第97話 新たな作物

 次の日。俺は採取してきた植物がダメにならないうちにと、朝早くから王宮に来ていた。一応執務室に寄ると、既にファビアン様が席に着いている。


「ファビアン様、おはようございます。いつもこんなに早く来られてるのですか?」

「いや、今日はフィリップが早く来るかと思ってな。植物を採取してきたのだろう?」

「はい。昨日出来なかったので、早く植え替えてあげないとダメになってしまうと思いまして」


 そんなところまで気にしてくれるなんて……本当に上に立つ者として素晴らしい人だな。自然に尊敬できて支えたくなる人だ。


「それならば今から畑に向かおう。実は昨日のうちに、畑を管理する文官を決めておいたのだ。もう来ているだろうから紹介する」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 そうしてファビアン様に連れられて畑に向かうと、文官と思われる女性が一人と、その女性と話をしている作業服姿の男性が二人いた。

 俺達の姿に気付くと女性が立礼をしてくれる。


「フィリップ、こちらの文官がこれから畑の管理をしてくれる者だ」

「お初にお目にかかります。コレット・ファーブルと申します」


 家名があるってことは貴族家の生まれなのか。それにしても綺麗な人だな……ウェーブのかかった茶髪を高い位置でまとめていて、仕事ができそうな雰囲気を感じる。年は二十代前半ぐらいかな。


「フィリップ・ライストナーです。これからよろしくね」


 俺の挨拶に優しい微笑みを浮かべてくれた。友好的だし上手くやっていけそうで良かった。


「コレットさんと呼べば良いかな?」

「はい。ファーブルの家は継ぎませんので、コレットと呼んでいただけるとありがたいです」

「分かった。後ろにいる男性は?」

「こちらの方々は王宮で雇われている庭師です。他にも何人かいるのですが、実質的な作業は庭師の方々にお任せすることになります」


 確かにずっと俺がやるわけにはいかないし、ニルスに頼むのも悪いし、庭師が手伝ってくれるのはありがたい。


「皆さん、これからよろしくお願いします」


 皆と軽く挨拶を交わしたところで、さっそく作業を開始することにした。ファビアン様はまた後で見にくると言って執務室に戻っていった。


「今回の探索で新しく採ってきた作物は、トウモ、ラディ、トマ、ムギという名前です」


 名前を伝えつつ順番に空間石から出していくと、庭師の皆さんは瞳を輝かせて作物に近づいた。新しい植物なんてテンション上がるよね。


「フィリップ様、これらは全て食料になるのでしょうか」

「うん、全部食べられるものだよ。トウモとラディ、トマは野菜で、ムギは穀物」

「穀物……とはなんでしょうか?」

「そうだね、主食になる作物のことかな。ジャモみたいなものだよ」


 俺のそんな説明を聞いて、コレットさんは手に持っていた紙にメモをしている。真面目な人だ。


「フィリップ様、どのように植えるべきか教えていただけますか?」


 コレットさんと話をしていたら、庭師の皆がさっそく木箱を持ち上げて声をかけてくれた。


「もちろん。じゃあまずはトウモからいこうか」


 野菜の育て方の詳しい方法は俺も分からない。それにこの世界の植物は前世のものと少し違ったりしているから、覚えていたとしてもあまり当てにならないのが難しいところだ。


「最終的には皆で試行錯誤して最適な育て方を模索してほしいんだけど、とりあえず言えるのはトウモは日当たりが良い場所に、それぞれを近づけ過ぎないで植えれば良いと思う。それでこの茎から伸びてる縦長のこの部分、ここが食用になるんだ。ちなみに種もここから取れるから、いくつかは食べないで種になるまで育ててほしい」


 この程度の知識が俺には限界だ。さすがに野菜の育て方については熱心に読み込んでいなかった。


「ほう、この部分が食用に……いつごろ収穫なのかは分かるでしょうか?」

「えっと……多分だけど、この食用部分の先に細長い糸みたいなものがたくさん出てくるんだ。それが枯れて乾き始めたぐらいかな」


 合ってるかは分からないけど……多分そうだったはず。まあ一つだけ収穫してみて早すぎたら他のやつはもう少し放置すれば良いし、遅すぎたら全部種にして次に育つのを待てば良いか。


「かしこまりました。じゃあ皆、植えていくぞ。まずは穴を掘るか」


 庭師の皆が暑い中頑張ってくれているのを、俺とコレットさんは日除けがある場所で見守った。暑くて大変そうだし、定期的に冷たい水を差し入れよう。


「フィリップ様、皆さんが作業をしてくださっている間に、それぞれの成長過程と収穫時期、さらに収穫した作物の保存方法と食べ方、そして種の取り方と発芽させる方法。できるだけ詳しく教えていただけないでしょうか?」

「もちろん。じゃあ机と椅子を出そうか」


 空間石に入れてあった、外で使う用のテーブルと椅子を二つ取り出した。これも空間石に入っているとかなり便利なものの一つだ。


「空間石とは素晴らしいですね」

「凄く便利だよ。今はまだ作れる人が少なくてほとんど流通してないけど、そのうちコレットさんも自分用に一つ持てるほど広まると思う」

「そうなのですね……それは仕事が捗りそうです」


 俺はその返答を聞いて思わず苦笑を浮かべてしまった。空間石を手にしてまず思い浮かぶのが仕事の円滑化って、コレットさんも相当な仕事人間だな。


「確かに仕事は捗るようになると思う。重い書類は一気に持ち運べるし、必要なものはいつでもどこにでも持ち歩けるからね」

「フィリップ様、ぜひ早めに広めていただけるとありがたいです」


 コレットさんは瞳を輝かせて俺の空間石を見つめている。この年頃の女性ならいくつも服を持ち歩けて便利だとか、身だしなみを整える道具を持ち歩けるようになるから綺麗な状態を保ちやすくなるとか、そんな理由で空間石を欲しがる人が多いのに。


 でもそうか、この国だと貴族女性でもおしゃれに気を遣えるほどの余裕はないのかもしれない。ファーブル家の爵位が分からないけど、少なくとも高位貴族でないことは確かだ。


「コレットさんは仕事が好きなんだね」

「はい。自分の行動が人の役に立っていると思うと、とてもやりがいがあります」

「分かる、俺も仕事が楽しいんだ。大変なこともあるけど、国が良くなっていくのを実感できるとやりがいがあるよね」


 コレットさんとは話が合うかも。さすがファビアン様が選んだ人なだけある。文官には爵位を継げなかった貴族家の次男次女以降が多くいるけど、ここまで仕事を楽しんでいる人は少ない。


「コレットさんは貴族家に嫁ぎたいとか、そうは思わなかったの?」

「そうですね……思ったことはないです。貴族としての仕事もやりがいはあると思いますが、皆の上に立ったり着飾ったりするのは向いていませんので、こうして一文官として働く方が私には合っています」


 その気持ち凄く分かるな……ハインツの時に俺が思っていたことと全く同じだ。まあ今もそう思ってるんだけど、さすがにそれが許される立場でないことはもう分かっているので、俺は貴族として頑張っていく。


「それなら文官は天職だね。これから長い付き合いになると思うけど、改めてよろしく」

「こちらこそよろしくお願いいたします。フィリップ様の手助けができてとても嬉しく思っておりますので、精一杯頑張らせていただきます」

「期待してるよ。じゃあ新しい作物について話をしようか」


 そうして俺とコレットさんは、最初よりも打ち解けて席に着き、心地よい程度の緊張感で話を進めた。

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