第172話 決死の突撃

 足を踏み出した瞬間にまたノルネア様が奇声を上げ、今度は黒い槍のようなものがいくつも放たれる。

 最初は炎弾で相殺しようと思っていたけど、数が多かったので、咄嗟により確実な土壁を作り出した。


 土壁に黒い槍がぶつかり、土壁がどろりと崩れていく。すると何本も放たれた槍のうち後半のものが、溶けた壁を抜けて俺たちの方まで飛んできた。


「フィリップ様……っ!」


 フレディによって突き飛ばされるような形で槍を避けると、着弾した地面はボコボコと煮え立つように液状化している。


「フレディ、ありがとう。助かったよ」

「いえ、お怪我はございませんか?」

「大丈夫。ヴィッテ部隊長とパトリスは?」

「問題ありません」


 全員が無事であることを確認してから、三人の顔を順に見回した。


「皆、土壁でとりあえず防げることが分かったから、防ぎつつ一気に正面突破しようと思うんだけど、付いてきてくれる?」

「はい。このままでは地面が全て溶けて足の踏み場がなくなるでしょう。そうなる前に仕掛けるべきかと」


 ヴィッテ部隊長のその言葉に、皆が同意するように頷き、作戦は決まった。


 少し離れたところにいるマティアスと他の騎士たちを振り返り、そちらには問題がないことを確認する。


「これ以上は人数を増やさない方が良いよね」

「……難しいところですが、人数が増えれば動きが遅くなりますから、四人で突入するのが良いかと思います。本音はフィリップ様にも安全な場所にいていただきたいのですが……」


 フレディのその言葉に、俺は首を横に振った。


「俺がティータビア様から頼まれたからね、それはできないよ」

「そう仰られると思っておりました。では、参りましょう」


 三人でタイミングを合わせ、こちらを睨みつけてくるノルネア様に向かって、思いっきり地面を蹴った。


 俺たちが走り出した直後に小さな黒弾が無数に放たれ、俺はそれを防ぐために最速で魔法陣を描いて土壁をいくつも作り出す。


 さらにヴィッテ部隊長、パトリスも俺よりは遅いけど土壁を作り出してくれた。フレディは魔法陣魔法を走りながら使えるほど得意じゃないので、剣で応戦するけど……剣は黒弾に触れた瞬間に溶けてしまうようだ。


「やっぱり剣はダメかっ!」

「フレディはノルネア様の動きを教えて!」

「はっ!」


 ドンッ、ドンッという重低音と共に黒弾が土壁にぶつかり、どろりと溶けていく。しかしなんとか防ぎ切れていたところに、フレディの叫び声が響いた。


「次の攻撃が来ます!」


 次は――巨大な黒い塊を、上空に向けて放ったようだ。しかしこの角度では俺たちには当たらない。狙いを間違えたのか? 

 そう思っていたら、塊は上空で爆散した。それによって黒い雨が俺たちの下に降り注ぐ。


「なっ……!」


 咄嗟に黒い雨を吹き飛ばすために強風を発生させたが、少しだけ遅れて僅かに雨は俺たちに到達した。避けられない……と衝撃を覚悟した瞬間に、フレディが俺の上に覆い被さる。


「い……っ、……」


 フレディの呻き声が聞こえ、パトリスの焦った声も聞こえた。しかし俺はフレディの体重で身動きが取れない。


「フレディ! 大丈夫!?」


 そう叫んだ瞬間にヴィッテ部隊長によりフレディが持ち上げられ、俺はパトリスに立ち上がらせられた。そしてフレディの怪我の状況を確認する暇もなく、パトリスに手を引かれる。


「フィリップ様! 立ち止まってはダメです! フレディは部隊長に任せて我々はノルネア様を……!」


 その言葉で我に返り、手に持っていた光のベールを握りしめた。


 そうだ、こんなところで立ち止まっていては、フレディの決死の動きも無駄になってしまう。


「フレディ、絶対に死ぬな!」


 後ろは振り向けないので前を向いてそう叫ぶと、フレディの声が僅かに耳に届いた。


「フィリップ、様、あと少しです……!」


 フレディが怪我をしたからか全力で走り続けているからか、なぜか突然どこかの境地に至ったように、頭が冴えて信じられない速度で魔法陣を描くことができる。体も疲れているはずなのにとても軽く、前へ前へ進むことができる。

 ノルネア様から放たれる攻撃も、どうすれば避けられるのか手に取るようにわかった。


 なぜこんな状態になったのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。


「はあぁぁぁっ!!」


 叫んで気合いを入れながら攻撃を掻い潜り相殺し、洞窟に文字通り飛び込んだ。そしてノルネア様に光のベールを触れさせると、そのベールはピカッと強い輝きを放ち、自我を持つようにふわりと広がりノルネア様を包み込む。


 そんな光景を間近で見ていると、後ろからパトリスに強く手を引かれた。


「フィリップ様、逃げますよ……!」


 その声で我に返って後ろに走り出した瞬間、ノルネア様が最後の力を振り絞るように叫び、黒い衝撃波のようなものが四方に放たれた。


 それは俺の肩、腕、足を掠めていく。


「……うっ、」


 焼けるように痛いがここで歩みを止めたら命がなくなる気がして、必死に走った。そしてパトリスと共にフレディたちがいる場所まで戻り、後ろを振り返ったその瞬間。


 ドガァンッッ!!


 洞窟ごとノルネア様が爆発し、土煙が収まった時には何もかもが跡形もなく消え去っていた。

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