第81話 領地改革(アルベルト視点)
次の日の朝。私は朝早くに起きると、屋敷の敷地内にある私兵団詰所に向かった。領都にいる時は、早朝からここに来て兵士達の訓練風景を見学しその練度を確かめ、自分も参加するのがいつもの流れなのだ。
「旦那様、お久しぶりでございます!」
「ああ、元気そうで何よりだ」
ライストナー公爵家私兵団の団長だ。団長はまだ二十代半ばという若さながら、数年前から団長として働いてくれている。それだけ人の上に立つ能力があり、なおかつ剣の腕も強いということだ。さらにこの男は魔力も豊富だったはず……魔法陣魔法をそのうち習わせたいな。
「本日も参加されますか?」
「ああ、よろしく頼む」
詰所の隣にある訓練場では、兵士達が各々で体をほぐしたり走ったりと準備運動をこなしていた。私もそこに混じって体を温め、兵士達が剣を持ち始めたところで一度端に下がり見学をする。
兵士達は騎士とは違い馬を持つことはできないので、とにかく磨くのは地上戦だ。基本的には剣の鍛錬をしていることが多いが、武器がなかった場合でも戦えるようにと体術も鍛錬する。
カキンガキンッと真剣がぶつかり合う音と、それよりも鈍い木剣がぶつかり合う音が訓練場に響き渡る。魔物の影響で鉱山へ行けず金属があまり産出していないので、全員分の真剣を準備するのが難しく、半数以上は木剣なのだ。
ただ実力を認められた強い者だけが真剣を与えられるので、皆のやる気アップには繋がっているらしい。
それからしばらく見学して、皆が真面目に鍛錬しているということが分かったところで、私も訓練に混じるために剣を手に持った。
「誰か相手をしてくれないか?」
「はっ、私でも良いでしょうか!」
「もちろんだ。団長とやるのは久しぶりだな」
前回戦ったのは約二年前。その時は勝てたが今はどうか……まだまだ強い領主でいたいものだ。
「よろしくお願いいたします!」
私の正面に剣を構えた団長は、二年前よりもさらに隙がなくなっていた。それに決して自分の力は過信しないが卑下もしていない、とても良い顔をしている。
私もゆっくりと剣を構えると、途端に訓練場はシンッと静まり返った。誰もが訓練の手を止めて私達の手合わせに見入っている。
それから互いにタイミングを図ること数秒、ザァァと強い風が吹き木々が揺らめいたその瞬間、二人同時に駆け出した。そしてガキンッと大きな音を立てて剣と剣がぶつかり合う。
真剣での手合わせは怪我をしないように、相手の力量を見極めて力を抜くものだ。しかし団長は明らかに全力でぶつかって来ている。それは自分の全力を出しても心配いらない相手だと思っているということ。
ははっ、久しぶりに燃えるな。王都での訓練は木剣ばかりで、真剣を使った手合わせができる者はあまりいなかった。やはり手合わせはこうでなくては。この危機感と緊張感の中でこそ大きく成長するのだ。木剣でぬるい訓練ばかりしていては、いざ魔物と対峙しても腰が引けてしまうだろう。
私と団長は互いの力量が同等だと悟り、剣を弾いて後ろに下がった。そして今度は間髪入れずにまた剣を振る。それからは互いに一歩も引かない攻防が体感では十分以上、実際は数分間続いた。
その均衡を破ったのは……私だ。私は右上から振り下ろされた団長の剣を、自分の剣で受け止めるように見せかけておいて、その直前で体を左に一歩ずらして剣を受け流した。
そして団長の重心が少しだけ前に傾いた隙を見逃さず、そのままの勢いで思いっきり剣身を横から蹴り飛ばす。当然団長も蹴りを警戒はしていたが、この場合は腹を蹴られるか足を払われるかが多いのだ。そちらに意識が向いていて剣を握る手の力が弱くなっており、剣は私の予想通りに団長の手の届かないところまで飛んだ。
武器がなくなればもう決着はついたも同じ、私は剣を団長の首筋近くでぴたりと止めて降参を促した。そして団長の降参宣言を聞いたところで、剣を仕舞って大きく息を吐く。
「旦那様はさすがですね。まさかあそこで剣を狙われるとは……」
「相手が油断しているところを見極めて攻撃するのがセオリーだからな。対人ではもちろんだが、対魔物では特にその能力が大切となる。団長が相当に強いのは認めるが、やはりまだ剣筋が真っ直ぐすぎるし、もう少し狡猾な戦い方を身につけた方が良い。どんな戦い方でも勝った者が正義だからな」
「かしこまりました。まだまだ精進いたします!」
団長は性格が真っ直ぐで裏がないため、それが戦いにも現れてしまうのだろう。それでは思わぬところで負けて、最悪は命を落としてしまう。そうならぬように狡猾さも身につけさせよう。そういう戦い方が得意な者は多くいるのだから、しばらくペアにするのも良いな。
私はこれからの一ヶ月で私兵団の実力を底上げするために、様々なことを頭の中で考えつつストレッチを行った。そして朝食の時間前に自室へと戻り、汗を拭いて服を着替えてから食堂で朝食を取った。
朝食の後は早速仕事開始だ。私はまず木工工房に給水器と設計図を持って向かい、今ある木材で大まかに台を作ってもらうように頼んだ。そして注文を終えたその足で、今度は石工工房に行き簡易ではない本格的なものを注文する。
それが終わったらすぐに屋敷へと戻り、木工工房の出来上がり日時に合わせて街の清掃をする旨を公布するため、使用人や兵士を動かした。
さらに自分はメディーを連れて畑を回り、トンボとシャベルの余分を借りて回る。この辺の道具を王都から持ってくるわけにはいかなかったので、この街にある分だけで賄うしかないのだ。
そうして一日中忙しく街の中を駆け回り、今はやっと屋敷の執務室に落ち着いたところだ。向かいのソファーには紙束を抱えたクレマンが座っている。
「木工工房は明日の昼頃には作り終わると言っていたが、その時間から清掃は始められるか?」
クレマンはその問いかけに、疲れを滲ませながらもしっかりと頷いた。
「街全体に清掃する旨を伝え切ることはできていませんが、大まかには伝えられました。後は情報を得た者達が参加しているのを見て、他の者達にも情報が行き渡るでしょう」
「確かにそうだな。あとは給水器を設置する際にも人は集まるだろうから、その時に領民へと説明する者を一人準備しておこう」
「かしこまりました」
これで明日から清掃が始められる。一番時間がかかるのはここだろうから、すぐに着手できて良かった。明日は私も街へ行き清掃を手伝うか……そして明後日からは書類仕事など屋敷での調整役だな。
別の街のことや降雨器のことなど、考えることは山ほどある。
「クレマン、明日からもしばらくは忙しいと思うが頼んだぞ」
「もちろんです」
「ありがとう。……では今日は早めに休むか」
私がそう言って話を切り上げると、クレマンが頷き同意の意を示してくれたので、私達は揃って執務室を後にした。
そしてその日の夜は、夢を見ることもなくぐっすりと眠りについた。
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