第170話 フィリップになった理由

 突然知らない場所に飛ばされたことに驚き動けないでいると、過去に一度だけ聞いた柔らかな声が頭に響いた。


 ――我が愛し子たちを救ってくれて、本当にありがとう。あなたには重い役目を背負わせてしまってごめんなさい――


 これは、ティータビア様のお声だ。


『あの、ここは……』


 なぜか声は出なくて心の中で問いかけると、ティータビア様には問題なく通じたようで、質問に答えてくれた。


 ――下界と私がいる場所のちょうど中間地点とでも言えば良いのかしら。とにかく、私の声がはっきりと届く場所よ。あなたが強い力を持つ神像に触れてくれたことで、ここに呼び出すことができたわ――


 そういうことか。俺が神像に、その中でも力を持ったものに触れないと話ができなかったのか。


 だからあの時は言葉が途中で途切れて……色々なことが繋がっていき、歪んだピースが正常に戻るような気持ちよさがある。


『ここは未来ですか? 私はなぜここに』


 ――そのことについて話をするわね。まずここはあなたが以前生きていた時から、ずっと先の未来よ。高度な文明を築いていた人間がここまで衰退してしまった理由は、闇の神の暴走なの――


 それからティータビア様が話してくださった歴史をまとめると。闇の神であるノルネア様が正気を失い、人類を文明と共に地中に埋めてしまったらしい。

 その際にほとんどの生き物は息絶えたが、ティータビア様は少しの人間だけ助けることに成功したそうだ。


 しかしその者たちは荒廃した世界でなんとか生きていくのに精一杯で、ほとんどの技術は廃れてしまった。


 そんな中でも人間はしぶとく生き残っていたが、闇の神の凶行に耐え、なんとか生きながらえていた魔物も存在し、次第に魔物の方が力をつけるようになっていたんだそうだ。


 長い年月をかけて人間は魔物に住む場所を追われ、そろそろ人類は滅亡するかもしれない……という瀬戸際に、俺は魂を連れてこられた。


 ティータビア様はノルネア様がこれ以上の凶行を犯して世界を壊してしまうのを防ぐため、ノルネア様を抑えることにほとんどの力を使っており、適当に取り出した俺の魂をフィリップに定着させることが精一杯だったらしい。


 ――あなたには、魔法陣魔法や文明の復活を頼みたかったの。しかしその事実を碌に伝えることもできなかったのだけれど、あなたはよくやってくれたわ。本当にありがとう――


『ティータビア様に謝意をいただけるなど、無上の喜びでございます。……今このようにお話ができているのは、先ほどの神像によるものなのでしょうか』


 ――ええ、あの神象は私が直接作り出したもの。そこに残っていた力を使って今は話をしているわ――


 ティータビア様が直接作られたもの。だからあんなにも惹かれたのかもしれないな。余裕ができた時には、あの神像はしっかりとした教会に運ぼう。


『そのような神像を拝することができ、恐悦至極にございます。……して、私の動きに不足などはありますでしょうか。もしありましたら、全力でティータビア様のために動く所存です』


 ――ありがとう。ではあと一つだけ、この世界のために動いてほしいわ。ノルネアを、消してほしいの――


 その言葉を聞いた俺は、しばらく言葉を発せなかった。闇の神であるノルネア様を消すなんて……ただの人間である俺にできるわけがない。


 ――難しく考えなくても良いわ。本当は私が一人で消し去れたら良いのだけど力が足りないの。そこで、少し手伝ってもらいたいだけよ。光のベールでノルネアを包み込んでくれれば、後は私の力で消し去れるはず――


 光のベールで闇の神であるノルネア様を包み込む……


『そもそも、ノルネア様は私と同じ世界にいらっしゃるのでしょうか。ティータビア様のような、別の場所にいるのでは……』


 ――いえ、ノルネアはこの世界を壊す時に、強大な力を行使するため下界に向かったの。そこを私が抑えつけているから、ノルネアはずっとあなたたちのところにいるわ――


『それは、どこに』


 生唾を飲み込みながら問いかけると、ティータビア様が指定したのは今俺たちがいる鉱山からそこまで離れていない、小さな山の頂上だった。

 そこにある洞窟の中に、ティータビア様によって強制的に封印されているそうだ。


 ――お願いよ。壊れてしまったノルネアを消し去らなければ、この世界に安寧は訪れない。あなただけが頼りなの――


 ティータビア様のその言葉にプレッシャーを感じて、拳をキツく握りしめた。しかし頭の中に浮かぶたくさんの大切な人たち……ティナ、父上、母上、マルガレーテ、ローベルト、他にも多くの人たちの笑顔が思い浮かび、決意を固めた。


 穏やかで平和な世界を取り戻すために、ティータビア様の手助けをしよう。


『私に、お任せください』


 ――ありがとう。この世界の救世主、そして私の愛しい子――


 その言葉を最後にまた視界が揺らぎ、気づいた時には神像がある地下の広間に戻っていた。

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