4章 シンヤの実力

 ケビン率いる行商の一行が全滅しかけたその時、シンヤが駆けつけた。


「…………」


 ケビンは、突然の参入者を見て唖然としていた。


「ど、どうしてこんな山奥に君のような少年が?」


「ええっとな。散歩していたら、ちょいと迷っちまっただけだよ」


「散歩? この危険な森を?」


 ケビンの疑問は当然だ。

 ここで散歩するようなもの好きはいない。

 ただの通行路としても、普段であれば避ける場所だ。

 ケビンがここを通っていたのは、


「グゥウウッ!」


「おっと。話は後だ。とりあえず、そいつを倒せばいいんだよな?」


「あ、ああ。しかし、クリムゾンボアは1人で倒せるような魔物ではないぞ……」


「いいから任せとけって!」


 そう言って、シンヤはクリムゾンボアに向き直った。


「グルルルルッ!!」


 クリムゾンボアは、現れた獲物を睨みつける。

 この獲物は、どことなく他の雑魚とは違う雰囲気を感じる。

 だが、この森の支配者である自分が負けるはずがない。

 クリムゾンボアはそんなことを考えていた。


「さぁ来いよ」


「ガァアアアッ!!」


 クリムゾンボアが猛然と駆け出す。

 その巨体からは想像もできない速度だ。


「ふん」


 対して、シンヤは落ち着いた様子で構えを取る。

 そして……。


「なっ!? 消えた!?」


 店長が驚きの声を上げる。

 シンヤの姿が一瞬にして消えたのだ。


「ガフッ!?」


 代わりに、クリムゾンボアは横腹に強烈な一撃を受けて悲鳴を上げていた。


「悪いな。ちょっと本気で殴らせて貰った」


 シンヤの身体能力は、素でもそれなりに高い。

 その上、今は【フィジカルブースト】の魔法を発動している。

 ただのパンチでも、クリムゾンボアを悶絶させるのに十分な威力があった。


「な、何を……君は一体……何なんだ……!」


 店長は震え声で問いかけた。


「俺は、ただの通りすがりの一般人だよ」


「一般人……だと……!?」


 その言葉に、ケビンは耳を疑う。

 普通の人間がクリムゾンボアを圧倒し、あまつさえ素手で殴り飛ばすなどありえないことだ。


「グルル……」


「まだやるか。ずいぶんとタフらしいな」


「グガァアアッ!」


 クリムゾンボアは、最後の力を振り絞るように突進する。

 だが、それが仇となった。


「【マジックバースト】」


「ゴアアアアッ!!!!」


 シンヤの手のひらから、魔力が放出される。

 通常であれば火や雷属性に変換して攻撃するのが一般的だ。

 しかし、この世界に来たばかりで魔法の試行錯誤をまだできていないシンヤは、そのような器用なことができない。


 マジックバーストは、純粋な魔力の放出である。

 常人なら威力不足の懸念があるところだが、シンヤの魔力量は規格外だ。

 凄まじい衝撃を受け、クリムゾンボアの身体が吹き飛んでいく。

 そのまま木々をなぎ倒して倒れた。


「ま、こんなもんかな」


 シンヤは軽く息を吐いた。

 もっと多彩な魔法を使って華麗に倒したいところだったが、何せ急な戦闘だったので準備が何もできていなかった。

 身体能力を強化する【フィジカルブースト】と純粋な魔力を放出する【マジックバースト】だけで対応するという芸のない戦いになってしまった。


「おーい。もう大丈夫だぞー」


「は、はい……」


 店長は、あまりの出来事の連続に頭が追いついていないようだ。

 放心状態のまま、フラフラと起き上がってきた。


「あ、あの……。ありがとうございました……。貴方がいなければ私は死んでいたでしょう。本当になんとお礼を言ったらいいか……」


「いやいや。気にすんなって。それより、あんたが無事で良かったよ」


「おかげさまで。しかし、護衛兵たちの被害が……」


 店長が周囲を見回す。

 護衛兵のリーダーが、仲間たちの応急処置をしている。

 何名かは意識がはっきりしており、命に別状はなさそうだ。


 だが、残りの何名かはマズい。

 大量の血を流していることから、おそらく助かる見込みはない。

 その中には、奴隷の猫獣人ミレアも含まれていた。


「クソ……。あたしはコンナところで死ぬわけには……」


 彼女が力なくそう呟く。

 数人の護衛兵と共に、今にも命の灯火が消えようとしていた。


「うう……。リーダー……。済まねえ……」


「俺の家族には、よく戦ったと言っておいてくれよな……」


「バカ野郎! 勝手に死ぬんじゃねえ!」


 仲間の死を目前に、リーダーは涙を流す。

 そして、その感情に触発されたのか、他の者まで泣き始めた。

 場が悲しみに包まれていく。


「……」


 シンヤはその様子を無言で見つめる。

 彼の脳裏に浮かんだのは、自分の家族のことだった。

 あの時は何もできなかった。

 自分に力がなかったからだ。

 だが、今の彼なら……。


「【エリアヒール】」


 シンヤは魔法を発動した。


「むっ! こ、これは……?」


「傷口が塞がっていく……?」


「痛みが引いてきたぞ……」


「……ナンダ、これは……?」


 護衛兵、そしてミレアが驚いたように目を開く。

 彼らの言う通り、全身の傷がみるみると癒されていく。

 そして、数分後には、彼らは完全に回復した。


「き、奇跡だ……。まさか、俺たち全員を回復させるほどの使い手がいたなんて……。発動者は君だね? 本当にありがとう!」


 リーダーがシンヤに頭を下げる。

 続けて、ケビンが口を開く。


「本当に助かりました。死人が出ずに終わったのは、貴方のおかげです」


「ま、みんなが無事でよかったよ」


 シンヤが微笑を浮かべる。

 すると、周囲から拍手が起こった。


「凄いぜ兄ちゃん!」


「ありがとよ!」


「おかげで助かった!」


「君は英雄だ!」


「……スゴイ人族がいるのダナ……」


 護衛兵たちが笑顔でシンヤを称えている。

 どうやら、今回の件でシンヤはかなりの人気者になったようだ。


「ところで、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「ああ。俺はシンヤだ。よろしくな」


「シ、シンヤ様ですね。覚えました。私はケビンと申します。ここから最寄りの街『グラシア』を拠点に商いを営んでおります」


「へぇ。なんか凄そうだな」


「いえ、そんなことはありません。とんでもない戦闘力をお持ちのシンヤ様には到底及びません」


「そうなのか? まぁ、その辺のことはよくわからねえけどよ……」


 シンヤはこの世界に来たばかりで、戦闘力や肩書きの基準がまだ掴めていなかった。

 そのため、店長が自分に対して敬語を使う理由がイマイチ理解できない。


「それで、シンヤ様はこれからどちらに向かわれるのですか?」


「あー、特に決めてないんだよな。適当にぶらついて、いい感じの街があればそこに行こうと思っている」


「な、なるほど……。さすがはシンヤ様。豪胆な方です」


「いやいや、それほどでも」


 シンヤは照れた様子で頭を掻いた。


「それでは、シンヤ様さえ良ければグラシアにある我が店でおもてなしをさせていただきたいのですが……」


「おっ! それはありがたい! じゃあ、お願いしようかな」


「承知致しました。ささ、こちらの馬車に乗ってください」


 ケビンに案内され、シンヤは馬車に乗り込む。

 護衛兵たちや猫獣人の奴隷ミレアも同様だ。

 こうして、シンヤはグラシアの街に向かうことになったのだった。

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