第86話 みさきがいない日々

 十一月一日。

 朝起きたらみさきの姿が無かった。まさか一人で外に出たのかと思い、街中を走り回る。体中の水分を失ったところで理由を思い出し、とぼとぼ家に帰って不貞寝した。


 十一月二日。

 朝起きたらみさきの姿が無かった。まさか一人でトイレに行ったのかと思い公園まで全力疾走したところで全てを思い出し、水道の蛇口からビュービュー飛び出る水で頭を冷やした。


 十一月三日。

 牛丼屋へ行った。一人なのに子供用の椅子を要求して店員に笑われた。思わず胸倉を掴んで「みさきが見えねぇのかよ!?」と叫ぼうと思ったが、俺にもみさきが見えなかった。そこで全てを思い出し、家に帰って不貞寝した。もうあの店には行けない。


 十一月四日。

 何もやる気がしなくて引きこもっていたら小日向さんに慰められた。ちょっと元気が出た。


 十一月五日。

 久々に仕事場へ向かった。怒鳴られるかと思ったが、ロリコンは俺を見ると心配そうな表情を浮かべ、理由を話すと一緒に泣いてくれた。初めて良い奴だと思った。


 十一月六日。

 サボった分を取り戻せるくらい気合を入れて仕事をしようと思ったが、ふとみさきの親ではなくなった事を思い出した。そもそも法的にも血縁的にもみさきとは赤の他人だったのだが、それをハッキリと自覚した。世界が灰色になった。


 十一月七日。

 みさきの名前を呟きながら仕事をしていたら、昼には家に帰された。


 十一月三十日。

 十一月が終わる。みさきに会いたい。


 十二月一日。

 十二月になった。みさきに会いたい。つらい


 十二月二日。

 みさきが帰ってきた夢を見た。みさきの声を聞いた。幻聴だった。みさきの姿を見た。幻覚だっった。部屋からみさきの匂いがしなくなった。


 十二月三日。

 みさきに会いたい。もう無理だ、限界だ。みさき、この三文字を見ると妙に心が落ち着いた。みさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさきみさき……朝になった。


 十二月四日。

 なんだか体調が悪いと思ったら、暫く何も食べていないことに気が付いた。


 十二月五日。

 どうやら何日か前に父母の会が開催されたらしい。戸崎結衣が欠席するなら連絡しろと伝えに来た。しかし俺の姿を見ると態度を変え、何故か悩み相談をされた。


 十二月六日。

 体が軽い。


 一月十四日。

 あと一ヶ月。


 二月十日。

 みさきの誕生日プレゼントを買った。小日向さんに自慢したら、彼女も一緒に誕生日会に来てくれることになった。


 二月十四日。

 

 みさきの嬉しそうな顔が目に残っている。みさきの声が耳に残っている。みさきの匂いが鼻に残っている。みさきの柔らかい感触が膝の上に残っている。口に生クリームを付けたみさきが可愛かった。とって、って言ったみさきが可愛かった。たべさせて、って言ったみさきが可愛かった。おいしい、って言ったみさきが可愛かった。何もしてなくても可愛かった。帰る時は身が引き裂かれるかのように辛かった。帰り道は小日向さんに慰められた。


 二月十五日。

 ロリコンにみさきの話をした。あいつの羨ましそうな顔が忘れられない。


 二月十六日。

 小日向さんとみさきの話をした。朝まで付き合ってくれた小日向さんには頭が上がらない。


 二月十七日。

 少し冷静になった。小日向さんに昨日のことを謝罪したら、笑って許してくれた。


 二月二十日。

 かなり冷静になった。よく考えたら、保育園に行くとか、あいつの家を訪ねるとか、みさきと会う方法はいくらでもあった。そもそも戸崎結衣の家は裏にある大きなマンションだった。俺から日光だけでなくみさきまで盗みやがったマンションは絶対に許さない。


 二月二十一日。

 ふと戸崎結衣の無駄に豪華な部屋を思い出した。あれ、みさきってこの部屋に住んでるよりあそこに住んでた方が良くね?


 二月二十二日。

 貯金を始めた。ロリコンの会社が歩合制だったことを思い出し、その話をしたら片腹痛いと罵られた。みさきの写真一枚で交渉成立した。


 二月二十三日。

 カメラを買った。一カ月後が楽しみだ。


 二月二十四日。

 深夜、戸崎結衣が部屋に訪れた。また父母の会をすっぽかしたことを怒られた。そのあと部屋について小一時間くらい説教された。今は必死に金を貯めていることを伝えたら、一億円貯まったらきちんと報告しろと言われた。冗談だと信じたうえで、相応のお礼はしよう。具体的なことは保留。


 二月二十五日。

 小日向さんの様子がおかしかった。


 三月一日。

 なんとなく兄貴の店へ行った。なぜか小日向さんの話ばかりされた。


 三月十日。

 もう少しでみさきが帰って来る。やばい、まだ金が貯まってない。


 三月十五日。

 部屋の改造計画を小日向さんと話し合った。壁紙や絨毯など様々な案が出たが、最終的に引っ越した方が良いという結論になった。やはり電気もガスも水道も無いのは有り得ない。


 三月十六日。

 憎きマンションを引っ越し先として検討したが、どうやらあのマンションは分譲マンションだったらしい。己の無力さを知った。


 三月十七日。

 兄貴に相談したらシェアハウスを勧められた。みさきとの二人暮らし以外は有り得ない。


 三月十八日。

 引っ越しは保留。どうせなら金を貯めて良い所に住もう。みさき、情けないりょーくんを許してくれ。


 三月三十一日。

 明日みさきが帰って来る。長かった、本当に長かった。


 四月一日。

 五十九、六十! はい四月! みさきは!? まだか!? ……なんだよ今日って言ったじゃねぇかよ! 今日って言ったらレー時レー分レー秒じゃねぇのかよ!? チクショウ騙しやがって! あの女絶対に許さねぇ!




 そして――午前七時五十二分。俺は部屋の外に人の気配を感じて、ドアを開いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る