第46話 畑に雨を

 空間石を作ってから二週間が経過した今日。俺達はまた平民街を訪れていた。今日はファビアン様とマティアスに加え、シリルも一緒だ。

 降雨器が十分な量を作り終えたので、平民街の畑を端から巡って雨を降らせていくのだ。初日の今日だけは俺達が同行して、明日からは数人の文官と騎士が手分けして行ってくれるらしい。すぐには無理だけどもう少し時間が経ったら、平民の中でも代表者を定めてその者に降雨器を貸し出す計画も立てている。


「降雨器で少しでも作物の収穫量が増えたら良いですね」

「そうだな、それが一番の理想だ。しかし川に水を汲みに行かなくて良くなるというだけで、かなりの人数を救うことができるのだ。まずはそこを評価しよう」

「そうですね」


 既に歩き慣れてきた平民街を進んでいく。清掃計画が予定通りに完了し、今となっては貴族街と同程度の綺麗な街だ。道を行き交う人達も、心なしか表情が明るいような気がする。


「今はまだできませんがもう少し余裕ができたら、ティータビア様からの知識にあった、他の野菜や穀物なども育てられるようにしたいですね」

「そうだな。しかしこの国でどこにその種や苗があるのか分からないのだろう?」

「そうでしたね……フィリップは森や草原で探すしかないって言ってたよね?」


 マティアスから話を振られたので、頷いて肯定の意を示す。前世でたくさんあった穀物や野菜、果物などがこの世界でどこにあるのかは分からない。でも森や草原を探せば少しは見つかると思うのだ。


「もう少し余裕が生まれて、騎士や冒険者達が魔法陣魔法を使いこなせるようになったら、森へ探索に行きたいですね」

「それはまだ先の話だな」

「はい。しかし授業をしてる感じでは数人習得が早い人がいますので、その人達を集めれば森へも入れるかと思います。それでも数ヶ月は先ですが」


 作物が育つのには時間がかかるし、できれば早くに種類を増やしたい。もっと栄養バランスを考えないと、病気になる人が減らせないだろう。


「それまでは今ある作物の収穫量を増やすことに専念しよう」

「かしこまりました」


 そんな話をしながら歩いていたら、早速畑に到着した。畑の入り口には、ここら一帯の畑の持ち主が集まっている。給水器で実績を得たからか、誰も雨を降らせる魔道具の存在を疑ってはいないようだ。


「待たせたな」

「いや、大丈夫だ。畑に雨を降らせてもらえるなんて言われちゃあ、いくらでも待つぜ」

「では時間もないので早速魔道具の使い方を説明しよう。説明は魔道具を作製したフィリップとシリルに任せる」

「かしこまりました」


 ファビアン様に紹介されて一歩前に出た俺達は、降雨器の実物を見せながら雨が降る範囲や降る時間などを丁寧に説明していった。そして説明が終わったところで、質問がないかを確認する。すると一人の男性がおずおずと手を挙げた。


「これ聞いちゃいけないのかもしれないんだけど……給水器と降雨器って、というか魔道具って誰が発明したんだ? もしかしてフィリップ様とシリルさん?」


 俺はその質問に少し驚いた。平民の間にはティータビア様から知識を得たことは、あまり知られてないんだね。給水器が予想以上に当たり前に受け入れられてるから、もう周知の事実なのかと思ってた。


「あれだろ、俺聞いたぜ。ティータビア様から知識を授かったんだってよ」

「え、それ本当か!?」


 その質問の後にがやがやと騒がしくなり、そんな会話が聞こえてくる。やっぱり少しずつ広まってはいるのか。魔法陣魔法の授業をする時に平民にも広めたし、多分時間の経過とともに周知の事実になっていくのだろう。


「発明したんじゃなくて、ティータビア様より知識を授かったんだ。そしてそれを活用して、給水器や降雨器のような魔道具を作り出してるよ」

「あの話って本当だったのか! え、じゃあティータビア様から知識を授かったのって……フィリップ様?」

「うん」


 俺が頷いた途端に、半数以上の人達が一斉に祈りの姿勢を取った。俺はそんな光景に呆気に取られて二の句を告げない。


「皆の者、フィリップが困っているからその辺にしてやってくれ。フィリップはあくまでも、一人の人間として暮らしていくことが望みなのだ」


 そんなファビアン様の言葉になんとか思考ができるようになった俺は、とりあえず混乱しながらも口を開く。


「そ、その通りだから、普通にして欲しい。俺に対してじゃなくて、祈りを捧げるのならティータビア様に」

「……分かった」


 俺が咄嗟に考えた言葉を口にすると、皆は納得したように頷いてくれたのでホッと安堵の息を吐く。国民の、特に平民達の信仰心の強さを甘くみてたかも。

 俺がティータビア様から知識を得たことを隠すことはしないけど、積極的に提示するのはやめようかな。


「話が逸れたけど、早速降雨器を使っていこうか。最初に使う畑の人は前に来てくれる?」

「おう、俺だ」


 前に出てきた男性と畑の近くまで行き、降雨器をどのように使えば効率が良いのかを話し合って置き場所を決めた。そして降雨器を設置し男性が魔力を込めると……、畑に雨が降り始めた。


「シリル、ちゃんと作動してるね」

「はい。緊張していたので良かったです」

「もう簡単な魔道具なら完全に任せられるよ」

「本当ですか! ありがとうございます」


 シリルとそんな話をしつつ、雨が降る様子を皆で眺める。雨が降り始めたら騒ぎになるかと思ったけど、逆に全員がこの光景に目を奪われていて、雨音がしっかりと聞こえるほどに静かだ。

 それから一分ほどかなりの勢いで雨は降り続けて、時間が来るとピタッと止んだ。


「す、す、すげぇ!!」

「なんだ今の、めっちゃ綺麗だったよな!?」

「ああ、驚いた」


 降雨器は雲ができるわけではないので、晴れて陽の光が燦々と降り注いでいる中で雨が降る。その様子はどこか幻想的で目を奪われるのだ。それは平民達も同じだったらしい。


「畑はどうかな? 一回で足りなそうだったら二回やっても良いと思うけど」


 俺のその声に我に帰った皆は、一斉に雨を降らせた畑に近づいていく。そして土を手で少し掘って、どれだけ水が湿っているのかを確かめた。


「十分じゃねぇか?」

「ああ、普通に雨が降った時よりは水分量が少ないが、川から水汲んで撒いてる時に比べたら、かなり湿った土になってる。十分だろ」

「水が多すぎると逆に育たなくなるしな」

「だよな。一回でちょうど良い」


 そんな話し合いをした後に、俺達に向かって完璧だと笑みを浮かべてくれた。その笑顔を見て、俺とシリルは嬉しくて顔が緩む。


「シリル、完璧だってよ」

「フィリップ様の魔法陣が完璧だったんですね」

「そうかも知れないけど、それをシリルが完璧に再現してくれたからだよ。神聖語が少し違う程度だと、発動はするけど思った通りの効果が出ないってこともあるからね」


 二人でお互いに褒め合って喜びを分かち合う。この瞬間があるから魔道具作りってやめられないんだろうな。俺は前世で最後まで理解できなかった、魔道具作製の楽しさが分かったような気がする。


「じゃあ次の畑に移ろうか。あんまり時間もないからね」

「おうっ!」


 それからは王都の畑が密集している地点を回っていき、夕方といえる時間までひたすら畑に雨を降らせ続けた。これで少しでも収穫量が増えたら良いな。

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