、自治体に体力がなさすぎたりで難しいでしょうね」
世知辛い現実を伝えると調教師の二人は何とも言えない顔をする。金がないから作れないってのは事実だしなぁ。
そもそも九州の地方競馬場は一つを残して全てが閉業してしまっている。ネット投票が整備される前に体力が持たずに潰れてしまったところばかりだ。悲しいことだが、自治体の資金体力がないと新たに運営を始めてもすぐに潰れてしまうから仕方がないんだ。
今回の計画も県と福岡市を巻き込んだ大きなものになってるしね。自治体単独で取り計らうには負担がデカすぎる。
「桜花牧場からも資金を出されるんですよね?」
「ざっと五十億ほどですね。総工費は三百五十億ほどらしいです」
「さらっととんでもない額を出すな……」
「福岡拠点の銀行と連携しての資金出資なので、うちの持ち出しは少ないほうですよ。
それに国内でも二番目の芝あり地方競馬場にしますから結構お金かかるんです」
「なるほどなぁ」
完成予想図面を見せてもらったが、競馬好きが図面を引いたのかなかなかのコースになっていた。少なくとも芝が得意だが地方で走るしかない馬のセーフティーネットにはなる設計だった。
「佐賀県の競馬場からも数人ほど会議に来るそうなので、地方競馬と中央競馬の厩舎のいいとこ取りをしてコストのバランスを取りつつクオリティを高めたいんじゃないですかね。
うちの厩舎の真似をするとコストがかかりやすくなりますし、日本グレードの重賞についても協議しないといけませんから」
重賞認定は関係者によって構成される組合の決定によって定められるからな。今のうちに伝手を広げて味方を増やしたいって自治体側の思惑もあるだろう。
「工事の入札前の情報合戦も始まってますし、現場は特需で盛り上がっているようでこちらとしては何よりですよ」
「なんか面倒ごとに巻き込まれたかなこりゃ」
「利権が絡むといつもこれですよ」
海老原のオッサンと羅田さんが肩をすくめながら愚痴をこぼす。
二人とも利益なんて興味がないタイプの調教師だからなぁ。明日の会議で利益優先派の人間とぶつかり合いにならなきゃいいけど。
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