悪意

「どう乗ります?」


 桜花賞で騎乗するドルドニートの顎を撫でながら吉は調教師に問う。

 調教師は困ったように頬を掻きながら。


「ノンバイプレイヤーとオウカセカンドを振り切って一着とってくれると助かるねぇ」


「無理でしょうね」


 はっきりと不可能を告げる吉。わかっていたように調教師も苦笑いを浮かべる。


「だよねぇ」


「ハッキリと言いますが、このクラシック戦線の中であの二頭は役者が違いすぎますよ。

 他の馬もプロ野球選手ではありますが、あの二頭は年間MVP争いができる抜きんでた才覚を持っています」


「はぁ…。勘弁してほしいよ、桜花牧場の馬のおかげで日本競馬がボロボロだ」


 口では嫌がりながらも、調教師は嬉しそうに笑う。


「表情と言ってることあってないですよ」


「ふふふ、やはり調教師と言えども人の子でね。好きな馬の子孫が目立っていると嬉しいものさ。

 特にロストシュシュは私が調教師になろうと思ったきっかけのエデントゥルーをルーツに持ってるからね。たとえ敵だとしても嬉しくなってしまうものさ。

 吉くん、君だってそうなんじゃないかね?」


「まぁ、僕だって競馬が好きだからここにいるわけですから」


「だろう? どこを見てもDI系DI系で面白くなくなってきていた日本競馬に零細血統が食ってかかってるこの状況! 心が震えると思わないか!」


「あの、大きな声で言うのはやめたほうがいいかと」


「ああ、すまないすまない! 馬が驚いてしまうね」


 いや、そうでなく。吉はそう言いかけた口を噤み、頬をポリポリと一掻きして嘆息。

 なにを言っても無駄だと判断して挨拶をして厩舎を辞した。

 そのまま厩舎通路を通っていると、羅田調教師が使用している厩舎から足立がちょうど出てきたところと八合わせた。


「あ、吉さん」


「やぁ、作戦会議は終了かい?」


 いたずら気味に足立へ尋ねる吉。


「まぁ、概ね。とは言ってもセカンドは気性がいいですから、あまり気にすることはないのが本音ですが」


「ノンバイプレイヤーに比べればね。ユッキーはゲッソリしてたよ」


「よかったじゃないですか、減量できて」


 あまりに辛辣な足立の言い分に吉はたまらず腹を抱えて笑う。

 足立もニヒルな笑みを浮かべてその場に立ち止まった。


「今回の注目馬は僕のオウカセカンドと彼のノンバイプレイヤーですから、疲弊してくれればくれるほど僕が楽に勝てます」


「ひー…、ひー…、もうちょっと言葉はオブラートに包んだ方がいいよ」


「いっつも敗けてばかりですから今日は勝ちたいんですよ。桜花島の桜花クラブの桜花賞馬、明日の新聞の見出しはこれですね」


 失礼します、言うが早いかスタスタと通路を歩いて足立は騎手控室へ向かっていった。


「うーん、燃え上ってるなぁ…」


 大体そんな時は良くないことが起こる。経験則から吉は頭をボリボリ掻き毟って頭を振る。

 桜花賞、注意をせねば。心に誓って、吉もまた騎手控室に歩き出す。

 





『さぁ、最終直線474メートルの勝負所! 駆ける駆ける先頭はノンバイプレイヤー! やる気を出した彼女に操作は要らぬ! 跳ねる跳ぶ見事なスプリント! その二馬身後ろには阪神JF優勝馬のオウカセカンド! かつて獲ったこのコースもノンバイプレイヤー相手には厳しいか! そのすぐ横にはエステルパラッサ! エステルパラッサも頑張っているが!? おお!? 体当たり! これはマズい! セカンドがよろけて足立が落馬だ! これはマズい落ち方をした! 審議ランプが点灯だ! 一着はノンバイプレイヤー! 二着にはエステルパラッサが入着しましたが審議の対象です! 購入馬券は捨てずにお持ちください』



 吉の恐れていたことが起こった。




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