第60話 試験を受けた日

 八月一日。

 今日は給料日だ。


 ほんの数日前にみさきと祭りをエンジョイしたばかりの俺だが、実はその裏で必死に勉強していた。なぜなら今日、試験があるからだ。


 目標点数は八十点。下回ればクビ。

 

 俺はみさきと約束した――


 祭り、楽しかったな。

 ……ん。

 来年も行くか?

 いく。


 来年も二人で祭りに行く! その為に、なんとしても職を失うわけにはいかない!


「まぁ簡単な試験だから、そう硬くならないでくれ。一応制限時間は十七時までな。たっぷりあるから、のんびりやってくれ。じゃあ僕達は仕事してるから」


 そうして受け取ったのは、A4の紙が三枚だ。どれも両面に問題が記されている。


 この職場で俺に与えられた机は、床に置いてある小さな卓袱台だ。ほかの三人が椅子に座ってデカいパソコンをカタカタ弄る傍ら、俺は卓袱台に小さなノートパソコンを置いてカタカタ勉強する。そんな毎日。


 軽く呼吸を整えて、ノートパソコンを開いた。こいつは俺と共に半年間頑張って来た相棒だ。こいつと一緒なら、どんな試練だって乗り越えられる!


 さぁ来い!


 ペラ。

 第一問。次に示された百の標本は、とある小学校で行われた実力テストの結果から一部を抜き取った物である。これをテキストファイルに打ち込み、平均点、中央値および各標本の偏差値をプログラムによって示せ。


 まずは小手調べか。確か中央値と偏差値を求める関数は四月に作ったプログラムのどっかにあるから、それを持ってくるだけだ。材料は全部揃ってるから、問題は何を持って示したとするか……普通に表示してくだけでいいか。他にも十問以上あるし、こんなことに時間をかけたくない。


 第二問。第一問のデータについて、五十未満を負、五十以上を正とした時、これを正弦波に変換する事が可能である。その方法を模索し、プログラムによって最も適切な正弦波を生成せよ。


 なるほど。なんだかデータが波打ってると思ったらそういうことだったのか。振幅も周波数も、なんとなくデータを打ち込んでる時から見えてた。これは直ぐ終わるな。


 第三問。第二問で生成した正弦波を視覚的に確認したい。その為のプログラムを作れ。


 これも簡単だな。あのロリコンが作ったライブラリに、画面に点を打ち込む機能があった。それを使いやすいようにしたものが六月くらいに作ったフォルダに残ってるはずだ。


 第四問、第五問――




 龍誠がテストを解いている間、他の三人は仕事をしていると見せかけて、チャットで会話していた。


拓斗「今のところ順調みたいだね」

優斗「当然だ。誰が教えてきたと思ってる」

拓斗「そこについては感動してる。よく心が折れなかったよね、天童くん」

優斗「何を言う、幼女を相手にするかのように親切な教え方をしていたであろう」

拓斗「 \(^o^)/ 」

優斗「 (#^ω^)ビキビキ」


彩斗「なんにせよ、心に余裕があるところは評価できるね」

優斗「そうだな。彩斗と違って」

彩斗「やだな、僕は常に心に余裕を持って生きているじゃないか」

拓斗「そう思うんならそうなんだろうね」

優斗「お前の中ではな」

彩斗「あはっ、二人とも仕事につまってイライラしているのかい?」

拓斗「 (#^ω^)ビキビキ 」

優斗「 (#^ω^)ビキビキ 」

彩斗「 ((´゛゜'ω゜')): ピクピク 」


拓斗「お、二枚目に突入したね」

彩斗「思ったよりも早いね」

優斗「ふっ、機械学習だって教師が優秀なほど良い効果が出るだろ? そういうことだよ」

彩斗「そう思うんなら」

拓斗「そうなんだろうね」

優斗「僕の中ではな、って違うから! 事実だから!」

拓斗「でも普通の人はポキって折れると思うよ」

彩斗「実際、大学時代も優斗に着いて来られる人って少なかったよね。僕は心に余裕があったから大丈夫だったけど」

優斗「それはあいつらがクズだっただけだから! 僕に非は無いから!」

拓斗「気持ちは分かるけど、穏便にね」

彩斗「そう、心に余裕を持ち続けよう」


優斗「プログラミングが出来る人と出来ない人の違いってなんなんだろうな」

拓斗「唐突だね」

優斗「ふと疑問に思ったんだよ。出来ない人が居るから、僕が数時間で終わらせられる仕事に何十万っていうお金を払う人が居るわけで……社内で一人くらい教育しろよって思っちゃうんだよね」

拓斗「その教育が出来ないから、僕達に仕事が回って来るんだろうね」

彩斗「マジレスすると、基本的にリア充って下半身で物事を考えるでしょ? でもプログラムはしっかり頭を使わないと出来ないから、脳筋どもには手も足も出ないんだよきっと」

拓斗「そういうのは心の中に閉まっとこうね、彩斗」


優斗「これ金にならないかな? 僕が講習会とか開いて……」

彩斗「止めといた方がいいよ」

拓斗「やめとこ」

優斗「 (#^ω^)ビキビキ 」


拓斗「そういえば、天童くんとは中学が同じなんだっけ?」

優斗「ああ、そうだ」

拓斗「当時の二人はどんな関係だったの?」

優斗「想像に任せるよ」

彩斗「 ┌(┌^o^)┐ホモォ 」

優斗「違うから! それは絶対に無いから!」




 ――第十五問、完成した音声を限界まで増幅し、再生せよ。


 ようやく最終問題だ。まさかテストの点数がここまで形を変えるとは思わなかった。

 パソコン画面の右下に表示された時計を見ると、ちょうど十六時になったところ。なんとか時間内に終われそうだ。


 さておき、この四ヶ月がむしゃらに勉強してきたが、こうやって自分の得た知識を使って実際に何かを作るってのは、なんだか不思議な気持ちになる。


 意味不明だった数学とか、謎の専門用語とか……学校に行っていた頃は数学なんて何に使うのか全く分からなかったが、こうして実際に使ってみると感動すら覚える。なにより、成長を実感出来て楽しい。


 ……みさき、今日は少し美味い物を食わせてやるからな。


 心の中で呟いて、完成したプログラムを実行する。


『ごうかくだよ、おつかれ、おにいちゃん』


 ……なんだこの、微妙な脱力感。


「お疲れ。言った通り簡単なテストだっただろ? 天童龍誠」


 椅子をくるりと回したロリコン。いや、簡単かって問われると大分怪しいぞ……。


『すごいすごい。本当に終わるとは思わなかったよ』

「お疲れ様。最後まで心に余裕を持っていて、良かったと思うよ」


 ……なんか、嬉しいはずなのに素直に喜べないのは何故だろう。

 こいつらが変態だからか?


「どうだ天童龍誠。小学生のテストの点数で萌えキュンボイスを作った感想は」

「感想……すごかった?」

「なんだその小並感。とにかく第一段階攻略おめでとう。ほれ、そこの封筒持ってみさきちゃんに何か買ってやれよ、天童龍誠」


 第一段階? まだ勉強は終わらねぇってことか……上等だ。


「最初からみさきに美味い物を食わせてやる予定だ。というわけで先に上がるよ、またな」

「あぁ、お疲れ」

『お疲れ様』

「また明日」




 部屋を出て、家を出て、少し歩いて……そこで俺は拳を握りしめた。

 着実に前に進んでいる感覚がある。少し前の俺は自分が努力しているなんて恥ずかしくて口に出来なかったが、今の俺なら、みさきに胸を張って、りょーくん頑張ってるよって言えるような気がする。


 当たり前のことしかしていないはずなのに、こうも自信が満ちて来るのは何故なのだろう。


「……当たり前、か」


 少し前の俺は当たり前の事すら出来なかった。

 それを変えてくれたのはみさきだ。

 みさきの為なら、俺は何だって出来る。

 それくらい、みさきのことが大切で、大好きだ。


 俺とみさきに血の繋がりは無い。だけどきっと、これが子を持つ親が当然のように持っている感情なのだ。あれだけ子に無関心に見えた俺の母親ですら、俺の事を覚えていたくらいなのだから。


 では、ゆいちゃんの母親は?


 あの不審者が、とかいう話はさておき、彼女も娘を大切にしていた。あの花火の下でゆいちゃんに向けていた笑顔には、きっと偽りなんて無い。


 それなのに、娘より仕事を優先する理由ってなんだ?


「……わかんねぇ」


 俺はこの四ヶ月で、いろんな親にあった。

 みんな子供が大好きなのは伝わって来た。

 だけど――


 子供のいない所で愚痴を言う親。

 甘える子供をすげなく扱う親。

 子供と何処か距離のある親。

 大切な子供よりも、仕事を優先する親。


 いったい何が正しくて、何が間違いなのだろう。


「ほんと、さっぱり分からん」


 とりあえず、みさきと食べる飯について考えよう。

 寿司は山葵にトラウマみたいなのが出来ちまったみたいだし、ケーキ単体だと晩飯って感じじゃないし……一回くらいは兄貴の店に連れてってみっか? でもあの店は営業時間が……。


 よし、小日向さんに相談しよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る