いつか彼女の奇跡に巡り会うために

若奈ちさ

1. 生徒会で話題の彼女

 カメラを首からぶらさげるとアクセサリーになるか


 と、生徒会室で本日の議題を板書する。

 ふしぎな議題は今に始まったことではないが、生徒会本部の面々はいたって本気だ。

 どっちだっていいじゃねぇか、という投げやりな発言は絶対になしだ。

 桐野亜未花の行動がここまで問題視されていることを疑問に思いながらも、下っ端の一年生が口を挟める空気でないことはちゃんと承知していた。


 入学当初はオレもテンションが高かった。

 せっかく高校生になったのだからなんか爪痕残したいと、一年生に割り振られた生徒会の書記に立候補してみたらほかに熱意のあるライバルもなくて、意外にもあっさり当選してしまったのだった。

 生徒会は想像通り華やかだった。

 補導された生徒の話題から裏番長の存在だとか、都市伝説クラスの武勇伝まで、まさに学校の中枢に潜り込んだ甲斐があるネタの宝庫。

 だが、所詮オレのような三流学生が来る場所ではなかった。

 役員会議にやってきたお茶くみ社員のような居心地の悪さを初回から感じていた。

 こぢんまりと学園生活を送っているオレに提供できるネタはなにもない。

 この場にふさわしくない男、竜波令司、議事録作成に精を出す。

 ただひとつの願いは、クラスメイトの桐野亜未花に言いづらい決定事項を伝える事態にならなければよいなということ。


 さっそく副議長が話し合うべき内容を提示する。

「校則ではアクセサリーは禁止だけど、どこまでならオッケーか明確に定めるってことでいいのかな?」

 副議長が生徒会の面々を見渡すと、みんな口々にしゃべり出した。

「それは常識の範囲内でしょ」

「腕時計はどんなにデザイン性が高くてもいいもんね」

「スマートウォッチもOKだよね。スマホもカメラも持ってきてはいけないって規則はないし、いいんじゃない?」

「ヘッドホンはダメですよね?」

「それは周りの音が聞こえなくなるからだろ」

「そう、ながら歩きはアクセうんぬん関係なくダメ。だけど、ヘッドホンは首にかけていてもとがめられなかったとおもうけど?」

 なに? それは聞き捨てならない。

 噂で耳にしたところによると、桐野さんは登校時、生徒指導教諭の豆柴(もちろんあだな)にカメラをぶらさげていたところを諭されたというのだ。

 それを桐野さんはカメラを持ってくることは校則違反ではないとまったく聞き入れず、カバンにしまえという豆柴と一悶着があったらしい。

 とくに誰から要請があったというのではなかったが、張り巡らせた情報網にかかり、桐野さんの行動が校則違反か否か、あるいは当校の学生として慎むべき行動であったかを自主的に生徒会で取り上げられることとなったのだ。

 ――って、無論オレは蚊帳の外だけども。

「どちらかというと、カメラよりヘッドホンの方がファッション性高いよな」

 と、生徒会長の蔵田は腕組みをして考え込む仕草をした。

 オレと同じ一年のもうひとりの書記も同意する。

「ですね。音楽をこっそり聴きたいならワイヤレスのイヤホンもあるのに、わざわざヘッドホンを首にかけているのは、カッコイイと思っているからですよ」

「それだけじゃなくて、校門をくぐるときだけ耳から外して、あとは聞いてる可能性も高いですし」

「ヘッドホン禁止令だすの?」

「まぁ、それは保留しておくとして」

 蔵田は自ら制止をかけるようにいった。

 彼はわりと寛大だ。

 どんな人間でも渡り合える度量があって、真面目にも不真面目にもなるカメレオンなのに、どういうわけか嫌な感じがしない。

 ここはひとつ。彼の懐に飛び込んでみる。

「あのぉ」

 ごく小さな声で発言するとみなが一斉にオレを見た。

 そろそろまとめの時間なのにお前が発言するか、みたいな威圧感がオレを押しつぶしそうになる。

「どうした」

 蔵田はオレの発言をうながした。

「桐野さんは、そのぉ、いつもレンズカバーを付けてます。勝手にカメラ回して撮影しているわけじゃないし、誰の迷惑にもなってないと、思うんです……」

「だよね」蔵田はウンウンとうなずいている。「まぁ、そもそもアクセサリーも誰に迷惑をかけているわけじゃないけど。でも、彼女の場合、ちょっと事情が違いそうだよね。なんか知ってるの?」

「そういうわけじゃないんですけど……。なんか事情がありそうな」

 成り行き上、なんとなく桐野さんをかばっているオレ。

 本人から話しを聞いたわけでもないのに、あいまいに答えながらちょっぴり事情ありだと匂わせてしまう。

「じゃあ、竜波くんに任せよう。彼女がもし秘密にしてほしいならここであえて報告してくれなくてもいいし。問題起こりそうなら相談してくれてもいいよ」

「はい。わかりました」

 問題が収束して自分事のようにそっと息をついた。

 結局、カメラを首にぶらさげて登校するのは度を過ぎた行動ではないと結論づけたのだった。

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