第48話 シリルの特訓

「じゃあシリル、魔法陣を描いてみてくれる? 失敗しても良いから緊張せずにね」

「分かりました」

「方向指定の神聖語は右上の方がこの言葉で、左の方がこの言葉」


 俺は方向を指定する神聖語を紙に大きく書き出し、シリルに分かりやすいように掲げて持つ。シリルは真剣な表情で速度はゆっくりだけれど、着実に正確な魔法陣を描いていく。

 やっぱりシリルって才能ある。それに集中力もあるんだよね……つくづく優秀な弟子を持てて幸せだな。


「書けました!」

「うん。問題なさそうだから発動して良いよ」


 俺のその言葉にシリルが魔力を込めると、魔法陣が一瞬光り輝いて建物に攻撃が打ち込まれた。土属性を基本としているので、物理的に硬いもの同士がぶつかる衝撃音が聞こえてくる。そしてそのすぐ後に、ガラガラっと建物全体が崩れていくのが確認できる。


「成功だね」

「フィリップ様……ありがとうございますっ!」

「俺は魔法陣を教えただけだから、発動できたのはシリルの才能と努力だよ」


 シリルは今の攻撃を自分が発動させたことが信じられないのか、両手を広げて不思議そうに眺めては瓦礫の山を確認している。


「俺の魔力だけだと一日で取り壊せる数も限られてくるから、シリルにも明日から毎日お願いして良い? もちろんその期間の魔道具作製はお休みで良いから」

「もちろんです。私でお役に立てるなら」

「ありがとう」


 にっこりと微笑んで肯定の意を示してくれたシリルに、俺も自然と笑顔になり微笑み返す。


「うおっ、凄い……。俺よりも大きかった瓦礫が一瞬で消えたぞ」

「魔法陣魔法って本当に凄いよな。なんでもできるんじゃないか?」


 瓦礫撤去を始めた冒険者と騎士達の方から、そんな話し声が聞こえてくる。誰もが改めて魔法陣魔法の凄さを実感しているみたいだ。これでより一層授業に身が入るだろうし、これは良い経験だったかもしれないな。


「じゃあシリル、できる限りどんどん壊していこうか」

「はい!」



 それから二時間、俺達はひたすらに建物を取り壊して回った。途中から数えるのは止めたけど、かなりの数を取り壊せたはずだ。さすがに魔力が減ってきて、休憩しなければあと二つぐらいしか壊せない。


「シリルの魔力はどう?」

「私は魔法陣を素早く描けませんので、まだ半分以上残っています」

「そっか。でもお昼時だし一回休憩にしよう。午後はシリルに多く頼むかもしれないけど、よろしくね」

「もちろんです」


 魔力は横になって眠るのが一番回復するけれど、ゆっくり座ってご飯を食べたり、何もせずに体を休めるために腰を下ろしたり、その程度でも少しは回復していく。

 でもお昼ご飯で一時間程度休むだけだと、一割ほどしか回復しないだろう。午後はシリルにできるだけ頑張ってもらって、早めに帰宅かな。


 俺達二人とニルスとフレディの四人だけで先に進んでいたので、皆が瓦礫除去をしている場所まで歩いて戻る。


「フィリップ、戻ってきたのか?」

「はい。そろそろお昼かと思いまして」

「もうそんな時間か」


 ファビアン様が眩しそうに上空を見上げて太陽の位置を確認した。持ち歩ける時計はないので、外にいる時に時間を確認する術は、太陽の位置と定期的に鳴り響く鐘の音だけだ。しかしずっと建物を取り壊してうるさい中にいたので、鐘の音は聞き逃していても不思議ではない。


「確かに十二時は過ぎていそうだな」

「そうなんです。皆も疲れてきていると思いますし、休憩も兼ねてお昼にしませんか?」

「そうだな。皆の者、休憩とするから作業を中断してくれ」


 ファビアン様のその言葉に、瓦礫の除去をしていた皆がずらずらと日陰に集まってくる。汗びっしょりで大変そうだ。この時間はかなり暑くなるからね。


「ふぅ……疲れたな」

「ああ、けどいつもよりは恵まれた仕事だよな。いつでも冷たい水が飲めるんだから」

「そうだな」


 冒険者達がそんな会話をしつつ、腰に括り付けてある自分の水筒を手に持ち給水器へと向かっていった。給水器の前には小さめの桶が置いてあり、その桶には水筒に水を注ぎやすいよう側面に穴が開くようになっている。

 これは一般的に普及しているものではなくて、俺が今回の作戦のために作ったものだ。いずれ改良して売り出せたらなと思っている。


 そしてそんな冒険者達を横目に、俺は自分専用に作った空間石から籠をいくつも取り出した。実はファビアン様に許可を取って、一日を自分の空間石作りに充てさせてもらったのだ。俺しか使えないように使用者制限をつけた優れものだ。今度余裕ができたら陛下と宰相様、ファビアン様とマティアスにも作ることになっている。


「そういえば、お昼ご飯はフィリップが持ってきてくれたんだっけ?」


 マティアスが興味深そうに籠を覗き込んできた。そして漂う冷気に気付いたのか、手を翳して一時の清涼感を楽しんでいるようだ。


「これ氷で冷やしてる?」

「うん。今まで平民街に行った時は、昼食抜きか食べても生のジャモだけだったでしょ? 南区の計画は長期に渡って行われるものだからさすがに毎日それは嫌だと思って、俺が氷を作るからって常温の保存に適さない料理を作ってもらったんだ」


 生のジャモなんて全く美味しくないしガリガリの食感も微妙で、さらに食べ過ぎるとお腹を壊すからって一人半分しか食べられないのだ。それなら昼食抜きで我慢すればって思うけど、前世では毎日三食しっかり食べてて、今世でも恵まれた生まれのために昼食を抜いた経験はほとんどないから、昼食を食べないのはかなり辛い。でも生のジャモなんて毎日食べたくない。

 そこで少しわがままを通させてもらった。このぐらいの贅沢は頑張ってるから許してほしい。

 

「それはありがたい……僕も正直生のジャモは嫌だったんだ。それすらも食べられない人もいるから、文句は言えないと思ってたんだけど」

「俺もそう思ってた。でもさすがにこれから毎日って考えたらね」


 マティアスと俺は小声でそんな話をして、お互いに苦笑を浮かべる。そして無言でも気持ちを共有したところで、マティアスが籠に乗せられていた布を取り除いた。


「これはなんだろう? 初めて見る料理だけど……」


 籠に入っているのは、洗った葉で包まれたコロッケだ。王宮の料理長に頼んで、一人一つ作ってもらった。屋敷で一度作ってからジャモ粉の作成にも成功したので、前よりも衣がしっかりと付いて美味しく改良されている。

 揚げたてじゃないから冷えてるけど、それでも生のジャモの百倍は美味しいと思う。比べることすら烏滸がましい。


「コロッケって料理だよ。少しずつ作れそうな料理から広げようと思って、公爵家の屋敷で作ってから王宮の料理長にも教えたんだ」

「料理の知識には手を付けられないと思ってたけど、もう広め始めてたんだ」


 マティアスは驚きに目を見開き、コロッケを凝視しながらそう呟く。


「うん。俺が美味しいものを食べたくて」

「凄く気になる。そんなに美味しいの?」

「この国にある料理で一番美味しいと思う」

「そんなに!?」


 マティアスの叫び声に皆が俺達の方を向いたので、俺はコロッケを配ることにした。

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