第71話 またまた父母の会に参加した日(序)
いろいろあった八月も終わり、いつのまにか蝉の声も聞こえなくなった。
今回の父母の会も予定より早い時間に公民館に着いた俺は、同じく早い時間に来ていたてっちゃんと二人で椅子と机を用意した後、外に出て戸崎結衣が現れるのを待っていた。
……あいつ来るよな?
戸崎結衣とは、あれ以来は一度も会っていない。今思えば、もっと上手くやれたんじゃないかとか、あいつ何で突然キレたんだよとか、あの後どうなったんだろうとか……まぁいろいろあるが、過ぎたことを考えても仕方ない。過ぎた事は考えない。それが人生を上手く生きるコツだ。だからゆいちゃんが本当にみさきに報告しちゃった過去についても考えない。ショックで飯が食えなくなる。
……そろそろだな。
駐車場の中央にある時計が、予定された時刻まで残り五分になったことを告げた。佐藤達は相変わらずだが、若いママさん達はとっくに顔を見せている。しかし戸崎結衣の姿は未だ見ていない。
もしかして来ないのか? そう思った時、一台のタクシーが駐車場の出入口の前に止まった。
俺は緩みそうな頬を引き締めて、タクシーから現れた友人に近付く。彼女は今日もスーツを着ていた。まさかとは思うが、直前まで仕事をしていたのだろうか。
「久しぶりだな、来ねぇかと思った」
返事は無い。彼女は一歩も動かず、なんとも言えない表情で俺の事を見ていた。
……そりゃ、あんな会話をした後だからな。
「気に「話しかけないでください」……するな」
気にするな。その後にも言葉は続く予定だったのだが、あまりにも鋭い声で遮られて文字通り言葉を失った。唖然とする俺の目をキッと睨んで、彼女は言う。
「あなたのことが嫌いです」
その後すたすた歩いて、俺の隣を通り抜けた。
俺は少し遅れて振り返る。
彼女は真っ直ぐ公民館の出入口まで歩き、そこで足を止めた。
「他の方々はどこですか?」
とても嫌そうな声で、目も合わせずに言った。
なんだか理不尽な気がするけれど、怒る理由も分からなくはない。
「もう会議室に入ってる」
返事をすると、彼女は返事もしないで公民館の中に入った。
やれやれと息を吐いて、その背中を追いかける。
「何してんだ?」
彼女は入り口の自動ドアを抜けて直ぐの所で立ち止まっていた。
隣に立って声をかけると、そっぽを向かれた。話しかけるなということらしい。
……すっげぇ嫌われてんな。
それはそうと、なんだか子供みたいな反応に思えて微笑ましい。
「うるさいです」
「……何も言ってねぇよ」
……タイミング完璧過ぎて背筋凍ったぜ。こいつ本当にエスパーなんじゃねぇの?
そんなことを思いながら会議室に向かうと、彼女は俺の後にピッタリついてきた。
振り返って、なんのつもりだと目で問う。彼女はさっと目を逸らした。
「……」
再び歩き出すと、またピッタリ後についてきた。
……ああ、なるほど。場所が分からなかったんだな。
やはり微笑ましくて、思わず頬を緩めた瞬間、
「黙って歩いてください」
だから何で分かるんだよ!? 背中しか見えてないだろ!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます