第76話 スライムの性能

 石鹸工房について話し合ってから数週間が経過した。俺はその間、とにかくひたすらに製氷器を作り続けた。そしてその甲斐あって、予約数の半数以上は作製を終えることができ、最近は別の魔道具作製や仕事にも着手できるようになっている。

 まだ半数なのに別のことに手を出せる理由は、身分が高い人々の分については目処がついたからだ。


 こうして差別するのはあまり好きではないけれど、他の仕事もたくさんあるから仕方がない区別だと割り切っている。もちろんシリルには製氷器を作ってもらっているし、俺も時間が取れる時には作っているので許して欲しい。


 今日は時間が取れた日だったので、午前中から午後の初めにかけてはシリルと一緒に製氷器作成を行った。そして昼食を食べて午後の中頃から、執務室で税に関する制度設計の仕事をしている。


「失礼いたします。王太子殿下にご報告があります」


 そんな平和な昼下がり、執務室に王宮の門番を務める騎士が入ってきた。騎士は許可を得て、ファビアン様の執務机の前までやってくる。


「王家所属の冒険者から報告です。スライムを捕まえたとのことです」

「おっ、ついに捕まえられたのか。スライムはどこにいる?」

「他の素材と違いどのように保管すべきか悩んだ結果、スライムを連れた冒険者と共に応接室へとご案内しました」


 スライムの捕獲要請を出してから数週間、やっと最初の一匹が捕まったのか。やっぱり森の奥に入れないとなると、スライムはそうそう見つからないんだな。

 下水処理施設には最低数十匹は配置したいから、まだまだ先は長そうだ。


「では私が受け取りに行こう。マティアス、フィリップも行くか?」

「もちろんです」


 そうして向かった応接室には、三人の冒険者が並んで座っていた。二人はいつもの冒険者で、もう一人は魔法陣魔法の授業には参加しているけど、王家では雇っていない冒険者だった。


「待たせたな」

「いえ、大丈夫です」

「早速だが、その中にスライムがいるのか?」

「はい。二匹捕まえられました」


 そう言って冒険者が開いた木箱の中を覗いてみると、紛れもなくそこにいたのはスライムだった。二匹もいるなんて嬉しい誤算だ。


「確かにスライムだな。二匹が一緒にいたのか?」

「いえ、俺達がスライムを捕獲して街に戻ったら、ちょうどもう一人スライムを捕まえていたやつがいたという流れです」

「それは偶然だな。そちらにいる者か?」


 ファビアン様が王家で雇っていない冒険者を示すと、その人は大きく頷いて口を開いた。


「王家でスライムを探してるのは知ってたから、見つけてすぐに捕獲したんだ。それで街に戻ったら他にも捕まえてたやつがいて、ちょうど王家で雇われた冒険者だったから同行させてもらった」


 この人はまだ敬語が身に付いてないらしい。でも雰囲気からして悪い人ではなさそうだ。授業でも不器用ながらも熱心に取り組んでいるイメージがある。


「そうか。依頼を覚えてこうして実際にスライムを捕らえてくれて感謝する。謝礼はしっかりと渡そう」

「本当か! ありがとう、助かるよ」


 それから冒険者にスライムが出現したのはどんな場所か情報をもらい、スライムを受け取って応接室を出た。そして三人で向かうのは中央宮殿の裏庭だ。

 そこには中央宮殿の排泄物集積場があって、手に入れたスライムはそこで放し飼いにしておく予定なのだ。集積場は地下に掘られていてさらに柵で囲われているので、スライムが逃げ出す心配はいらない。


「見張りは立てるのですか?」

「いや、いらないだろう。毎日決まった時間に見に来る者は決めようと思っているが」

「確かにそうですよね……スライムなんて逃げ出しても、一日かけて移動して数十メートルですし」


 それもそうだ。さらにスライムは垂直の壁を登ることがほとんど出来ないから、逃げ出されることなんてないだろう。あり得るとしたら空を飛べる魔物が見張りをすり抜けて街中に入り、スライムを捕まえて集積場の中から外に出すぐらいだ。


 ……そんなこと万に一つもないな。そもそも見張りをすり抜けるなんてことないだろうし。


「二匹いるのなら一匹は排泄物と水を桶に入れて、どの程度で水が綺麗になるのか検証しませんか? それによって下水処理施設に何匹のスライムが必要になるのか、推測できると思います」

「確かにそれはありだね。桶を持っていこうか」

「ではまず倉庫だな」


 俺達は王宮の端にある倉庫に向かい、従者に桶とスコップを持ってもらって排泄物集積場に向かった。集積場に近づくと、思わず顔を顰めてしまう臭いが漂ってくる。


「仕方ないことだけど、やっぱり臭いね……」

「そうだな。布を持ってくれば良かった」

「三枚だけならありますが、使いますか?」


 確か空間石に入っていたはずだと思って取り出すと、覚えていた通り三枚の布が入っていた。


「皆の分はなくて申し訳ないんだけど……」


 従者と護衛の皆にそう謝ると、皆は気にしなくて良いと快く伝えてくれた。俺達はその好意をありがたく受け取り、口と鼻に布を巻く。これでかなり臭いは防げるはずだ。


「準備は良いか? では行こう」


 そうして皆で排泄物集積場に向かい、まずは一匹のスライムを中に落としてみた。すると落とされたスライムは餌がたくさんあると喜んでいるのか、さっきまでよりも活発に動き始める。

 とは言ってもその場でぷるぷる動いているだけだけど、さっきまでは本当に生きているのか疑うほどに動かなかったので、それと比べたら圧倒的だ。


「この環境で喜ぶなんて、スライムぐらいじゃないか?」

「ですね……ちょっと、嫌ですね」


 中を覗き込みながら、ファビアン様とマティアスは顔を引き攣らせた。その気持ちは凄く分かる……もうこれからは例え綺麗だったとしても、スライムを触るのは躊躇ってしまうだろう。


「じゃあ桶に少しだけ排泄物を回収しましょう」

「そうだな」

「ニルス、スコップ貸してくれる?」


 スコップを持っていたのはニルスだったのでそう声をかけると、ニルスは頑なに俺にスコップを渡してくれなかった。主人にこんなことをさせられないのだそうだ。

 俺はニルスのそんな忠誠が嬉しくて、スコップを借りるのは止めて、俺が使っていた布を裏返してニルスの顔に巻いた。これで近づいてもそこまで酷い臭いは感じないだろう。


「フィリップ様、ありがとうございます」

「こちらこそありがとう。じゃあこの桶に入れてくれる?」

「かしこまりました」


 そうして桶に集めた排泄物に、俺が魔法陣を描いて水を入れる。そして半分ほどまで水を入れたら、その中にスライムを投入した。

 スライムは水の中でも普通に生きていけるので、溺れるのではないかといった心配はいらない。


「スライムは沈むのだな」

「どのぐらいで綺麗になるのか目安はある?」

「そうだね……多分だけど、数日あればかなり綺麗になるんじゃないかな」


 前世で聞き齧ったスライムの性能から考えるとその程度になる。ただこの国のスライムが前世と違う場合は全く当てにならない予想だし、定期的に観察していこう。とりあえず毎朝ここに来ようかな。


「フィリップ、スライムって水は消化と分解しちゃわないの?」

「基本的にはね。水以外に何もない時は消化されちゃうけど、他にもっと良いものがあればそっちを優先するんだ。だから綺麗になったら早めにスライムは取り出さないと、水も無くなっちゃうよ」

「そうなんだ。スライム便利だね」


 それから俺達は少しだけスライムを観察して、皆で執務室に戻った。

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