第33話 【閑話】孕む狂気(桃井視点)

 私の名前は桃井美香。

 私には二卵性双生児の妹、美希が居た。

 幼い頃両親を失って、他に身寄りのなかった私達は児童養護施設で育った。

 美希は内気な性格で、学校でも施設内でも意地悪な男子にからかわれていた。

 その度に私が男子を追い払って、あの子を守ってきた。


 「ありがとう、美香」とあの子が私に微笑んでくれる度に、何があってもこの子だけは私が守ると幼心ながらに誓っていた。

 美希は私にとって血を分けた唯一無二の存在で、残された大切な家族だから。


 しかし、私達が小学四年を迎えた頃、私達を分かつようにして養子縁組の話が舞い込んでくる。

 離れ離れになるのが嫌な私達はその話を断りたかったけれど、本当にいいご夫婦だから貴方たちの幸せのためにと、院長先生に説得され渋々承諾した。


 私は桃井家、美希は蓮池家に引き取られ、小学五年の春から別々の生活が始まった。

 相手の気持ちを読むのがわりかし得意な私は、新しい家庭や学校にも難なく馴染むことが出来た。

 とはいっても上辺だけの関係に過ぎないけれど。


 それよりも、美希がきちんと新しい家庭や学校で上手く馴染めるかの方が、私は心配だった。

 物理的に遠く離れた私達はよく電話で連絡をとっていた。


 最初のうちは、やはりあまり馴染めなかったようで美希は落ち込んでいた。

 その度に私はあの子の話を聞き、アドバイスをする。

 電話を終える頃には元気になる美希にほっとしつつ、毎回電話を切っていたものだ。


 そんなある日、あの子が嬉しそうに初めて友達が出来たのだと報告してきた。

 美希が私以外の子と仲良くなった事に、少なからずショックを受ける。

 しかし、美希のためを思うと近くで頼りになる友達が出来るのはいい事だと自分に言い聞かせた。


 美希の友達の名前は『一条 桜』と言うらしい。

 空手一筋の天真爛漫な女の子で、男子にからかわれている所を助けてくれたのがきっかけで友達になったようだ。

 美希がその子と仲良くなる度に、私にかかってくる電話の数が減った。


 あっちで上手くやれてるのだろうと安心する反面、寂しさもあった。

 でも、何かあれば彼女がきっと美希を守ってくれるだろうと思っていた。

 美希が彼女の話をする時、声が弾んでいて大好きな気持ちがよく伝わってくるから。

 会った事もない彼女だけど、美希の話を聞く限り、信頼に値する人物だと確信していたから。


 だけど、その信頼は美希を失って脆くも崩れ去る。

 両親が懇意にしているとある政治家の開催するパーティー会場で、私は美希が住んでいた地方から参加していた資産家の令嬢と話す機会があった。

 そこでたまたまある噂を知ってから。


『一条桜は自分の栄冠のために、親友を見殺しにした』


 その話を聞いた瞬間、私の中に腹の底から煮えたぎるような憎しみが沸き上がった。

 どれだけ時間が掛かってもいい。いつか必ず、美希の代わりに私が復讐してやると。


 まさか、その機会がこんなにも早く訪れるとは思いもしていなかった。


 地元の私立聖蘭学園に入学してすぐの事、友人と楽しそうに話しながら通りすぎる見覚えのある人物。

 それは、美希がコンクールで特別賞を取った作品に描かれていた人物そのものだった。


 何故あの女がここに居るの?

 美希を見殺しにしておいて、何でそんな楽しそうに笑ってられるの?


 疑問、怒り、憎しみ、憎悪、様々な感情が私の心を渦巻いて出た結論。許さない……絶対に貴方だけは許さないっ!


 これから貴方に耐え難い苦痛を与えてあげるわ。見殺しにされた美希の気持ち、とくと味わうがいいわ。


 次の日、私は一条桜の過去を曝した紙を一番目立つ掲示板に張り付けた。


 面白いように彼女の周りから友人は離れていった。

 その様子を高々と見物しながら、笑いが止まらなかった。

 貴方もそうやって薄情に、美希の事を裏切ったんでしょう?

 でも、こんなのじゃ全然足りない。

 美希を裏切った罰は、それだけでは許されないのよ。


 いじめのターゲットが出来ると、自分がそうならないように人は面白いようにいじめに加担していく。

 放課後の空き教室に一条桜を呼び出し、毎日のように行われるその行為。

 床に押さえつけられ苦痛に歪むその表情が、たまらなく滑稽だわ。


「貴女に友達を作る資格なんてないのよ。独り床に這いつくばっている方がお似合いね 」


 そう言って私は彼女の腕にカッターを突き立てる。消えることのない罰の印を刻み込むように。

 憔悴しきった彼女は抵抗する事なくそれを受け入れていた。


 二年になって、私は彼女と同じクラスになった。

 教室で彼女に話しかける者は誰もいない。

 窓側の一番前の席で、独り大人しく座っているだけ。

 美希から聞いていた天真爛漫な性格は見る影もなく薄れ、地味で根暗な存在へと成り果てた。


 しかし、まもなく七月を迎えようとした時、一人の転校生がやってきた。

 眉目秀麗を絵に描いたような容姿を持ち、学園内の女子を虜にした結城コハク。

 彼にいじめの現場を目撃され、翌日には一条桜と恋人宣言をされたせいで、私の予定は大幅に狂った。


 いじめに加担していた子達は、第三者にその現場を目撃されてしまった事に恐れ、彼女に手を出すのを止めた。

 それまで彼女を空気のようにしか扱っていなかったクラスメイトも、少しずつ彼女の存在を意識して話しかけるようになった。


 まずはあの目障りな男を排除しよう。


 私はわざと彼女にしばらく友好的に接した。

 その上で今までの事を謝罪したいと、彼が居ない時を見計らって遊びに誘った。

 カラオケに連れ出す事に成功し、トイレに立つふりをして私は柳原を呼び出した。


 柳原海翔、彼は私にしつこく交際を迫ってくる面倒な男。

 私の言う事を何でも聞くなら付き合ってあげるという条件で、周りには伏せて交際している。

 彼はクラスでよく行動を共にする坂梨葵とその彼氏の幼馴染みで仲がよい。

 それを利用して柳原に、その彼氏が葵に電話するよう促してもらい、葵が彼氏を呼んだ風を装って柳原をここに呼び寄せた。


 私が直接呼んだと知ったら、一条桜は何かを勘づき逃げる可能性があるから。

 彼女にわざと泣きながら謝罪をすると、単純なあの子はすぐに騙された。まぁ、他の子達は本気で謝罪していたから無理もないだろう。


 表面上の和解を済ませ、私は彼女が席を立つ機会を窺っていた。そして彼女がトイレに立った際、周りには気付かれないように自宅が経営してる病院からくすねてきた睡眠薬をそっとグラスに注いだ。


 帰ってきたあの子はうまい具合に引っ掛かってくれた。

 私と柳原で彼女を送っていくと言って邪魔な奴等を排除。

 そして、近くにあるホテルに運ばせ、あの写真を撮った。

 柳原には、一条桜が起きるまでそこに居るよう命じて私は部屋を後にした。


 次の日、私は学園の目立つ掲示板にあの写真を複数張り付けた。

 これで、あの目障りな男はあの子に愛想を尽かすはず。

 そのはずだったのに、何故か奴等の愛情は前より深まっていた。


 それならばと、転校生の彼は知らないであろうあの子の醜い過去を暴露してやった。

 その時、信じられない物を目にする。

 気絶した一条桜に駆け寄った結城君の頭の上でピクピクと動く獣のような耳。

 一瞬で消えたけど、紛れもなくあれは本物のように見えた。


 血相を変えて彼女を抱え保健室へ向かった彼の背中を眺めながら、私はひとりほくそ笑んだ。

 彼を揺する切り札としてとっておこう、と。


 その後、余程ショックだったのか、一条桜は学校へ来なくなった。

 いくら酷い目に遭わせても決して学校を休まなかったあの子を、遂に追い出す事に成功した。


 しかし、彼女が居ない事で目にわかるほど落ち込み、憔悴しきった結城君の姿が目についた。

 あの様子を見る限り、あの子に対する思いは変わってないのだろう。


 あそこまで、彼を骨抜きにする魅力があの子にあるのか?

 どうして、美希も彼もあの子を好きになるのか……


 下らない事を考えても時間の無駄だと、私はそれ以上考えるのを止めた。

 学校へ来なくなったあの子の心は壊れたのだろう。

 それならもう目的は果たした。

 そう思っていたのに、一条桜は再び学園へ現れた。


 隣には学園の王子を引き連れて、彼女はまた笑っている。


──プチン


 その時、私の中で何かが切れる音がした。

 壊してやる、貴女の大事なものも、何もかも。

 そして、一生トラウマになる記憶を植え付けてやる。

 もう生きて行くのが嫌になる程、強烈に。


 そして私は、あの切り札をかざして彼等を屋上へ呼び出した。

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