第66話 大盛況

「選ばれた皆様、壇上にお願いいたします」


 年齢や性別をバラバラにして、若い男女とお年を召した男女の合計四人に試してもらうことになった。まず最初に試すのは、身分の観点から選ばれたお年を召した女性だ。


「こちらの魔法陣に魔力を注いでいただけますか?」


 マティアスが女性をエスコートして製氷器の近くまで連れて行き、魔法陣を示した。すると女性はすぐに魔力を注ごうとはせずに、魔法陣をまじまじと見つめる。


「こちらは先ほど教えていただいた魔法陣よりも、随分と複雑なのね」

「先程フィリップが皆様にお教えしたのは、一番の基礎となる簡単な魔法陣なのだそうです。したがって、他の魔法陣は全てあれよりも難易度が高いです」

「あらまあ、そうなのね。それでは私には無理そうだわ」


 おっとりとした女性は頬に手を当てて、あっけらかんとそう呟く。


「こちらに魔力を注げば良いのね?」

「はい。お願いいたします」

「分かったわ」


 女性がゆっくりとした動きで魔法陣に手を添えて、魔力を少し注いだところで箱の中からゴトッと音が聞こえて来た。問題なく魔力を注げたみたいだ。


「もしかして……氷ができたのかしら?」

「中をご覧になってみてください」


 王宮の使用人が引き出しの中身を女性に見せると、女性は嬉しそうに「まあ!」と声を張り上げた。


「魔道具とは素晴らしいわ。あのような複雑な魔法陣を練習せずに、少しの魔力で氷を作り出せてしまうなんて……決めました。私はこれから魔道具を集めることにいたします。だって私に魔法陣は無理だもの」


 女性は満足げにそう言葉を発すると、自分が作り出した氷をもう一度確認して壇上を降りていった。今の女性のおかげで、また魔道具の購入者が増えた気がする……宣伝ありがとうございます。


 それから三人の男女が順番に製氷器を使い、全員が問題なく氷を作り出すことに成功した。そしてその頃には、最初は魔法陣魔法を使えるようになれば魔道具なんていらないと言っていた人達も、魔道具の便利さに気づいてくれたのか熱心に製氷器を見つめている。

 今では買うか買わないかよりも、何台買うのかの話になっている人もいるようだ。


「さて、製氷機のお披露目はここまでとなる。とても有用なものだと分かってもらえたのではないだろうか」


 俺達が製氷器について話をしている時は横で見守ってくれていたファビアン様が、一歩前に出て口を開いた。もうお披露目も終盤だ。


「こちらの製氷器は今現在、フィリップとその弟子シリルの二人しか作れる者がいない。したがって欲しい者全員がすぐ手にすることはできないのだ。今日この場には十台の製氷器があるので、欲しい者達の中から身分順で購入権を与えようと思う」


 ファビアン様のその言葉に、薄々分かってはいたのだろうけど、後ろの方に多くいる爵位が低い貴族達が落ち込む様子を見せる。


「しかし本日購入できなかった者達にも権利を与える。それは優先予約権だ。本日の予約受付は身分順になるが、予約自体は本日分が明日のものよりも優先される。したがって後日身分が高い者が製氷器の予約をしたとしても、本日予約をした全員の後になるということだ。その辺を認識した上で、予約をするべきかを決めて欲しい」


 ファビアン様は話が上手いな……さっきまで落ち込んでいたほとんどの貴族達が、自分達にも権利を与えられたと一気に色めき立つ。

 しかし言ってることはごく当たり前のことなのだ。確かに身分社会では身分が上の者が後から割り込むということは珍しくないので、それがないと王太子殿下が宣言するというのは大きいのだろう。


 ただそこまで喜ぶほどのことではない。そもそもここに身分が高い人達は大半が集まっているのだから、後からの割り込みなんて今回に限ればほとんどないはずだから。

 それに気付かせないで話を誘導するのが上手いよね……これで今ここにいる人達は、せっかくの与えられた権利を放棄したくなくて予約をするはずだ。


「ではそろそろ披露目は終わりとなる。本日は忙しい中、集まってくれて感謝する。購入と予約の手続きはこの後に文官が行うため、そちらでお願いしたい。――我が国は長い間とても苦しい状況であったが、ティータビア様によるお導きで今は良い方向に向かっている。ティータビア様によって選ばれたフィリップの手助けを頼みたい。そしてこれからも、国のためによろしく頼む。貴殿らの働きに期待している」


 ファビアン様は王太子らしく堂々と貴族達に激励をし、壇上から下がっていった。俺達も貴族達に会釈をして、ファビアン様に続いて壇上から降りる。

 ふぅ、やっと終わったな。さすがにさっきの授業からの連続で少し疲れた。


「お疲れ様です。上手くいきましたね」

「ああ、手応えはあったな。ほとんどの家が購入するんじゃないか?」


 マティアスが嬉しそうに放った言葉に、ファビアン様も顔を緩めて同意の意を示す。貴族達の前にいる時と今の表情が全然違うのを見ると、俺達には気を許してくれてるんだなと分かって嬉しくなるな。


「これから必死に作らないといけなくなりそうです」

「確かにそうだな……大変だと思うが頼むぞ」

「もちろんです。シリルと一緒に頑張ります」

「私も作れるようになれたら良いのだが」


 ファビアン様は何回かそよ風を発生させられているので、そのうちあの魔法陣は問題なく扱えるようになるはずだ。でも製氷器の魔法陣は……さすがにしばらくは無理だろう、あれは難易度が高すぎる。


「二人でも大丈夫ですので、焦らず丁寧に魔法陣の練習をなさってください。そのうち作れるようになった時には、たくさん仕事を振りますね」


 俺が少しふざけたような笑みを浮かべながらそう言うと、ファビアン様は笑顔で頷いてくれた。


「もちろんだ。マティアスは無理そうだから、その分も私が頑張ろう」

「ちょっとファビアン様、僕が無理ってどういうことですか!」

「いや、マティアスの上達速度を見ていたら、魔道具を作れるようになるのは何年後か分からないだろう?」


 ファビアン様が揶揄う様な笑顔を浮かべてマティアスのことを弄る。それにマティアスは怒ったような表情を作りながらも、笑みが隠しきれていない。俺はそんな二人の様子を見て自然と笑顔になった。


「僕だってそのうち一気に上達しますから」

「そうか、そうだな。期待してるぞ」

「心がこもってないですよ!」


 二人と一緒にいるのは本当に楽しい。この三人で同じ方向を向いて仕事ができてる今は、凄く幸せなのだろう。この幸せがずっと続くと良いな……俺は二人がふざけ合っている様子を見ながらそんなことを思った。

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