テレビでイキる

「お疲れ様です羅田さん」


「お疲れ様です…。本当にお疲れのようですね」


 俺の目の下の隈を見て羅田さんはギョッとしながら言う。

 桜花賞は四月の第二日曜日に行われるのだが、その週の水曜日から産まれたばかりの仔馬の一頭が馬アクチノバチルス症に感染していることが判明。こいつは主に1ヵ月齢以下の仔馬がかかる感染症で、生まれて間もない仔馬や移行抗体不全症の仔馬が感染しやすい伝染性のないものだ。

 症例としては産まれたばかりの仔は敗血病からの死亡がありえて、少し育った仔は関節炎や腹膜炎になったりする。

 馬房の手入れや新生仔馬の衛生管理は行き届いていたはずなんだが一頭感染してしまい、感染源の究明にかかりっきりになった結果、寝る暇がなかったのだ。命のかかわる問題だから先送りにもできないし、この一週間はかなり無理をした。

 結局、原因は馬房の梁の上に住み着いていた野生動物の糞だったんだけどね、巧妙に隠れやがって…。


「レジェンの様子はどうです?」


「完璧ですね、チューリップ賞でレアシンジュと競り合ったのが悔しかったのか調教は真面目にこなしてくれました」


「今まであんな激走にならなかったもんなー」


 馬房から顔を出して撫でれ撫でれと首を振るレジェンにホッコリする。

 見た感じ絞り切れており羅田さんの調教師としての腕の良さを感じさせる。


「この仕上がりなら余裕をもって戦えると思います」


「それはどうでしょう? 新田騎手は特訓で強くなりましたし、吉騎手は対レジェンの戦法を思いついたって言ってましたよ?」


「それはまた…」


 マジかよって表情で羅田さんの雰囲気が曇る。

 奥歯に何か詰まったような、そんな感じで羅田さんは言いづらそうに。


「あの、オーナーは敵に塩を送って何をなさりたいんでしょう?」


 まるで理解できないって言い草だ。


「ライバルが欲しいんですよ」


「ライバルですか?」


「そう、ライバルです。かの皇帝にはライバルといえる馬がいませんでした。天馬の息子がそうだと言えばそうかもしれませんが、それでも拮抗したライバルとは言えなかった。

 漆黒の衝撃もそうです。絶対的な走りは大衆を退屈させる。

 故にライバルが欲しかったのですよ。レジェンが絶対に勝つレースと、レジェンに格下である他の馬が食らいつき喉元を食い破るレース、どちらがエンターテインメントとして成功するか。羅田さんもわかるでしょう?」


「わかります、わかりますが…」


「それにね」


 レジェンを撫でるをやめる。

 羅田さんのほうへゆっくりと振りむき。


「勝つのはグリゼルダレジェンただ一頭だ。

 その前には誰もいない」





ーーーーーーーーーーーーーー



 鈴鹿が去った厩舎で羅田は一人佇む。

 先ほど感じた鈴鹿の圧倒的な覇気に当てられて鳥肌が立ったままだ。


(格下ね…)


 鈴鹿が格下扱いしたレアシンジュやグレイトフルエリーも名馬にカテゴリされるほどの強者である。実際、グリゼルダレジェンとのレース以外で黒星が付いたことはない。

 それを上回る能力があるとは言え、グリゼルダレジェンに対する絶対的な信頼は何なのだと羅田は逡巡する。羅田自身は競馬に絶対はないと思っているからだ。

 勝つのが競馬の全てではないと言えども、敵に塩を送り続ける彼の行動は異常にしか映らない。もはや狂気の域に達していると言ってもいいと羅田は考えている。

 

「君のお父さんが私にはわからないよ…」


 グリゼルダレジェンの首元を撫でながら、羅田は一人ごちる。

 天才が理解されないという理由を羅田は垣間見た気がした。






ーーーーーーーーーーーーーーー




「ウィナーズ競馬、今週も始まりました! どうもMCの内藤浩二です、オイッス!」


「オイッス! MCの林霧歌です!」


「先週の大阪杯ではヤマノアダマスが見事に勝利! 林さんも見事に的中と言うことで大盛り上がりのレースでした」


「本当にいいレースでしたね! ブレスクルーズとの7センチの激戦は最後まで興奮しちゃいました!」


「そんな大盛り上がりをした大阪杯後の今週のレース! 皆さんご存じですね? そう、桜花賞です! 明日行われる桜花賞に相応しいゲストをお呼びしました。みなさんお待ちかね! この方ですどうぞ!」


「オイッス! 桜花牧場社長の鈴鹿静時です! よろしくお願いします!」


「はい、大物ゲストが来るときは事前に告知したほうがいいと思うんだけどねディレクター」


「トリッターでまたラブコールが発生してますねー」


「どうも皆さん、やーどうもどうも。桜花牧場から出走してきたクロイデンセツノオヤジです」


「んふ、クロイデンセツノオヤジってなんか日焼けしたスーパーボディビルダーみたいな」


「そうですね、なんかポージングでもしてみましょうか。ムン」


「うわぁ、凄い筋肉…。じゃなくて! 競馬の話をする番組なんですよここは!」


「林さんが怒った! それでは鈴鹿さんをゲストにお迎えしてお送りするウィナーズ競馬、出走です!」





ーーーーーーーーーーーー



 というわけで、テレビに再出演している。

 また宣戦布告して明日の桜花賞を盛り上げないとな!

 

「今日はニュージーランドトロフィーと阪神牝馬ステークス。えー本来なら予想をこの場で発表してもらうんですが、テレビの前でご覧の皆さん。おわかりですよね? 鈴鹿社長の予想を先にお見せしてしまうと、まぁ大変なことになると。中央競馬協会の方に釘をブスブスっと刺されたので事前にフリップに書いておいてもらっています! 投票が締め切られた後に発表していただくと、そうなってます!」


「内藤さん、トリッターから凄いブーイングが来てます」


「ちょっとみんなやめて! しょうがないじゃん! 社長が当てちゃうんだから!」


 ゲラゲラ笑いながら慌てる林さんと内藤さんを見る。

 俺が再登板した理由は番組宛に俺のゲスト再登場はまだかと問い合わせが多数来たことで番組サイドから頭を下げられたのが大きい。どうやら見逃し配信で俺がこの前出たときの再生回数がぶっちぎりでトップだったらしいのだ。

 牧場の出産シーズンも順調に終わったことで、牧場は種付けシーズンに入った。妻橋さんと柴田さんにお願いして繁殖牝馬のスタリオンステーションへの輸送を全部お任せできる程度には牧場としての余裕がある状態になったんだ。

 つまり、広報の山田君と社長の俺が頑張って牧場の周知に励むために出張してもよくなった。依然として牧場自体の経営は火の車だ。

 いざとなれば魔法の手帳の錬金術で馬券買い漁れば関係ないけど経営としては健全とは言えないからなぁ。





ーーーーーーーーーーーーーー



「えー、無事に2レースとも的中した鈴鹿社長。なにかおっしゃりたいことは?」


「なんでみなさん当たらないんですか?」


「うわぁあああああ! ひどい! 皆さん聞きましたこの言いぐさ!?」


「んふ、トリッターのトレンド独占らしいです」


「みなさん見てくださってるんですねぇ。ありがとう今回も簡単でしたね」


「え? え? なに社長? BPOの限界に挑んでる? 実力持った人の畜生発言ってめちゃくちゃ問い合わせが来るんですよ? 知ってます?」


「プロデューサーさん頑張ってください」


「あーあー、カメラの向こうでPさん頭抱えてるよぉ」


「呼んだのあの人ですから誰にも文句言えないんですよね」


「あ、見かねたディレクターからエンディング指示が飛びました。〆に入ります。林さんよろしく!」


「はい、明日の中央競馬はクラシックの一冠目の桜花賞が執り行われます。今日のゲストの鈴鹿社長の愛馬であるグリゼルダレジェンも出走されますが今の心境はいかがでしょう?」


「負けません。レアシンジュもグレイトフルエリーも打ち倒して、まずティアラの一つ目を貰いますよ」


「随分と自信があるようですが?」


「ええ、浅井騎手とグリゼルダレジェンを信じていますから。競馬に絶対はありませんがグリゼルダレジェンには絶対があるってことをお見せします」


「おー、生放送で言い切るのは凄い度胸ですね! あ、そろそろお時間です! それではまた来週! 内藤でした!」


「さよーならー!」


「さようならー!」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る