第141話 領地の使用人
馬車から父上の従者であるメディーが降りていき、門番と少し話をするとすぐに門が開かれた。馬車がゆっくりと進んで門の中に入ると、兵士の格好をした男性が出迎えてくれる。
「旦那様、ようこそお越しくださいました」
「出迎えありがとう。特に変わりはないか?」
「はい。旦那様のおかげで快適な毎日を過ごしております」
父上は領民に慕われていると聞いていたけど、予想以上みたいだ。話をしている兵士もその後ろにいる兵士も、さらに少し遠くに見える領民も皆が嬉しそうに俺達が乗る馬車を見ている。
「それは良かった。ではまた後日街を回るので、本日は屋敷に向かう」
「かしこまりました。お通りください」
そうして俺達は簡単なチェックを通り抜け、街の中へ入った。街中は王都ほど建物が密集していなく、人々がのびのびと暮らしているようだ。
「街の中は綺麗ですね」
「フィリップが王都の清掃をして給水器や降雨器を設置した際に、同じことをしたからな。フィリップの功績とも言える」
俺の功績か……そう言われると嬉しいな。目の届く範囲だけではなく、こうして遠くの街にも影響を与えていると分かると、自分がやってきたことの効果が出ているとより実感できる。
それから領民に手を振りながら屋敷に向かうと、屋敷のエントランス前にはたくさんの使用人が出迎えに出てきてくれていた。
「皆、久しぶりだな」
「旦那様、お久しぶりでございます。無事にご到着されて何よりです。そしてフィリップ様、覚えていらっしゃらないと思いますので、ご挨拶をさせてください。家令のクレマンと申します」
「クレマン、丁寧にありがとう。これからよろしくね」
「よろしくお願いいたします」
クレマンは少し髪が薄い男性だ。昔に会ったことがあるって話だったけど、予想通り全く記憶にない、やっぱり子供の頃の記憶って残ってないんだな。
「皆の者、長男のフィリップだ。顔を覚えてほしい」
「フィリップ・ライストナーです。この領地を、そして国を良くしていきたいと思ってる。これから力を貸してほしい」
俺のそんな挨拶に、使用人の皆は笑みを浮かべてしっかりと頭を下げてくれた。
「よろしくお願いいたします」
そして全員で声を揃えて挨拶をすると、ピッタリと揃えて顔を上げる。ちゃんと教育されてるんだな……これだけでクレマンの有能さが分かる。
「クレマン、一緒に来た騎士と冒険者に部屋を案内してくれ。私達は私室に向かう」
「かしこまりました。お任せください」
エントランスでの顔合わせを終えた俺達は、屋敷の中に入った。こっちの屋敷には父上の部屋しかないので、俺は客室を使うようで、一番広い客室に案内された。
中に入ると綺麗に整えられていて、居心地は良さそうだ。
「ニルス、フレディ、王都の屋敷とそこまで違いはない?」
「はい。同じように快適に過ごしていただけると思います。少し狭い程度ですね」
「それなら良かった。こっちでの生活もよろしくね」
「もちろんでございます」
俺は設置されている椅子に腰掛けて、ニルスとフレディが忙しく部屋を動き回る様子を眺めた。まだ夕食まで一時間ぐらいはあるかな……それまでここでのんびりしていよう。さすがに朝から夕方まで馬車に乗っているのは疲れた。
「フィリップ様、お茶をお淹れいたしましょうか?」
「良いの? じゃあお願いしようかな」
「かしこまりました。少々お待ちください」
ニルスは空間石からポットを取り出すと、魔法陣魔法で熱湯を出現させた。もうニルスもフレディも魔法陣魔法は使いこなせるようになっている。特にニルスは難易度が高い魔法陣もお手のものだ。フレディは苦手みたいで簡単なものだけだけど、実戦でも使えている。
ニルスがお茶を淹れると、すぐに部屋中が良い香りに包まれた。落ち着くなぁ……やっぱりお茶は良い。もう水だけを飲んでいた生活には戻りたくない。
「果物も食べられますか?」
「ううん、もうすぐ夕食だからお茶だけで良いよ」
「かしこまりました」
それから俺はお茶を飲みながら二人と会話をして疲れを癒し、夕食の時間に食堂へ向かった。食堂に入るとすでに父上がいて、料理人と話をしているようだ。
「遅れてすみません」
「いや、私が早かっただけだから大丈夫だ。料理長と話があったからな。料理長、夕食を頼む」
「かしこまりました」
ワゴンに載って運ばれてきた夕食は、とても美味しそうなピザだった。ムギはその優秀さからすぐにたくさんの領地へと広められ、今では国中のどこにいてもパンを食べることができるのだ。
まだ領民には広まっていないところは多いけど、貴族の屋敷なら食べることができる。
「どうぞお召し上がりください」
「美味しそうだよ。ありがとう」
俺が本心からそう告げると、料理長は嬉しそうに微笑んでくれた。
ピザは肉がたくさん載っている、かなりボリュームのあるものだった。味付けには塩といくつかの香辛料が使われていて、トマソースもとても味わい深い。こっちの屋敷の料理長も腕が良いな。
「父上、とても美味しいですね」
「ああ、本当に食事は改善したな」
父上がしみじみと呟いたその言葉には、いろいろな思いが乗っているようだった。三年前と比べたらしみじみもするよな……蒸したジャモにほんの少しの肉と、ほぼ具材の入ってないスープ。それが朝昼晩、ほとんど全ての食卓に並ぶ生活だったのだから。
「フィリップ、我が領地には王都周辺にはない植物があるかもしれないのだったか?」
「はい。まだ見ぬ美味しい植物があると思います」
「そうか、ならばそれを見つけたらまだこの食卓は豊かになるのだな」
「もちろんです。そのために頑張ります」
「私も協力する」
「ありがとうございます」
俺が今欲しいのはとにかくイネだ。イネから取れるコメが欲しくてたまらない。後はミルクと砂糖も欲しいな。他にも欲しいものはたくさんあるんだけど、まずはこの三つだろう。この三つがあるだけで、また一気に食文化が発展するはずだ。
「領地を見て回ったら、さっそく森の探索に行く予定ですので期待していてください」
俺のその言葉に父上が優しく微笑んでくれて、そうして夕食は和やかな雰囲気で終わった。明日から頑張ろう。
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