無理ゲーみたいな異世界ですけど、壇ノ浦流弓術でどうにかなりますか? ~即死チート外伝~

藤孝剛志

第1話 極楽天福良1

 入学式を終え、講堂を出た極楽天ごくらくてん福良ふくらは森の中にいた。

 直前まで前を歩いていた新入生たちの姿はなく、校舎へと続く渡り廊下も見当たらない。

 後ろにあるのも森であり、先ほどまで学園長がありがたいお話をしていた講堂は影も形も存在していなかった。

 わけがわからない。

 だが、福良はわけがわからないなりに冷静だった。

 生きていれば突拍子もない不思議な出来事に遭遇することもある。祖父はよくそう言っていたので、これがそんな出来事かと腑に落ちてしまったのだ。

 福良は足下にあった石を拾い上げた。

 不測の事態に遭遇したなら、まずは武器を入手する。とりあえずは手で持てて硬ければなんでもいい。それが福良が学んでいる古武術、壇ノ浦流の教えだ。

 数個の石を手にした福良はあたりを見回した。

 穏やかで、平坦で、明るい森だ。木々はまばらで、足下には花が咲き誇っている。福良にはまるで見覚えのない光景だ。

 どうしたものかと思ったところで微かな音が聞こえた。

 木を回り込み、音がした方へと行くと、そこにあったのは惨状だった。

 人が倒れていて、そこに獣が覆い被さっているのだ。獣は腹に顔を突き入れて、咀嚼音を立てている。地面を濡らす血液の量からすると、襲われた人が生きているようには見えなかった。

 獣は、福良が見たこともないような生き物だ。

 強いて言うのなら、一番似ているのは猿だろう。皮膚は緑色で体毛はない。手の先は刃物のような長大な爪が生えていて物は持ちにくそうだった。

 獣が顔を上げた。逆三角形の頭部と両端にある巨大な目が蟷螂を思わせた。

 獣が動きを止めた。

 獣にとってもこの状況は想定外のようだ。そして、動き出したのは福良が一瞬早かった。

 福良は獣を視界に捉えたまま、背後へと走り出したのだ。

 壇ノ浦流弓術、背走り。壇ノ浦流で最初に教わった歩法だ。

 獣が、福良めがけて駆け出した。初動に差こそあれ、このままではすぐに追いつかれる。だが、福良もただ逃げるつもりはなかった。

 福良は急停止し、大きく広げた両腕を前方へ交差させたのだ。

 壇ノ浦流弓術、裏燕うらつばめ

 急停止の反動で礫を放つ技だ。放たれた石は獣の両目に命中した。

 獣が足をつんのめらせて倒れた。このまま逃げることは可能かもしれない。だが、止めを刺せるなら刺しておくのが壇ノ浦流だ。

 福良は拳ほどの大きさの石を拾い上げた。躍るように回転し、踏み込み、大きく腕を振り回して全力で石を投げる。

 壇ノ浦流弓術、迦楼羅かるら

 礫を放つまでの溜めが大きく長いため、使用状況が限られるが威力は絶大だ。石は命中し、獣の頭部が陥没した。どうやらそれほど頑丈でもないらしい。

 獣は動かなくなった。

 次の石を拾いつつ、福良は様子を見た。しばらく見ていたが、獣はぴくりとも動かない。とりあえずは危機を脱したようだと福良は安堵した。

 しかし、安堵はしつつもわけがわからないことには変わりがない。

 福良は、襲われていた人のところへと向かった。

 変わり果てた姿になっているが、女であることはかろうじてわかった。両手、両足首が切断されていて、首と腹が裂かれていて内臓が露出している。内臓は獣に噛みちぎられたのかひどい有様だった。

 服は血まみれだが、よく見てみれば福良と同じ制服だ。リボンタイが青色のようなので、彼女も九法宮学園の新入生なのだろう。


「何もしてあげられないですが……」


 福良は軽く手を合わせた。

 墓でも作れればいいのかもしれないが、穴を掘っている場合でもないだろう。血の臭いに惹かれて他の獣がやってくるかもしれない。

 福良は早々にその場を離れることにした。

 とはいえ、行くべき場所などわからないので適当に歩くだけだ。

 森の中を進んでいると、制服のポケットで何かが震えていることに気づいた。

 福良はポケットの中のものを取り出した。出てきたのは、学園から支給されたスマートフォンと、お腹が空いたら食べようと思っていた紙包みのチョコレートだった。

 震えていたのはスマートフォンで、真っ白な画面の中央に素っ気ないメッセージが表示されていた。


『九法宮学園へようこそ』


 福良が画面をタップをすると、表示が切り替わった。


『ステータスを設定してください』


 表示されたのはWi-Fiの設定でもアカウントの設定でもなく、RPGのステータス設定のような画面だった。

 なぜ学園支給のスマートフォンの起動画面がゲームの様なのかはさっぱりわからないが、この設定を終えなければスマートフォンの機能は使えないようだ。

 今の状況はさっぱりわからないが、スマートフォンが動くのなら何かしらわかることがあるかもしれない。福良はステータス設定をすることにした。

 パラメータは、体格、美貌、知力、感覚、魔力、幸運の六つで、初期値は全て1になっている。

 ボーナスポイントの項目があるので、各パラメータに割り振るのだろう。ボーナスポイントは29で、数値の横に再ロールボタンがある。ポイントが気に入らなければ変更できるようだ。

 福良は幸運に全てをつぎ込んだ。ここで悩むよりはさっさとスマートフォンを使えるようにした方がいいと思ったからだ。

 初期設定はそれで終わり、しばらくするとホーム画面が表示された。

 画面下部のドックには電話、メッセンジャー、カメラのアイコンが、ホーム画面上部には学生証、ステータス、装備、スキル、地図のアプリが並んでいる。

 福良はまず電話アプリを起動した。連絡が付けば問題が解決するかもしれないからだ。

 連絡帳には何も登録されていなかった。ダイヤルパッドで自宅と警察にかけてみたがどちらも呼び出し音が鳴り続けるだけだった。電波が届いていないのかとも思ったが、アンテナマークは良好を示している。

 メッセンジャーも確認してみたが、こちらにも連絡先は登録されていないし、メッセージは一件も届いていない。

 福良は次に地図アプリを起動した。

 ここがどこなのかわかるかもしれないと思ったからだが、表示されたのはほとんどが真っ白な画面だった。

 画面の中心に青色の矢印があり、その周囲に少し地形が描かれているだけなのだ。

 青い矢印は現在地だろう。茶色は地面で、緑は樹木らしく、周辺の様子と合致していた。他には方位を示す記号と、縮尺を示すスケールがあるぐらいだ。

 スマホを中心に半径十メートルほどの範囲が描写されているようだが、ここがどこなのかはまるでわからない。

 何かわかることはないかとよく見てみると、矢印の反対側、つまり福良の背後に赤い点が三つ表示されていた。

 福良は振り向いた。

 背中に透明な翅の生えた小さな女の子たちが宙に浮いていた。のんびりしていると言われがちな福良だが、さすがにこれには驚いた。

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