第139話 転移板の活用法

 成功だ……けど、めちゃくちゃ気持ち悪い。久しぶりの転移酔いだ。何回も転移してると慣れるんだけど、フィリップの体では初めてだったから酔ったんだな。


「うぅ……」


 目眩もして思わずその場にしゃがみ込むと、マティアスとシリルがすぐに駆け寄ってきてくれた。


「フィリップ大丈夫!?」

「もしかして失敗だったのでしょうか!?」

「ち、違う、大丈夫。シリル、これに水を入れてくれない?」


 空間石からコップを取り出してシリルに差し出すと、シリルは素早く魔法陣を描いて水を作り出してくれた。いつもは魔紙を使うか自分で魔法陣を描くんだけど、今はそれをする元気もなかったのだ。


 冷たい水を少しずつ飲んでいくと、だんだんと気持ち悪さがとれていく。


「はぁ、良くなってきたみたい。転移って慣れるまでは転移酔いをするんだ。多分これはそれだから大丈夫」

「そうなんだ。大変な怪我とかじゃなくて良かったよ」

「安心しました……」

「心配かけてごめん」


 体調が戻ったところで立ち上がり、靴を履いて転移板から降りると、ファビアン様がソファーでぐったりとしているのが目に入った。やっぱり初めてあの引き出される感覚を味わうと、気分が悪くなるんだよな。


「ファビアン様、大丈夫ですか?」

「ああ、なんとかな。それにしても多くの魔力を一気に取られて驚いた」

「最初は驚きますよね。ただ何回かやれば慣れると思います」

「そうなのか。……ならば転移板を作動させる人員は、固定で雇ったほうが良いかもしれないな」


 確かにそれはありだな。前世でも転移板には護衛と作動させる人員が常駐していた。自分で魔力を込めるなら使用料が割引されるって仕組みだったはずだ。


 ファビアン様の向かいのソファーに腰掛けると、ファビアン様は背もたれに預けていた体を起こしてくれた。


「とりあえずこの二つは試験運用ということで、今度私が領地に行く時に持っていくので良いでしょうか? 王都に置いておく方は、公爵家の屋敷の一室に設置します」

「そうだな……まずはそれでお願いしたい。その試験運用で問題がなければ、他の場所でも使っていくことにしよう」

「かしこまりました」


 量産することになったら俺が全部作るわけにはいかないし、シリルに頼んで他の魔道具師にも作れるようになってもらいたいな。皆には少しずつ練習を始めてもらうか。


「フィリップは領地に行っても、定期的にこっちに帰って来れるってこと?」

「うん、そういうことになるかな。向こうで仕事があるから頻繁にではないけど、休みの日には戻って来るよ。あとは家族皆を一度、領地に転移で連れていこうと思ってるんだ」


 マルガレーテとローベルトは領地に行ったことがないみたいだし、安全に行けるなら一度ぐらいは行っておいたほうが良いだろう。ローベルトはいずれ公爵家を継ぐことになるのだから尚更だ。


「それは良いね。じゃあ転移板を使ったことに関しては後で報告してくれない?」

「もちろん良いよ。転移板の使用感とか、他の皆の受け入れ状況とかを確認してくるね」


 領地にいる人達の反応はしっかり見ておこう。転移板は好意的に受け入れられるとは思うけど、もしかしたら違う意見があるかもしれない。


「運用に関してはしっかりと決まりを作らないとダメだな」

「はい。悪用されないように細心の注意を払わなければなりません」


 ファビアン様の呟きに俺が答えたその言葉を聞いて、陛下と宰相様もソファーにやってきて腰を下ろした。


「これは便利だけど危険でもあるね」

「対になっている転移板がどこに設置されているかは、定期的に報告させて監視も必須だな」

「あとは転移板で人を転移させる前に、小さな転移板を使って安全な場所に転移板が設置できているのか、確認することも必要だと思います」


 これをしないと転移したら敵の中だったとか、転移板を奪った族の目の前に出たとか、そういう危険性があるのだ。

 だから事前に手紙で問題がないかを確認して、確認が取れてから転移を実行する必要がある。その確認の手紙には合言葉を書き込んだり、何かしらの紋章を押したり、相手が敵でない証明ができるようにしないといけないだろう。


 この辺を整えるのは結構大変だけど、今後のためにしっかりとやるべきだ。一度整えてしまえば、あとは楽になるから。


「私達も手伝うから、大変だったら声をかけてね」

「ありがとうございます」


 宰相様のありがたい言葉に俺逹三人が頭を下げたところで、難しい話は終わりとなった。するとマティアスが楽しげな表情で立ち上がって転移板に向かう。


「僕も一度転移をしてみても良いかな?」

「もちろん良いよ。他にも転移してみたい方はいますか?」


 俺のその問いかけに、ファビアン様と宰相様がすぐに手を挙げた。三人ぐらいなら転移可能かな。


「では三人一緒に転移板に乗っていただきたいです。魔力は私が込めるので良いでしょうか?」

「いや、私がやっても良いか?」

「陛下がやられるのですか? 気持ち悪くなりますが」

「構わない。一度やってみたいのだ」

「かしこまりました。では先程のファビアン様のようにお願いいたします」


 それから危険がないようにしっかりと準備を整えて、さっそく転移板を発動させる。陛下が魔力を込めて転移板が光り輝き、転移板に乗った三人が緊張の面持ちのまま瞳を閉じたところで……三人の姿が見えなくなった。


 後ろを振り返ってみると、今度は送り先の転移板が光り輝き三人の姿が現れる。今更だけど、こうして近距離の転移を見るのは初めてかもしれない。前世では転移板の検証なんてやらなかったからな。


「うっ……」

「気持ち……悪い」

「これは凄いね、目が回るよ」


 転移板から現れた三人はそれぞれそんな感想を口にして、その場に座り込んだ。いや、マティアスは呻いてるだけだな。


「陛下、体調はいかがですか?」

「……ああ、確かにこれは慣れるまで気持ちが悪いな」

「ソファーでお休みください」

「ありがとう」


 四人とも体調が悪そうで、なんとか動いてソファーに座った。今この部屋に入ってきた人がいたら、国のトップが全員体調不良で、毒でも盛られたのかと思うだろうな。


「転移はどうでしたか?」

「かなり目が回るけど、本当に一瞬で痛みもなく場所を移動できるのは凄いよ。これが遠く離れた領地にも同じく一瞬なんだよね?」

「はい。今と全く同じ負担で移動できます」

「改めて……あり得ない道具だな」


 転移板がない世界ではそんな反応になるのも仕方がないだろう。俺にとっては無いことの方が不思議なものだけど、この世界では画期的すぎるものなのだから。


「とりあえず、他にも転移したい者は体験して良いぞ」


 陛下のその言葉を聞いて、検証を見守っていた文官達の顔が輝いた。それからは皆が順番に転移を繰り返し、数十分後には執務室の中にいるほとんどの人間が体調不良で倒れているという異常事態が作り上げられた。

 俺はその様子を見て苦笑しつつ、転移板が問題なく完成したことを改めて実感して笑みを浮かべた。

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