第15話 不意打ちは反則です

「良かったら一緒に回らない? お兄さん、格好いい。超タイプなんだけど」


 グループの中で一番派手な女の人が、コハクの腕に手を回して話しかけている。


「離してもらえますか? 連れがいるので」


 コハクの言葉に、派手な女の人が私の方をチェックするよう一瞥した。


「連れってあの子? あんな地味な子よりあたしらと遊んだ方が楽しいよ! ねぇ、いいでしょ?」

「残念ですが、僕は彼女と一緒に過ごしたいのです。すみませんが、他をあたってもらえますか?」


 コハクがニコっと微笑んでそう言うと、断られたはずなのに、お姉さんグループは何故か顔を赤らめている。

 きっぱりと断っておきながら、イケメンスマイルで相手を悩殺して、誠実な印象をもたらす。

 こうやって女性を虜にしているのか。コハクが学園内で王子様と呼ばれている理由が分かった気がした。


 『やすらぎ庭園』を後にして、そこから順番にアトラクション見ながら回ろうということになった。

 ジェットコースターや、ゴーカート、ウォータースプラッシュなど様々なアトラクションを楽しんだ。小腹が空いたら途中、売店でご当地スイーツや軽食を堪能しながら気がつけば、閉園時間が近づいていた。


「桜、最後はあれに乗ろう」

「観覧車だね。いいよ、行こう!」


 コハクと向かい合わせになって座席に座る。

 沈み掛けた夕日が辺りをオレンジ色に染めてすごく幻想的で綺麗だった。でもその景色を見ていると、感傷的になって少しだけ胸が痛む。


『こんなに高いところからでも、見ることは出来へんのやな……』


 そう言って、観覧車の窓から何かを噛みしめるように、外の景色を眺めていたとても仲の良かった幼馴染みのカナちゃん。

 あの時も今日みたいにすごく楽しく遊んで、最後に一緒に観覧車に乗って、沈み掛けた夕日が照らす街がとても綺麗だったんだ。

 はしゃぐ私の隣で、窓から見える景色をカナちゃんは悲しそうに見つめていて、その後まもなく遠い地へと転校してしまった。

 オレンジ色が黒く染まる瞬間、それは私にとってとても悲しい別れの時間を示しているように感じてしまう。


「桜……どうしたの? 泣きそうな顔してる」

「この夕日があまりにも綺麗で! それで……全て沈んじゃったら、その楽しい時間も終わっちゃうんだなって思うと、なんだか切なくて……」


 コハクと過ごした一日があまりにも楽しすぎたから、あの時みたいにこれが最後になったらと思うと胸が苦しくなった。


「だったら、また一緒に来ようよ。何度でも。そうしたらこの夕焼けも、楽しい景色に見えてこないかな? ほら、今度は今日回れなかったあの西側のアトラクションにも行きたいな」


 コハクに促されて西側の景色を見ると、体験型アトラクションコーナーが視界に入る。

 また、一緒にここに来れるんだ。これで終わりじゃない。そう思うとさっきまで切なく見えたこの景色が、不思議と温かいものに見えてくる。


「うん。ありがとう、コハク。また一緒に来ようね」

「もちろんだよ」


 楽しい思い出の一つとして、この綺麗な景色をしっかり目に焼き付けておこう。


「夕焼けが綺麗だね」

「うん、本当に綺麗だね」


 ふと視線を感じてそちらを向くと、何故かコハクは夕日の方角を見ないで、私の方を見ていた。


「コハク、夕日はあっちだよ?」

「夕日が沈んでいく景色も綺麗だけど、それを見て笑ってる桜の方が、僕は綺麗だと思うよ」


 そう言って彼は、柔らかな笑みを浮かべた。

 澄んだ琥珀色の瞳にじっと見つめられ、胸がトクンと大きく高鳴る。


「そ、そんなことないよ!」


 恥ずかしくなって慌てて反論すると「事実を述べたまでだけど」と、コハクは真顔で言い放った。


 (この人は天然なのか?)


 サラッとそんな事を言われては、こっちの心臓が持たないよ。うるさく脈打つ心臓の音が、コハクにまで聞こえちゃうんじゃないかって、不安でまともに顔が見れない。

 恥ずかしくて窓の方ばかり見ていると、ひときわ優しい声で「桜」と名前を呼ばれた。


「今日は付き合ってくれてありがとう。すごく楽しかったよ」


 そう言って、コハクはふわりと優しい笑みを浮かべてこちらを見ている。


「私の方こそ、今日は楽しかったよ。ありがとう」


 茜色の夕日に照らされたコハクの方が、私なんかよりよっぽど綺麗だと思わずにはいられなかった。


 それから観覧車を降りてお土産コーナーに寄った。甘いものが好きなお姉ちゃんに、今日のお礼をかねて限定ガトーショコラを一つ。家用に限定クッキーを買って遊園地を後にした。


 コハクはいつものように私を自宅まできちんと送ってくれた。

 その別れ際、満面の笑みと一緒に何故か可愛い包み紙を差し出された。


「今日のお礼に、僕からプレゼント。開けてみて」


 中に入っていたのは、小さなアルパカのキーホルダーだった。もふもふとした手触りが非常に気持ちいい。


「ありがとう、コハク! すごく嬉しいよ。私も何か買ってくれば良かったな」


 家へのお土産しか買わなかった事を少し後悔。貰ってばかりだというのはやはり気が引ける。


「桜の笑顔が見れたから、僕は満足だよ」


 コハクはそう言ってくれるものの、それでも何かお礼がしたい。一人で頭をうならせていると──


「だったら……」


 そう言って、コハクが私の方へ近づいてきた。

 ふわりと鼻先を掠める、コハクのサラサラの銀髪から放たれる甘い香り。近距離に彼が居ることを意識させられて、顔が熱を持つ。

 右頬にそっとコハクの細い指が触れたかと思うと、屈んで顔を寄せてきた彼は、私の左頬に触れるだけのキスをした。


「おごちそうさまでした」


 そう言い残して、コハクは満面の笑みを浮かべて帰って行った。

 キスされて火照った頬を触りながら、私は金魚のように口をパクパクとさせしばらく固まっていた。


 これって、ファーストキスに入るの?

 いやでも唇じゃないからセーフだよね?!


 何でコハクは私にキスして帰ったんだろう。

 砂糖菓子のように甘い台詞を吐いたかと思うと、顔が赤いってからかってきたり、私の反応を見て楽しんでるとしか思えない。


 何だかそれは悔しい。


 こうなったら、窮鼠猫を噛むって言葉をコハクに教えてあげよう。

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