第91話 ジャイアントディア討伐
できるだけ派手な魔法が良いけど、魔力を使いすぎると今後の戦いに支障が出る。どの程度の威力が良いのか……ジャイアントディアの生態を知らないから判断できない。
静電気程度のものまで感知するのだから、そこまで威力は必要ないのだろうか。でも雷は自然発生するわけで、あの雷に慣れていたら相当の威力じゃないと驚いてくれないだろう。
「フィリップ様、ツノが見えてきました!」
俺の隣で剣を持って警戒しているフレディがそう叫んだ。本当に大きいな……ツノの上部は森の木々よりも高い場所にある。
「あ、あんなにでかいのか……」
「どうすれば良いんだ、勝てるのか? 逃げた方が良いか?」
「逃げるってどこにだよ。あの大きさだったら城壁だって壊されるだろ」
俺の後ろでは騎士と冒険者が軽いパニック状態に陥っている。鍛錬を受けて魔物に慣れている皆でこの状態ということは、街の人達が目にしたら抑えきれない騒ぎになるだろう。
とりあえず城門は今すぐ閉じるべきだな。そして応援も呼ばないと。俺の雷魔法で追い返せるかもしれないけど、魔物との戦いでは常に最悪を想定しなければいけない。
「フレディ、俺の護衛はいいから街に戻って応援を呼んで来てほしい。魔法陣魔法が使える人をできる限り全員。そして城門は閉じて、街中が騒ぎにならないように他の騎士達には巡回をしてもらって」
「なっ、私はフィリップ様の護衛です!」
「ありがとう。でもあいつに剣は効かないんだ。今ここにいる中で魔法陣魔法が使えないのはフレディだけだから、フレディに行ってもらうのが一番戦力低下を防げる」
俺は心苦しく思いながらも、その事実をフレディに告げた。するとフレディは反論しようとしたけれど、反論の言葉がなかったのかそのまま唇を噛み締めた。
「……分かり、ました」
「あいつには相性が悪いってだけだから、そんなに気にしないで。いつも守ってくれて凄く心強いし頼りにしてるんだ。……だから応援を呼んだら、すぐ戻って来てね」
本当は応援を呼んだらそのまま街にいてもらおうと思っていたけど、あまりにもフレディが悔しそうなので直前で言葉を変えた。
「かしこまりました。では行って参ります」
これでとりあえず大混乱は避けられるかな。後はこいつをどうにかするだけだ。俺は街に向かって駆けていくフレディをチラッと見送り、またジャイアントディアに目を向けた。
「フレディはこれから必死に魔法陣魔法を練習するでしょうね」
「やっぱりそうかな」
「あの様子では確実に」
俺もニルスと同意見だ。ただフレディも時間をかければ使えるようになる程度の才能はありそうだったから、いくら頑張っても報われないってことにはならないだろう。今度個人的に教えてあげようかな。
「じゃあニルス、フレディの分もよろしくね」
「かしこまりました」
「皆も落ち着いて。もう一度この後の動きを確認するけど、まずは俺が雷属性の魔法を使うから、それで追い返せなかった場合は街から離れつつ皆に魔法を撃ってもらいたい。幸い的は大きいから、基本的には魔紙を使って多くの魔法を撃つことを目標にしてほしい。狙う場所は急所である目か動きを封じたいから足。ただそれ以外でも胴体にあたればダメージになると思う。多分だけどツノには当たっても意味ないから狙わないで」
腰が引けている様子の騎士と冒険者にそう告げると、皆は何をすべきか明確になって少し落ち着いたのか、気合の入った返事を返してくれた。
これが今できる最善の対処だったはず。後は魔物が撤退してくれる幸運を祈りつつ、必死に頑張るしかない。
「顔が見えてきたぞ!」
正面から見たジャイアントディアの顔は、思わず一歩後ずさりたくなるほどに怖いものだった。ツノで物質を感知するからか、瞳に正気がないのだ。濁った焦点の合っていない瞳が、俺達の方を凝視している。
あの瞳には何が映ってるんだろうか……瞳があるってことは何か役割があるのだろうけど。それにしても鳥肌が立つ怖さだ、夢に出てきそう。
「こ、怖いな……」
「不気味すぎないか……?」
「皆、雷属性の魔法を放つよ! 音がうるさいから覚悟してね!」
俺は森から少し離れたところにある一本の木を使うことにした。そこに向かって大きめの雷を一気に落とす。バリバリッと音がした数瞬後に、ドンッと地面が揺れるような音がして雷が落ちた。
するとジャイアントディアは……雷に驚いたのか煩わしかっただけなのか、何にせよその場に留まってしきりにツノを振り回した。そしてしばらくすると動きを止め、また俺達の方をジロリと睨んだ。
全然、全然逃げないじゃん!! ……多分雷属性の使い方が違うんだ。確かにこれで逃げてくれるなら、前世で何人も招集していた意味はなかったはず。複数人でやって初めて効果がある方法なんだろう。
それなら今ここでそれを再現するのは無理だ。雷属性は難しいから、まだ俺しか使えない。
「フィリップ様、これは失敗でしょうか?」
「……うん。ほとんど効いてないみたい」
これで追い返せる幸運に期待してたのに……仕方がない。もう迎え撃つしかない。皆がどれだけ戦えるかにかかってるな。
「うわっ、こっちに来たぞ!」
「皆ごめん、効果ないから倒す作戦に切り替えよう。とりあえず街から離れつつ魔法を撃って!」
それから俺達は必死に街から離れる方向に走りながら、後ろに向かって魔法を撃った。しかし走るのに必死で皆の攻撃がほとんど当たっていない。俺の攻撃は当たってはいるけど、やっぱり一人だけでは倒せるほどのダメージを与えられない。
雷属性が弱点なのかと思ってさっきの雷を今度はジャイアントディア本体に当ててみてもあまり効いて無かった。当たると結構なダメージを与えられているのは、氷属性と土属性だ。こいつには実態がある攻撃の方が効くらしい。あとは火属性も何度か当たったところが火傷のようになっているので、効果はあるはず。
「あいつあんなに動きが速かったか!?」
「多分障害物がないと素早く動けるんだ!」
どうしよう、このままだと逃げるのに精一杯で攻撃を当てるどころじゃない。まずは動きを止めたいけど……土属性で壁を作るか風属性で動きを弱めるか。
土属性だと壊された土塊が味方に当たる危険性もある。やっぱりここは風属性だろう。俺が風属性でジャイアントディアの動きを弱めているところに、火属性で攻撃して貰えば風の影響で火の威力も大きくなるはず。
「皆聞いて!」
俺が思いついた作戦を告げると皆が頷いてくれたので、俺達は攻撃をやめて全速力で駆けてジャイアントディアと距離を取った。そして十分な距離を取れたところで後ろを振り返り、まずは俺が風魔法を発動する。
かなり魔力を使って相当な強風を作ったおかげで、ジャイアントディアの動きが遅くなった。
「皆、火で攻撃して!」
「はっ!」
「いけぇ!」
ゴウッという音と共に、炎の波がジャイアントディアを襲った。これは絶対に効果があるはず、というかこれで効果なかったらもう無理だ。
「やったか?」
「さすがに倒せたんじゃないか?」
「いや……皆逃げて!」
俺が叫んだその言葉に皆が訳もわからず後退った瞬間、今まで俺達がいたところにジャイアントディアのツノが叩きつけられた。
相当怒ってるらしい、でも怒ってるってことはダメージがあるってことだ。
「皆大丈夫!? さっきの攻撃が効いてるみたい。あと何回かやるからまた距離を取るよ!」
「さっきので倒せないのか!」
「フィリップ様が声をかけてくださらなかったら……俺もう死んでたかも。フィリップ様、ありがとうございます!」
「お礼は倒してから聞くから!」
ジャイアントディアの足音がうるさい中で、俺達は叫ぶように意思疎通をとってまたジャイアントディアから距離を取った。そしてそれからさらに二回同じ攻撃を繰り返して……さすがにジャイアントディアの動きも鈍くなっては来たけど、倒しきれていない。
……やばいな。俺の魔力がもうなくなって来てる。皆も数人は魔力がなくなって離脱しているし、このままだと倒しきれないうちに俺達の魔力がなくなるかも。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます