第25話 敬意


「葬儀にも出れず、退院したのは一か月ぐらい経ってからだった。お見舞いにも行ったんだけど、私を見ても反応してくれなくて……心が死んでしまったように見えた」


「……」


「でも退院した玲子は、すごく大人びた雰囲気になってた。私は玲子に、どう声をかけたらいいのか分からなかった。目を合わすことも出来なかった。

 そんな私を、玲子は抱き締めてくれた。『心配してくれてありがとう。もう大丈夫だから、これからもお友達でいてね』って言ってくれて……私が慰めないといけないのに、玲子に抱き締められてね、私、大声で泣いたの。ごめんなさい、ごめんなさいって」


「どうして亜希ちゃんが」


「あははっ、玲子にも言われたよ。なんで亜希が謝るんだって。そう言われてね、私も変なこと言ってるなって思った。でもあの時、あれ以上にふさわしい言葉があるように思えなかったんだ」


「……そうなんだね」


「で、それからの玲子は、姫も知っての通りの玲子になった。どんな時でも冷静沈着、何事にも動じない鉄の心の持ち主に」


「鉄の心って、亜希ちゃん酷い」


「あははっ、でもこの例えが一番合ってるように思うんだ。あの日から玲子、別人のようになった。昔から知ってる私からしたら、嘘でしょってぐらいにね」


「玲子ちゃんにも、色々あったんだね」


「そうだね、そう思う。でもね、どんな時でも冷静な玲子なんだけど、たった一つだけ例外があるの。それが今日、姫が見たもの」


「命のことかな」


「うん、そう。あの日から玲子、命って何なんだろうって、ずっと考えてるみたい。昔はね、癇癪かんしゃくを起こしたら犬や猫に当たったり、今日の丸岡みたいに虫を踏み潰したりしてたの。でもあの日以来、玲子はどんな命に対しても、敬意を向けるようになった」


「お母さんのことがあって、色々と考えたんだね」


「だと思う。突然失われた命。それも自分にとって、一番大切な人の命が奪われた。きっと玲子、いっぱい悩んだと思う。

 命って何だろう、運命って何なんだろう。人は死んだらどこに行くのか、と言うか、命ってどこから来るんだろうって……一度だけそんな話、聞いたことがあるんだ。私と違って頭のいい子だから、多分いっぱい考えたんだと思う。

 結論はまだ出てないって言ってた。でも、結論が出ないからと言って、何もしないのは嫌だ。私はこれからも、全ての命に敬意を払って生きていくって言ってた」





 亜希が語る玲子の過去に、奈津子は不思議な感覚を覚えていた。


 自分も両親を失った。でも自分は、玲子のように悩まなかった。苦しむこともなかった。

 ただただ自分の運命が滑稽で、そしてこれから新しく始まる生活に思考を巡らせていた。

 命の意味、意義。尊さも考えていない。ただあったのは、あっけないものなんだな、そんな空虚な感覚だけだった。


 わずか10歳の彼女が、自分では思い至らぬ思考を重ねていた。

 人間としての器が違う、そう思った。

 そんな彼女に出会えたことが嬉しかった。





「待たせちゃってごめんなさい」


 振り向くと、笑顔の玲子が立っていた。


「ううん、全然待ってないよ」


「本当に? またおかしな話に付き合わされてたんじゃない?」


「玲子ってば、最近私の扱い酷くない?」


「仕方ないでしょ、日頃の行いのせいよ」


「ひーどーいー」


「ふふっ」


「玲子ちゃん、あのその……今日は色々とありがとう。私、すごく嬉しかった」


「え? ああ、あれね。あんなことくらい、何てことないわよ。全く男子ってば、同じ年の筈なのに全然子供なんだから。まあ、丸岡が際立ってるのも確かだけど」


「あはははっ、確かにそうだね」


「これで少し、落ち着いてくれればいいんだけどね。奪ってしまった命には申し訳ないけど」


 そう言って笑った玲子に、奈津子の胸は熱くなった。


「じゃあ帰りましょうか」


「うん。それでね、亜希ちゃんとも話してたんだけど、玲子ちゃんもよかったら、明日私の家に来ない? 小太郎に会って欲しいの」


「ええいいわよ、楽しみにしてる」


「じゃあ明日は、姫の家で女子会だね」


「ふふっ、楽しみ」


 今日、玲子の話が聞けてよかった。

 この二人と出会えてよかった。

 そう思い、奈津子は満面の笑みを浮かべた。



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