第4話 アレンの企み
ルイーゼとのそれはそれは楽しいティータイムを満喫し、アレンは頬をだらしなく緩めながらご機嫌な足取りで自室へと戻った。
そして、机上に散らかったままの写真や報告書をまとめつつ、一枚の写真とそこに映る令嬢に関する報告書を拾い上げ、流し読みする。要約するとこうだ。
【マリア・アーデルハイド】
・アーデルハイド伯爵家の令嬢。一人娘。
・ロベルトの側近を務めるケビン・マクナルドと婚約関係にある。
・ケビンは最近、束縛が強いマリアを邪険にしており、二人の関係は芳しくない。
・その腹いせもあってかルイーゼへの当たりが強まっている。
・誇張した噂話の中心となっている人物。
・ルイーゼの上履きを隠したのはマリア。
「……ふぅん」
アレンは、写真の中で笑うマリアを冷ややかな目で見据える。そして妙案を思いついたかのようにニヤリと口元を歪めた。
◇◇◇
翌日、アレンは編入前の見学のため、ヒューリヒ王立学園にやって来ていた。編入の手続きに少し時間がかかっているため、新年度のスタートに間に合わなかったのだが、焦っても仕方がないのでのんびり探索をしつつ目的の人物を探す。
すでに新学期が始まっており、学園は華やかな制服に身を包んだ生徒たちの明るい声で賑わっていた。
ちょうどお昼休憩に入ったところで、広い芝生の中庭や、噴水の周りを囲うベンチでは、弁当を広げて談笑する生徒の姿が目立った。
さて、クロードの調べによるとこの時間帯、校舎の裏手に目的の人物が訪れるはず。アレンが生垣の中に身を潜めたとほぼ同時に、校舎から言い争う男女の声が近付いてきた。
「ケビン様!今日は一緒に昼食を取っていただけると仰っていたではありませんか!」
「俺はロベルト殿下の側近なんだ。殿下を優先して何が悪い」
「そ、それはそうですが…私だってケビン様の婚約者なのですよ!?たまには一緒に食事をしたいと思うのがいけないことなのですか!?」
「ええい、うるさいな。お前はいつも自分のことばかりじゃないか。婚約者だからと言って我儘ばかり言われるこっちの身にもなってくれ!もういいだろう、殿下を待たせているんだ、俺はもう行く」
「ちょっ、ケビン様!?お待ちになって!」
思った通り、アレンの眼前で口論していたのは、マリアとケビンであった。クロードの調査通り、二人の関係はうまくいっていないようだ。
腕に縋り付くマリアを冷たく振り払い、ケビンは中庭の方へと向かって行ってしまった。取り残されたマリアは、小さく肩を震わせながら立ち尽くしていた。一緒に食べようと用意したのだろう、手には少し大きめのお弁当と思しきものを持っている。
アレンは静かに生垣を出ると、わざと小石を蹴って小さな音を立てた。
「誰かいますの!?」
「あ…すみません。道に迷っちゃって、聞くつもりはなかったのですが…」
慌てて振り向いたマリア。アレンは申し訳なさそうに眉を下げてマリアに近づいた。そして、ズボンの後ろポケットから、ハンカチを取り出して、そっとマリアに差し出した。
「あ…ありがとうございます」
マリアは遠慮がちにハンカチを受け取ると、チョンチョンと目元に浮かぶ涙を拭った。
「それにしても酷いですね。こんなに綺麗な婚約者をほったらかしにするなんて…僕には考えられません」
「え…綺麗だなんて、そ、そんな…」
少し首を傾げて上目遣いでマリアを見上げるアレン。まだ成長期に入っていないアレンは、マリアよりも少し背が低かった。それに何よりアレンは(内面に難があるものの)美少年だ。
そんなアレンに見上げられたマリアは、頬を朱色に染めながら目を泳がせた。アレンの思った通り、マリアはあまり異性に褒められ慣れていないようだ。
「ケビン様は…お忙しい方だから…」
「でもたまにはお昼ぐらい一緒に食べれますよね?そのお弁当、用意されてたんでしょう?」
「ええ…屋敷のシェフが腕によりをかけて作ってくださいましたの。私も少しだけお手伝いさせていただいたのですが…無駄になってしまいましたね。その、お恥ずかしいところをお見せしました。私はこれで失礼いたしますわ」
マリアは弁当に視線を落として自虐気味に微笑むと、流石に気まずいのかその場を去ろうとした。
「あ、待ってください!」
「っ!」
が、その腕をアレンに掴まれ、立ち去ることは叶わなかった。
「あの…僕でよかったら、その…一緒に食べませんか?一人で食べるには多いでしょう?」
「え…でも…」
「僕、来週この学園へ編入することになったアレンと言います。だからまだこの学園に知り合いもいなくて、心細くて…もしよければ色々お話しできれば嬉しいのですが」
「あら…そうなのね。じゃ、じゃあ、あそこのベンチでいいかしら?」
マリアは少し瞳を揺らして逡巡した後、アレンの提案に頷いて近くのベンチを指差した。アレンは内心ほくそ笑みながらマリアに着いてベンチへ向かった。
◇◇◇
「それでね!ケビン様はいつも私のことを邪険に扱うのよ!最近はロベルト様のお気に入りのメアリー様と仲良く談笑されているのをよく見かけるし…私というものがありながら!考えられませんわ!」
二人は、マリアの弁当に舌鼓を打ちつつしばしの談笑を楽しんだのだが、アレンが聴き上手なこともあり、マリアは次第に日頃の鬱憤を吐露し始めた。
「そうなんですね。聞けば聞くほど酷い人だ。僕ならマリアさんを悲しませることなんてしないのに」
「あ、アレンくんったら…」
照れながらも嬉しそうに笑みを浮かべるマリア。普段ケビンに雑に扱われていることもあり、直球なアレンの言葉に満足そうにしている。
「あの、マリアさんさえよければ、授業が終わったら校内を簡単に案内してもらえると嬉しいのですが…婚約者がいる女性にこんなお願い…駄目、ですかね?」
しゅんと肩を落として潤んだ目で見つめると、マリアは小さく「はぅあっ」と胸を押さえて呻くと、首をぶんぶん横に振って言った。
「いいえ!!そんなことないわ。どうせケビン様はロベルト殿下にべったりでしょうし、いいですわよ。授業が終わりましたらこの場所で落ち合いましょう」
「本当ですかっ!僕、嬉しいです!」
アレンは身を乗り出してマリアの手を取り、満面の笑みでそう言うと、マリアは顔を赤くして視線を逸らした。ちょうどその時、昼休みの終わりを告げるチャイムが学園内に響き渡った。
「あ…私、行かなくちゃ。じゃあ、アレンくんまた放課後に会いましょう」
「はい、楽しみにしていますね」
マリアは上機嫌に手を振りながら校内へと戻っていった。
アレンは笑顔で手を振り返しながらマリアを見送る。そしてマリアが去ったのを確認すると、
「…クロード、計画通りに頼むよ」
笑顔を貼り付けていた表情を真顔に戻して、いつの間にか背後に控えていたクロードにそう言った。
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