第17話 お祈りされた日

「えー、最終学歴は中学校、職歴は空白ですが……この8年間は何をなさっていたので?」


「君ね、ずっとバイトしてればいいんじゃないかな?」


「弊社には合わないとお考えになりませんでしたか?」


「あなた、ホストとか向いてるんじゃない?」


「あのね、近所に工場あったでしょ? 君、あそこなら働けるんじゃない?」


「パソコンを扱える人を募集しておりまして……」


「なぜ何社も面接を受けることになるのか、一度考え直してみては如何ですか?」


「君さ、根性がどうとか、社会舐めすぎなんじゃない?」


「では面接を終了します。後日結果を郵送しますので、ご確認ください」


 この度は弊社面接をお受けいただき――

 慎重に検討しましたが、今回はご希望にそえない結果と――

 今後の益々のご活躍をお祈り申し上げます――


 ……

 …………

 ………………


 おかしい、日本は宗教が盛んな国じゃなかったはずだ。なのにどうしてどいつもこいつもお祈りしやがるんだ? 神か、俺は神なのか?


「みさき、どうやら俺は神だったらしい」

「……ん?」


 漢字ドリル(4年生)から顔を上げたみさき。

 今日は日曜日、精神的に疲れ切った俺は自宅でゴロゴロする事にした。


 やっぱ、いきなり就職ってのは無謀だったか? 短期の次は長期ってのが無難なんだろうが、それじゃ今と同じアルバイターだ。どっかの面接官が言っていたように工場でなら働き口もあるだろうが……


 みさきに目を向ける。今日も楽しそうに漢字ドリルを攻略しているみさき。使っているのは、いつの間にか高学年向けのもの。


 みさきがせっせと成長している間、俺は面接で祭り上げられただけ……情けねぇ。


 どうにか胸を張れるような職を手に入れたいところだが、この世の中は、サボってた奴が急に成り上がれるようには出来ていない。


 せめてチャンスがあれば……なんて、そのチャンスでさえ頑張ってる奴にだけ与えられるものだ。


「……はぁ、どうしたもんかねぇ」

「どうする?」


 ほんと、どうすりゃいいんだろうな。

 こんなことなら仕事が見つかるまで兄貴のとこで……いやいや、根性足りねぇぞ俺。まだ諦めんには早すぎるだろうが。


「……つっても、受かる気しねぇよ、ほんと」

「……ん?」


 待て待て、何してんだ俺。

 みさきに聞かれてんだろうが。


「わりぃな、何でもない」

「……んん?」


 不思議そうな顔をしたみさき。しっしと手を振ると、うんと頷いて勉強を再開した。熱心なものだ。


 ……勉強か。俺も何か資格とか取れば……でも資格ってなんだ、何を取ればいい?


 そうだ、こういう時は逆に考えよう。俺に出来ることから連想していくんだ。


 みさき検定。

「ん?」と「んん?」の違いは覚えた。あとは腹が減ってる時の雰囲気も分かる。これなら4級くらいは取れるだろうか。……待て待て何処に就職するつもりだ。真面目に考えろ、俺。


 とは言っても、俺が他人より優れていることなんてケンカくらいしか……格闘技? いやいや、格闘技なんて始めちまったら、みさきと居る時間が減るだろうが。トレーニングに休日なんてねぇんだぞ。


 時間。

 そうだ、これが仕事を選ぶうえで重要な条件だ。みさきを送り迎えして、しかも土日は休みで、肉体労働以外で俺に出来る仕事――

 

 ねぇよ、そんな仕事。

 そこまで世の中舐めてねぇっつうの。


 まったく、ほんとにどうしたもんかねぇ……。


「……」

「……」


 なんとなくみさきを見たら、ばっちり目が合った。

 みさきはコクリと頷いて立ち上がる。とことこ歩いて手提げバッグを持ち上げると、俺の隣に来て「ん」と鼻を鳴らした。


 ……なんだ、どういう意味だ?

 お出かけしようみたいな雰囲気出しやがって……そんな予定あったか? あ、窓の外が暗いっていうか、もう夜じゃねぇか!?


「風呂だな、分かった。直ぐ行こう」

「……ん」




 というわけで銭湯に来た。

 何時の間にか見知った顔も増えたが、挨拶などはしない。顔見知りの他人が増えていくのは、なんだか変な感覚だ。


 さておき、今日も今日とて更衣室に着いたみさきはバンザイをする。お手上げ状態なのは俺の方だよと思いながら服を脱がして、すっかり定位置となった最奥のシャワーまで歩いた。

 

 みさきは綺麗好き。というか、お風呂好き?

 髪や体を洗ってやると明らかに機嫌が良くなる。そんなみさきを見るのは好きなので、今だけは就活のことを忘れて手を動かそうと思った。


「キタァァァァァァ――――っ!!」


 うわぁ、なんかキチガイが来てるらしいな。日曜だからか?

 

 うんざりしながらも、怖いもの見たさで目を向ける。すると、直ぐ隣に変な男が居た。跪いて、両手を擦りながら何か言っている。


「あぁ、神様仏様幼女様、ありがとうございます。疲れ切ったわたくしめにご褒美を与えてくださったこと、心から感謝致します」


 なんだこいつ、お祈りしてやがる。

 お祈りというか、みさきを拝んでやがる。


「……はぁ、はぁ、これで明日からも頑張れる。納期にも間に合う……くぅぅ、やっぱり幼女は最高だぜ」


 なるほど。

 こいつ変態だ。


「みさき、ちょっと目を瞑ってろ」

「……ん?」

「いいから、な」

「……ん」


 まったく、いい度胸だよほんと。

 何処の誰だか知らねぇが、みさきの裸を見て興奮するとか、命が惜しくねぇようだな。みさきが魅力的なのは分かるが、まだ5歳だぞ?


 とにかく、こいつは絶対に許さない。

 俺は無防備な変態に回し蹴りを喰らわせた。変態は見事に吹き飛んで、湯船に沈む。


「……あっ、やべ」


 立派な暴力事件である。

 もしも相手がヤベェ奴だったら――つうか生きてるよな? 病院送りとかやめてくれよ……?


「ぶはぁっ! 父上様! 何卒ご容赦を!」


 ピンピンしてやがる……心配して損したか。

 スッゲェ罵ってやりたいが、みさきに聞かれるわけにはいかない。


「まだ目を開けるなよ」

「……ん」


 みさきに言った後、変態の耳に顔を寄せた。それからみさきが目を開けていないか確認しつつ、小さな声で耳打ちする。


「……遺言はあるか?」

「すみません、疲れてて、つい、理性が……」

「……知らねぇよテメェの都合なんて」

「すみません、二度としないんで、なにとぞ」

「……今した事が問題なんだよクソ野郎」

「ごめんなさい! 勘弁してください! 許して!」

「大声を出すな……っ」


 慌ててみさきの方を確認する。流石に目が合った。

 やべぇ、と慌てる俺を置いて、みさきは見るからに不機嫌な表情になる。


「りょーくん、いじめ、だめ」

「……」


 なんてこった、みさきに怒られちまった。


「いや、いじめてるわけじゃなくてだな、こいつは……」


 こいつは変態で、みさきを見て興奮していた……どう説明すればいいんだ?


 無理だよ無理無理。そんな、子供ってどうやったら出来るの? みたいな説明は無理だ! みさきにはまだ早すぎる! 


「……ほら、なんかフォローしやがれ」

「…………」


 なんだこいつ、金魚みたいに口をぱくぱくしやがって。俺の顔に何か付いてんのか?


「りょーくんって、おまえまさか……天童龍誠か?」

「あ? なんで俺の名前、しかもフルネームで」


 こんな知り合い居たか?

 声がデカくて丸っこい顔で……丸いのは髪が濡れてるせいか? とにかく、こんなヤツ知らねぇぞ俺。


「……ははは、だよな。覚えてないよな」


 なに笑ってんだこいつ、まさか頭を蹴ったせいでおかしくなっちまったか? 冗談じゃねぇ、慰謝料とか払う余裕ねぇぞ。


 戦々恐々とする俺を他所に、変態はふらふらと立ち上がって、どこか晴れ晴れとした笑みを浮かべた。


和崎わざき優斗ゆうとだ。クラスメイトの顔くらい覚えとけよ、天童龍誠」


 変態は堂々とした声で言って、やけに真っ直ぐな瞳に俺の姿を映した。だが数秒後、その目が妙な動きをする。そこには、みさきの姿が映っていた。


「……」

「……」


 俺に睨まれていることに気付かないまま、変態は一筋の鼻血を流した。驚きと怒りと呆れが混ざりあって、もうどうしたらいいのか分からない。


 ただ、ひとつだけ確かな事がある。

 この出会いをきっかけに、俺の止まっていた時間が動き始めたんだ。


 そんなこと知る由も無い俺は、ひとまず変態の生命活動を止める為に動き始めた。


 法律?

 常識?


 しらねぇよ。

 みさきが最優先だ。


「ちょっ、待って、ごめんっ! 悪かった、ほんと、マジで謝るから! アァァァァ――――ッ!!」




「反省してます。二度としません。許してください」


 数分後。みさきと俺と変態は、それぞれ服に着替えて休憩所で座っていた。


 俺は椅子に。

 みさきは俺の隣に。

 変態は床に。


 個人的には変態を殴り足りないのだが、みさきの見ているところで肉体言語は使えない。風呂場はいい感じに湯気が出ていたからごまかせたが……やはり出るべきではなかったか? ……いい、今は忘れよう。


「で、おまえ誰?」

「クラスメイトって言っただろ、天童龍誠」


 なぜフルネーム。あと謝ってたのは上辺だけかよ。態度でかいなこいつ。


「……おともだち?」

「断じて違う」


 即座に否定すると、みさきは難しそうな顔をして首を傾けた。


「即答すんなよ、事実でも少し傷付くんだから……」


 変態は深い溜息を吐いて、


「やれやれ。成人式にも顔を見せないから、てっきり死んだのかと思ってたけど……」

「勝手に殺すな変態」

「せめてロリコンって呼んで!」


 それでいいのかよ。


「おいロリコン」

「なんだよ」

罵ったよんだだけだ」

「やめろ気持ち悪い! お前は僕の事が気になる女子か!」

「……おともだち?」

「断じて違う」


 なんだこの、友達と接しているかのような態度。お前のことなんて知らねぇよ。逆にどうして俺のことを覚えてるんだよ気持ち悪い。


「とりあえずテメェの立場を思い出せよロリコン」

「ぐっ、うやむやにする作戦が……」

「なんか言ったか?」

「反省してます!」


 やっすい土下座だなホント。


「あの、マジで今はヤバイので……このタイミングで警察のお世話になっちゃうと、納期に間に合わないというか、ほんと、勘弁してください。お願いします」


 ついに泣きが入った。ふざけてるのか真面目なのか判断に困る態度だ。


 ……そういや最初にも納期とか言ってたな。俺の元クラスメイトってことは、23歳だから、普通なら社会人か。


 良い言葉がある。

 この世界はコネが全てだ。


「まぁ、俺も鬼じゃない。条件によっては不問にしてやろう」

「マジっすか!?」

「俺に仕事を紹介してくれ」

「……」


 マジっすか!? の顔をしたまま硬直したロリコン。なんだこの反応、すげぇ腹立つ。


「……仕事、探してんの?」

「ああ、探してる」

「いつから?」

「わりと前」

「今ニート?」

「フリーターだ」


 あからさまに目を泳がせるロリコン。


「片っ端から面接を受ければ、そのうち……」

「みさき、りょーくんちょっと電話してくるよ」

「待って待って待って!」


 ゆっくりと腰を浮かした俺の脚に飛び付いたロリコン。あまりに反応が早過ぎてちょっと驚いたぞこの野郎。


「悪かった、僕が悪かったから! だけど、えっと、仕事は紹介出来ないけど、チャンスなら与えられるっていうか、それでどう!?」

「チャンス?」

「そうっ、もし天童龍誠がテストに合格したら、うちで雇うよ!」

「は? おまえ会社もってんの?」

「二年前くらいに大学を中退して起業して……」

「やだよ、そんな胡散臭い会社。直ぐ潰れそう」

「潰れないから! 順調に年商伸びてるから!」

「どうせ赤字なんだろ」

「初年度から黒字! 借金もゼロのクリーンな会社だ!」


 ほう、少しだけ興味があるかもしれない。


「何をしている会社なんだ」

「非効率的な世界を更生しつつ、憎き肉体労働者ドキュン達から仕事を奪い、果てには二次元と三次元の境界を消失させることを目的とした会社だ」

「ふざけてんのか?」

「大真面目だよ!」

「なら一般人にも分かるように言え」

「これだから脳筋は……」

「あ?」

「パソコンをカタカタするお仕事です!」


 最初からそう言えよ……パソコンか。


「テストって何をすればいいんだ?」

「……天童龍誠は、プログラミングとか出来る人?」

「専門外だ」

「なら、これから独学で勉強して、自力で何か作ってくれ……そうだな、将棋とかがベターだけど、あんなのググレばソースがあるからな……人生ゲーム、そうだ、これにしよう」


 まさか今考えてんのか?

 やっぱ胡散臭い会社なんじゃね? 大丈夫か?


「決めた。天童龍誠、一週間後の同じ時間に、僕はここに来る。その時、完成した人生ゲームのソースを渡してくれ。それが出来れば合格だ」


 一週間でプログラミングを習得して、ついでに人生ゲームを作れ……。


「話は分かった。だが、プログラミングってどうやるんだ? そもそも俺はパソコンを持ってねぇぞ」

「……マジ?」

「マジだ」


 信じられない物を見たような顔で硬直するロリコン。


 ふとみさきの方を見ると、難しい話だったのか瞼が重そうだった。話の内容はともかく、子供が怯えてもおかしくないくらい騒いでいた気がするのだが……流石みさき、動じない。


 さておき、この後も閉館ギリギリまで騒いだ俺とロリコン。俺は交渉の末、ロリコンが持っていたノートパソコンと教本『猿でも分かるC言語』を受け取った。


 約束の日まで一週間。また、一週間だ。どうにも変な縁を感じてしまう。


 プログラミングなんて全く分からないが、どうせ他にやることもない。


 やってやる。

 待ち望んでいたチャンスだ。多少胡散臭い条件だろうと構わない。


 ……それに、何かしないと、みさきに置いていかれちまうからな。

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