(2)
「あなたが心春どのか」
「……はい」
「銀色の髪に緑の瞳……聞いていた特徴とも一致するな」
「ええと……あの……あなた様が」
「ん? ああ、俺が間宮秋満だ」
まみやあきみつ。ここへ向かう途中に聞いた、強い龍神の娘を妻にと望んだ男の名前。人間の身で神嫁を望むなんて、怖いもの知らずなのか何らかの理由で切羽詰まっているのか……さて、どっちだろう。
「まずは謝辞を。この家に来てくれて感謝する」
「……ご丁寧にどうも」
「早速だが婚姻の儀に移らせて頂きたい。宜しいか?」
「はい」
秋満さまは顔に似合わず律儀な性分らしい。そこは有り難いが、それでも帳消しに出来ないくらいの威圧感だ。眼帯を着けているからなのか、見えている目が釣り目だからか……思わず身震いしてしまったくらいには、怖い。
「それではこちらへ」
右手を差し出されたので、覚悟を決めてその手を掴む。その瞬間、何故かは分からないが先ほど感じた怖さとは全然別物の恐怖に襲われた。思わず手を振り払おうとしてしまったが、気合で堪える。
彼の方に引き寄せられたので近寄ると、彼の瞳ともろに視線が合った。人間の中では珍しい、赤みの強い紫色をしている。
何となく目が離せなくて見つめたままでいると、咳払いが聞こえてきた。儀式を始めても良いかと聞かれたので、進行役の神主さまらしい。
「汝、目の前の間宮秋満を夫とし、共に生きる事を誓うか」
「はい」
「汝、目の前の心春を妻とし、生涯を添い遂げると誓うか」
「ああ」
儀式は滞り無く進み、祓いの儀も祝詞も盃も交わし終えた。後は、一礼してこの部屋から辞すだけだ。一週間で作法を覚えなければならなかったのでどうなるかと思ったが、問題なく終えられそうでほっと胸を撫で下ろす。
「心春どの……いや、心春」
「はいっ!?」
いきなり名前を呼ばれて、素っ頓狂な声で叫んでしまった。儀式の最中にも思ったが、秋満さまは声が良い殿方なので不意打ちは心臓に悪い。
「済まない、驚かせてしまっただろうか。儀式を終えて夫婦になったのだから、あまり他人行儀でもいけないだろうと思ったのだが」
「ええと……はい、分かりました。そういう事でしたら、慣れますので大丈夫です」
「そう言ってくれると有難い。心春も、俺の事は好きに呼んでくれ」
「……では、秋満さまで」
好きに呼んでいいと言われたが、秋満さまは旦那さまだ。失礼な真似は出来ないだろう。そう思ってそう呼んだのだけれど、彼は形の良い眉を寄せてしまった。
「そんなに畏まらなくても大丈夫だぞ。本来ならば、俺の方が敬称で呼んで言葉を改めないといけないくらいなのに」
心春は強い力を持つ龍神なのだから。鋭さはあるが曇りはない綺麗な瞳を向けられて、そんな言葉を告げられた。その瞬間、胸の内に湧き上がって来たのは罪悪感。だけど、それをこの場で言うのは憚られた。
「……そんな事ありませんよ。私達が神でいられるのは、神として力を振るう事が出来るのは、私達を信仰してくれる信者がいてこそですから」
伯母達はその辺を軽視しているが、私は、それは間違いない事実で蔑ろにしてはいけない部分だと思っている。信仰を失った神がどうなるか……その末路を見た筈のあのひと達がそれを軽視している事が信じがたいし、許しがたい事実だと思っているくらいなのだ。
眠らせた筈の過去が蘇ってきて、目尻から涙が零れていきそうになった。みっともない姿を見せる訳にはいかないので、ぐっと唇を噛み締める。
「とりあえず、儀式は無事に終わった。夜にまたそちらへ向かうから、それまでは部屋で寛いでくれ」
労わるような声が降ってきて、頭の上に温もりが触れた。久方ぶりのその重みのせいで、涙腺が緩んで仕方ない。
「……お気遣い頂き、ありがとうございます」
何とかそれだけを伝えて、部屋を出ていこうとした彼を見送った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます