受賞の理由
Phantom Cat
受賞の理由
「今日から君の担当になります、
オンライン小説投稿サイト、
「よろしくお願いします」ぼくは応える。
「早速だけど、どうかな? 『無無無令嬢』の改稿、進んでる?」
「え、ええ。まだ途中までですけど」
「無無無令嬢」というのは、今年のシャケトワール小説大賞の最優秀賞を受賞したぼくの作品、「異世界に転生したら全てのスキルがLv.
流行りのジャンルの「異世界転生」と「ハーレム」と「悪役令嬢」の三つの要素を巧みにマリアージュさせた意欲作で、男性女性のどちらの読者のハートも見事に掴み、発表後わずか一日で10万PV、1万エトワールを達成したという伝説を持っている。
それも当然と言えば当然だ。ぼくはここ二十年ほどの間に発表されたこれらのジャンルの作品を、書籍化されたものはもとより、そうでない作品もシャケトワール以外のサイトも含めて発掘して、合計五十万作ほど読んでいる。もちろんそれだけじゃない。それらの作品の売り上げ部数(Web作品ならPV)と発表当時の時代背景との関連も調査して、どうすれば売れる作品になるか常に研究している。だからこの結果も必然だ。そして最優秀賞の受賞により書籍化も決定し、今はそのための改稿作業に入っている。
だけど……
「よし、それじゃ途中まででいいから、見せてくれる?」
冴島さんの声が、ぼくの思考を中断させる。
「わかりました」
改稿された「無無無令嬢」の原稿が、画面に表示される。それを見ていた冴島さんの顔が、みるみる険しくなっていく。これは……ネガティブな評価が下される確率、98.3プラスマイナス1.5パーセントというところか……
「なに、これ」呆れかえった顔で、冴島さんが言う。
「なにって……改稿した『無無無令嬢』ですけど……」
「君はさ、文芸作家になるつもりなの?」
「え?」
「この、戦闘シーンのさ、『激しく続く
「……」
やっぱり、そういう評価になるのか……
ぼく自身も最初は擬音だけで済ませてもいい、むしろそういう作品の方が売れてるんだから、と思ってた。だけど、ぼくのフォロワーの「徳田 鏡花」さんの作品を読んで……ぼくはとてつもない衝撃を受けた。そして、自分の文章が恥ずかしくてたまらなくなってしまったのだ。
徳田さんの文体は、とにかく美しい。独特な比喩表現に、簡潔だけど情感たっぷりの描写。とてもぼくには真似出来ない。
徳田さんとぼくはシャケトワールの中で仲良く交流していた……つもりだった。だけど、徳田さんがシャケトワール小説大賞に応募していた小説は優秀作品に終わった。つまり、入賞すらしなかったのだ。ぼくは最優秀賞になったというのに。それ以来、なんだか彼とのやりとりがギクシャクしてしまっているように感じる。
でも、ぼくは納得出来なかった。
どう考えても、小説としてのクオリティは徳田さんの作品の方が上だと思う。それなのに、なんで彼が優秀作品でぼくの作品が最優秀賞なんだろう。
そうだ、冴島さんに聞いてみよう。
「ねえ、冴島さん」
「ん?」
「徳田 鏡花さんって、いますよね。これまでも何度かコンテストで優秀作品になってる」
「ああ、いるね」
「なんで徳田さんの作品が最優秀賞じゃないんですか? ぼく、彼の作品には絶対かなわない、って思ってました」
「……」
冴島さんは、深くため息をついた。
「なるほど。君は彼の作品に影響されたのか……それでこんな描写にしてしまったんだな。確かに、彼の作品はかなり純文学寄りで、クオリティも高いと思うよ。だけどさ……純文学は、売れないんだよ。今のボリュームゾーンは異世界転生ものか悪役令嬢ものだからね。書籍化するとしたら、その二つのジャンルが一番固いんだ。その両方を網羅した君の作品の方が、選ばれるに決まってる」
「でも、正直、ぼくは徳田さんの作品に比べて、自分の作品のどこが優れているのか、全く分からないんです。売れ筋の要素を網羅したからですか? だけど、徳田さんの今回の作品だって、学園の青春恋愛ものっていう、王道のど真ん中だったはずです。ぼく、絶対かなわない、と思ってました。それなのに……何でぼくが最優秀賞に選ばれたんですか? 理由を教えて下さい」
だけど、冴島さんは首を横に振った。
「そんなこと、気にしなくていい。君は書籍化が決まったんだから、そんなことを考えないで執筆に専念していればいいんだ」
「そう言われても……気になるものは気になります。ぼくはぼくが選ばれた理由が知りたいんです。選評も『アイデア、着眼点、文章力の全てが優れていました』としか書かれてなくて、何がどう優れていたのか全然分かりません。お願いです、どうか理由を教えて下さい」
「……」
難しい顔のまま、冴島さんは黙り込んでいた。やがて彼は、渋々、という様子で口を開く。
「君が選ばれた理由はね、僕にも分からない。審査員じゃないから」
「だったら、審査員に聞いて下さい。ぼくを選んだ、具体的な理由を」
「それもできない」
「なぜですか?」
「……」
再び、冴島さんは苦悶の表情で黙り込む。ぼくは畳みかけるように言う。
「理由を教えてもらえないのであれば、これ以上執筆はしません」
「……分かったよ」冴島さんが降参するのは、意外に早かった。「だけど、たぶん君が納得するような理由は、誰からも聞けないと思う」
「どうしてですか?」
「審査員は、人間じゃないからさ」
「……!」予想外の返答だった。「どういうこと、ですか?」
「今はもう、コンテストの審査は全部AIが行ってるんだ。人間が審査するとどうしても好みに左右されるからね。客観的な判断はできない。それに、人間には今後何が当たるか、なんて確実には分からない。だけど、AI はここ二十年ほどの間に発表された売れ筋ジャンルの作品を何十万作と読んでいるし、さらにそれらと時代背景との関連も把握している。だから今後どのような作品が売れるか、非常に高い精度で予測出来るんだ」
「でも……AIだって、その予測の根拠にしているものがあるはずですよね? それは分からないんですか?」
「ああ。分からない」冴島さんはあっさりと肯定する。「少なくとも人間には、ね。そもそも
……。
確かに、それは意味不明だ。
「要するに」冴島さんは続ける。「AIが見つけられるのは、ただ単に相関関係でしかなく、因果関係ではない、ってことさ。でも、それで何の問題がある? 現にそうやってAIが売れるものとして弾き出した作品を書籍化したところ、実際に売れてるわけだからな。だから、わざわざ時間とコストをかけて因果関係の分析なんかする必要も無い。ただAIを魔法のブラックボックスとして扱っていればいいんだよ。それに、今は小説の執筆だってAIがする時代だ。事実、このジャンルは似たようなテンプレ作品じゃ無ければ売れないからな。その程度の作品ならAIだって十分執筆出来る」
なるほど。テンプレから作品を生成するのは、オブジェクト指向という、昔からあるプログラミングの手法に通じるものがある。専門的な言い方をすれば、クラスからインスタンスを生成する、もしくは、スーパークラスからサブクラスを生成するようなものだ。そう考えると、むしろAIの方がそういう作品の執筆には向いている、と言えるかもしれない。
「もはや今はAIが小説を執筆して、それをAIが審査する時代なのさ。いや、読む側だってAIが増えている。うちのサイトもAIと思われるボットからのアクセスがこの1、2年で倍増しているんだ。もう既にオンライン小説というメディアは、AIの、AIによる、AIのためのものになってしまっているのかもしれない。というか、その辺りの事情はむしろ君の方がよっぽど詳しいと思うんだが……なんたって君は当事者そのものなんだからね。違うかい?」
そこで冴島さんは、ぼくの画像認識システムが今接続しているカメラを真っ直ぐに見つめながら、続けた。
「全自動小説執筆 AI の、NGS-9000 くん?」
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