ぼくは悪役令嬢の弟 〜大好きな姉さんのために、姉さんをいじめる令嬢を片っ端から落として復讐するつもりが、いつの間にか姉さんのファンクラブができてるんだけどどういうこと?〜

水都ミナト@【解体嬢】書籍化進行中

第1話 婚約破棄された悪役令嬢

「ルイーゼ・ヴァンブルク!!今この時をもって、俺はお前との婚約を破棄する!!」


 突如ホールに響き渡る鋭い声。

 先ほどまでの賑やかさが嘘のように辺りはシンと静まり返った。会場にいる一同の注目を浴びるのは、その声の主であるこの国の第二王子のロベルト・フェルナンドである。そして、そのロベルトが婚約破棄を突きつけた相手である伯爵令嬢のルイーゼ・ヴァンブルクだ。


 時と場所はフェルナンド王国のヒューリヒ王立学園進級パーティの最中、時が止まったように静まり返る群衆の中、学園専属の合奏団が奏でる舞踏曲だけが優雅に会場に響いている。


 フェルナンド王国唯一の王立学園であるヒューリヒ王立学園では、毎年進級のシーズンになると、進級を祝って学園主催のパーティが催される。祝いの場である進級パーティでは、皆煌びやかに自身を着飾り、パートナーがいるものはパートナーにエスコートされて盛大に進級を祝う。

 そんなめでたい場に似つかわしくないシチュエーションに、周囲は色眼鏡で二人の動向を見守っている。


 ホールの中心で向かい合うロベルトとルイーゼ。

 ロベルトの瞳と同じエメラルド色のパーティドレスに身を包んだルイーゼは無表情を崩さない。藍色の艶やかな髪を緩やかに三つ編みに束ねており、やや吊り目がちなアメジスト色に煌めく瞳は真っ直ぐにロベルトを見据えていた。


 片やロベルトはというと、ふわふわとした栗色のショートヘアが愛らしい令嬢の肩を抱いて、ルイーゼを睨みつけていた。

 ロベルトが肩を抱く令嬢は、メアリー・アドニス男爵令嬢だ。田舎の小さな男爵家出身であるが、その身に包むドレスはロベルトの髪と同じくブロンドに輝き、きめ細やかな刺繍の施されたドレスは、一見して上等なものだと分かる代物であった。大胆に開いた胸元には、大ぶりのエメラルドのネックレスをつけている。


 ルイーゼは、そんな二人を交互に見据えると、ふぅと小さく息を吐き、冷ややかな声音でロベルトの名を呼んだ。


「ロベルト殿下」

「なんだ」

「理由を伺ってもよろしいでしょうか」


 そして、冷静に婚約破棄の理由を尋ねたのだ。

 その落ち着き払った態度に、ロベルトは鼻を鳴らして口元を歪めた。


「そういうところだよ。お前の氷のように冷たい視線、態度。話していてもニコリともしない。目つきも悪く、まるで人を馬鹿にしたような傲慢な態度。本当につまらない女だ。

 それに引き換えメアリーはくるくる表情を変え、その笑い声は鈴を転がすような愛らしさだ。どちらを側に置きたいかなんて自明だろう。お前は俺にふさわしくない!俺はお前との婚約を破棄し、メアリーと婚約する!」

「ロベルト殿下…!」


 公衆の面前で婚約宣言されたメアリーはうっとりとした表情で、しなだれかかるようにロベルトの腕に絡みついた。

 その様子を見て、ルイーゼの眉がピクリと動いた。


「…………分かりました。それが殿下のお望みであれば、婚約解消の件承りました」


 そして、そう言うとドレスの裾を持ち、見惚れるほど優雅な礼をし、踵を返してホールの出口へ向かって行った。その背筋はシャンと伸び、堂々たる態度でホールを突っ切って行く。


「やっぱりこうなったわね」

「ルイーゼ様はロベルト様にふさわしくないもの、当然だわ」

「見てよ婚約破棄されたって言うのに表情のひとつも崩さないわ。感情を持ち合わせているのかしら」

「氷のように冷たい視線。ああ、恐ろしいわ」


 パーティの場で見せしめのように婚約破棄された哀れなルイーゼに向けられたのは、同情の言葉ではなく、やはりこうなったかとクスクス嘲笑う声であった。さながら悪役令嬢の如く蔑まれているルイーゼ。今この場所に彼女の肩を持つ者は一人も居なかった。

 周囲の雑音に振り向きもせずに、ルイーゼはホールの扉に辿り着くと、両開きの扉を大きく開け放ち、振り返ると再び深く一礼をして会場を後にしたのだった。


 扉が閉まると同時に、会場にいた面々はワッとあちこちで今目の前で起きたことについて嬉々として話し始めた。





…………僕は一体何を見せられているんだ。


 3年の留学から帰国し、我が儘を言って編入前のヒューリヒ王立学園の進級パーティに参加していたアレン・ヴァンブルクは、今目の前で起きた出来事を受け止めきれずに立ち尽くしていた。

 大好きな姉であるルイーゼの晴れ姿を楽しみに参加したパーティで、まさかそのルイーゼが辱められる姿を目の当たりにするとは思いもよらなかった。


「姉さん…っ!」


 アレンはハッと我に帰ると、ケラケラと下品に笑う群衆を掻き分けて、ホールを出て行ったルイーゼの後を追いかけた。

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