宝塚のライバル

『王道追走! 先行位置から前を狙うソメイヨシノ! 一歩ずつ一歩ずつ差を詰めていく! これは強い走りだ! オーナーの思いを載せて今! 差し切った! 頭一つ抜け出し念願の桜花賞制覇!』


『さぁ、後方から一つ! 二つ! 三つ! まとめて抜いた! これが新世代の末脚だ! メイキングがゴールイン! 皐月の王の名に相応しい勝利でした!』


『外からグルーヴブレイブ! 外からグルーヴブレイブ! 母の栄誉を君も掴めるのか! 圧倒的加速で先頭を猛追! 抜けるか! 抜けるかァ! 抜いたァ!! グルーヴブレイブ! 勝ったのはグルーヴハートの娘! グルーヴブレイブだァ!』


『さぁ、最終直線は譲らない! アビスデリング! ナモトダービー! ビリーザキッド! 三頭並んで全速力だ! 駆ける駆ける駆ける! 譲らない! 誇りと栄誉は誰が獲る! 今並んでゴールイン! 写真判定だァ! 体勢はナモトダービー有利か? …結果が出ました! ナモトダービーが今年のダービー馬です!』


 今年のクラシック戦線は勝者が割れたな。

 桜花賞覇者はソメイヨシノ。四十年の馬主歴がある桜庭さんの馬だ。国内での未勝利は桜花賞だけだったが今回の勝利でコンプリートしたことになる。宝塚にも出す気満々らしいのでレジェンとは新旧桜花賞覇者対決になるな。

 次は皐月賞の勝者のメイキング。強力な末脚の持ち主だ。どうにも調教師がレジェンの脚の使い方を真似て仕込んだらしく、かなりの強敵になるだろうことは間違いない。大手ファームが母体のクラブ馬なので種牡馬したときに怖いな。

 牝馬優駿を獲ったのはグルーヴブレイブ、八年前に牝馬優駿を勝ったグルーヴハートの娘だ。グルーヴハートの母も勝利しているので親子三代に渡って勝利したことになる。今回ので樫振りの家系って異名が付いてたな。この馬も宝塚に出走予定。というより吉騎手のお手馬だ。

 最後にダービー。ナツヒヨリの時に相対した名本さん、彼の秘蔵っ子がナモトダービー。見事にアクリームアルター、テムタバラードを抑えてダービーに勝利した強い馬だ。「借りを返さないといけないからね」とこちらも宝塚に参戦するとのこと。


 今は六月の頭で、出走予定の馬はかなり絞れてきた。

 今年のクラシックを獲ったメイキングを除く三頭は出馬表明をしている。他の有力馬は昨年の菊花賞馬アーヴルテラスが出馬表明済み、館岡さんのお手馬だ。


 レジェンの障害になりそうなのは彼らぐらいだが、他の馬も実力はあるからな、油断はできない。

 それにこちらは乗り替わりだからな…。新田騎手との相性は普通ってところだから折り合いがつかずに万が一敗北ってのも十分にある。

 

 ここまで無敗で来たんだ、後二戦も勝って終えたい。


 まー、俺に出来るのは体調を万全にして送り出すことしかできないんだけどな。


 決戦まで一か月もない、気合を入れていこう。








ーーーーーーーーーーーー


 


「妻橋さん大丈夫?」


「あたた…。動けないだけです、命に問題はありません」


 そりゃ、ただのぎっくりだから死にはしないだろうけども。


「これまで無理させちゃったツケだよね、ごめんね」


「いえいえ、私は喜んで働いてますから」


 いつつ…、と痛みをこらえながら笑いかけてくれる妻橋さん。


「人が増えて余裕ができたから一週間くらい休暇を取ってくださいな」


「お言葉に甘えてそうさせていただきますか」


「妻橋さーん! 車準備できましたよ!」


 自分だけでは動けないので山田君に妻橋さんを家までの送迎を頼んだ。魔女の一撃を間近で見ると怖いな、重いものを持つ時は気をつけよう。



「柴田さん、妻橋さんを山田君にお願いしてきたけど牧場は回る?」


「ええ、スタッフも十分にいますし問題はほとんどないです」


「ほとんど?」


「今年生まれた仔馬が軒並み癖があって妻橋さんしか御せないんです。別に暴れたりするわけじゃないんですがね」


 あー、40年世代か。忙しすぎて顔をよく見てないんだよな。フォローがてら見に行くか。



 放牧地で母子ともに放牧されている仔馬を順々に見ていく。

 今年は体質の弱い仔馬はいないようだ。おそらく一年かけて希釈したアプリの水を飲ませていたおかげではないだろうか。今思えば初年度からやっておけばよかったな…。


「社長、仔馬の様子を見に?」


「お疲れさん、妻橋さんがぎっくりで帰っちゃったからさ。仔馬の世話を手伝おうと思ってね」


「そうですか。ではそろそろ厩舎に返すので手伝いをお願いします」


「あいよー」


 放牧地の柵内に入り、頭絡を付けた母馬に引綱を装着して一頭一頭丁寧に外に出す。習性として母馬を出すと仔馬も自然とついてくるので気をつけることはあまりない。

 全頭を厩舎に収めてスタッフと会話をする。


「今のところ身体的な問題はない?」


「ええ、繁殖牝馬は全頭母子ともに健康ですね。他の牧場では見ないほどに順調な成長です」  


「それはよかった」


「あまりに順調に進んだのでスタッフの皆で記録をつけています。報告書であげますね」

 

「ありがとう。よろしくお願い」


 なんでもありだなあの水。

 これは本格的にアプリの水を検査機関にかけてみるかな…?


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