第93話 第二話:ゆいの作戦

「これで自己紹介の時間を終わります。みんな、お友達の顔と名前、ちゃんと覚えられたかな?」


 ……

 ・・・・・・声を出してもいいんだよー?


 岡本は相変わらず大人しい一年生を前にぐったりとした気分になる。これなら高学年と同じ扱いをしてもいいんじゃないの? と思うのだが、やはり相手は一年生。ならば一年生ならではの経験をしっかりさせてあげようと、岡本は自らを奮い立たせる。


「では! 少しだけ休憩、おやすみにします! おトイレに行きたい子はいますかー?」


 子供向けの番組に出てくるお姉さんみたいなテンションで言うと、ちらほらと手が上がった。岡本は心の中でグッと手を握る。


「他の子も我慢しちゃダメだからね! えっと、手を上げてくれた子、トイレまで案内するから、先生についてきてね!」


 こうして四人の児童と共に岡本が教室を後にすると、ゆいはグテーと机につっぷした。そのままそーっと手を伸ばし、みさきの背中を「えいっ」とつつく。みさきは肩をビクリとさせ、ムッと口を一の字にして振り向いた。ゆいはみさきの表情を見ると、ハッとして仰け反る。


「おいかりですかっ」

「びっくり」


 ゆいは両手を上に伸ばすと、ははーと机に倒れ掛かるようにして頭を下げた。驚かせてごめんね。


「なに?」


 気にしてないよと表情を緩めるみさき。ゆいは机にくっついたまま顔を上げると、手首を動かして机をトントン。


「しげきてき!」

「……ん?」


 何が? とみさき。ゆいはババッと体を起こすと、顔の前で両手をわなわな動かした。


「なんか、なんか、いっぱい!」


 言葉にならないらしい。

 突然、ゆいはハッと目を見開く。


「これが……いちねんせい!」

「……ん」


 とりあえず頷いたみさき。みさきにはピンと来ないようだが、ゆいは初めての小学校生活にとっても感動している。


 こくばん!

 つくえ!

 ランドセル!

 ひといっぱい!(当社比)


 きいてきいて! みさきに向かってわーわー話すゆい。その元気な声が持つ楽しい気持ちが周りの子供達にも伝染したのか、教室は少しずつ賑やかになっていった。


「そうだ! みさき、にんむはかんりょうしましたか?」

「くりすます?」

「サンタさん!」

「たしざん?」

「……むむむ?」


 互いに相手の言葉が分からなくて首を傾ける。

 ゆいは考えるのを諦めて、去年のクリスマスに食べた物を思い出しながら言う。


「あと、はちかげつですね!」


 指を八本立てるゆい。

 みさきは簡単な足し算をして、


「じゅうにがつ?」

「そう!」


 クリスマスは、十二月。

 十二月は、りょーくんの誕生日。


「……ん」


 頷いたみさき。ゆいはグッと顔を近づけると、ピンと指を三本立てた。


「いちにんまえのレディーは、つねにふくしゅ、ふく、ふくすーのプランをようしておくものです」


 結衣の受け売り。

 かんじゃったけど気にしない。


「では、はっぴょうします!」


 だだだだだん。机をタンタンして雰囲気を出そうとするゆい。


 二人の話は、もちろん龍誠の誕生日をどうやってお祝いしようかという話だ。みさきは六歳の誕生日がとっても嬉しかったから、りょーくんにも同じくらい嬉しくなってほしい。それを聞いたゆいは、大喜びで協力を申し出た。


 まずは任務を与えます! りょーくんの誕生日をゲットしてください!

 果たして龍誠の誕生日をゲットしたみさきに、ゆいはとっておきのプランを提供する。

 

「ひとつめ!」


 大きく息を吸うゆい。


「ほっぺにちゅう!」

「なに?」

「よこみて!」

「ん」


 ちゅっ。


「ちゅう!」

「……ん?」

「ママはとってもよろこびます!」

「……ん」


 いまいちピンと来ないので保留。

 次のプランは? と目で訴えるみさき。


「だいにのプランは、にがおえ!」

「おー」


 それはいい案だ。興味を持ったみさき。

 ゆいはみさきの表情の変化を見て、ふふんと胸を張る。


「よさんゼロでもできるかんぺきなプランです。そして、さいごは……うた!」

「うた?」

「そう!」


 とっておきのプランを発表したゆいは、一際大きな声で言う。


「ピアノでたららんってして、ラララってうたうの!」

「はっぴばーすでーつーゆー?」


 首を傾けながら歌ったみさき。

 ゆいはブーと言って腕でバッテンを作る。


「とぅーゆー!」

「つーゆー?」

「とぅー! ゆー!」

「つー、ゆー?」

「ちがう! とぅー、ゆー、あなたに!」

「……ん?」

「えいご!」


 すまないが英語はさっぱりなんだ。

 おいおい現代社会でそいつはヤバいんじゃねぇの?


 そんな感じのやりとりをして、


「みさきだけのうたをうたったら、きっとよろこびます!」

「だけ?」

「オリジナルです!」

「オォォォリジナルゥゥゥゥゥ!?」


 あれ、いまのみさき?

 ちがうよ?


 二人はお互いの顔を見てパチパチ瞬きした後、ほぼ同時に横を向いた。そこには、キラキラした目で二人を見ている女の子が居た。女の子はゆいと目が合うと、二つに分けた長い髪を揺らしてピョンと立ち上がる。


「いまオリジナルっていった!? いったった!?」

「……う、うん。いった」


 意外にも人見知りするタイプのゆいは、小さな声で言ってチラとみさきに助けを求めるような視線を送った。しかし直後に女の子に肩を掴まれ、救助要請を強制的に中断させられてしまう。


「つくれるの!?」

「……つ、つくります」

「すごーい! すごいすごいすごい!」


 ゆいの肩を掴んでピョンピョン跳びはねる女の子と一緒に、みさきの顔も上下に動く。みさきは女の子の顔をじーっと見たまま、いつもの調子で言った。


「るみちゃん?」

「るみみん☆ るみるみだよ♪」


 ピースして応じる瑠海。

 なんとなくマネをするみさき。

 

 自分と同じポーズをしたみさきを見て、瑠海は「まぁ!」と表情を輝かせる。

 早速ファンが出来てしまったのら!


「みさき?」

「……ん」


 小学校で出来た最初のファンの名前を確認した瑠海。次にゆいの方を見て、んーと眉を寄せる。


「なんだっけ?」

「……ゆい」

「ゆい!」

「はい!」


 大きな声で名前を呼ばれて反射的に返事をしてしまったゆい。その目をじーっと見ながら、瑠海は言う。


「けいやくしよ!」

「……むむむ?」

「けいやく! わたしにもおしえて!」

「……うた?」

「そう! オリジナル!」


 瑠海は一歩後ろに下がると、パンと両手を合わせてキラキラした目で上を向いた。


「しょうがくせいがオリジナルのきょくでうたっておどる……わだいせいバッチリね! るみるみ、メジャーデビューしちゃう!?」


 その言葉を聞いて、ゆいはカッと両目を見開いた。


「メジャー(野球すごいとこ)……デビュー?」

「そう!」

「すごーい!」


 直前までの緊張なんて忘れて、互いに手を取ってピョンピョンくるくるする二人。


 音楽って野球に通ずるのね! と、ゆい。

 またアイドルに一歩近づいてしまったわ! と、瑠海。


 二人の考えていることは決して同じではないけれど、今ここに、新たな友情が生まれようとしていた。

 そんな素晴らしき始まりの瞬間を間近で見ながら、みさきはぼんやりと思う。


 なんか、すごそう。


 二人があれだけ喜んでいるのだから、きっとりょーくんも喜ぶに違いない。よし、頑張ってオリジナルの歌を作るぞ! 


「メジャー! メジャー!」

「るみみぃ~ん☆」


 良く分からない事を言いながらクルクル回り続ける二人のことを、みさきは先生が戻って来るまでじーっと見ていた。果たして岡本が戻った後、回り過ぎて青い顔になった二人が仲良くトイレに向かったことについては、割愛しておこう。

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