賢者の兄にありふれた魔術師と呼ばれ宮廷を追放されたけど、禁忌の冴眼を手に入れたので最強の冒険者となります

遥 かずら

第1話 ありふれた宮廷魔術師

 ラトアーニ大陸の西に位置するバルディン帝国。

 帝都ゴルトを見下ろす丘の上にあり、精巧に建てられた城が勢威を示す。


 城には国の防衛と魔物の討伐をする宮廷魔術師団が置かれている。

 宮廷魔術師はゴルトにある魔術学院を好成績で卒業し、皇帝から選任された者しかなれない。


 だが魔術学院での成績と態度が良く、皇帝への忠誠心が高ければ誰でも魔術師となることが出来ることから、近年の帝国における宮廷魔術師はありふれた存在として揶揄やゆされるようになった。

  

 魔術師の中には、少数ながら家系能力が元々優れていることで選任される者がいる。俺もそのうちの一人だが、やることは学院上がりの魔術師と変わらない。


 人によっては討伐隊長や帝国警衛長になれることもあるが、それでも皇帝の直属とは異なる。


 バルディン帝国における皇帝直属の者。

 それは、賢者や聖女といった特別職なる者たちのことを表している。

 

 帝国が誇る賢者は、リュクルゴス・アルムグレーン、聖女はエルセ・アルムグレーンだ。


 賢者は皇帝直属の近衛隊、聖女は要人を護衛する役目を担う者。

 そして――俺の兄と姉でもある。


 討伐任務を終え宮廷に戻って来た俺の元に、今日も小言を言いたいのか、兄リュクルゴスが近付いて来た。


「城に来て何年目だ? ルカス」

「俺が十七の時に来てるから、確か三年くらい」

「はははっ、三年経っても皇帝にまだ信用されてないのか? まぁ、無理も無いか。宮廷魔術師が城に居座っているんだからな!」


 ありふれた宮廷魔術師――二十歳になるまでには言い改めさせたい。

 そう思っていたが、兄に呼ばれ続けて三年が経ってしまった。

 

 兄は俺が討伐をこなすのを簡単なことだと見ている。

 それはひとえに、数が多い宮廷魔術師なのだから出来て当然だと思っているからだ。


 賢者リュクルゴスは兄としても賢者としても性格が悪い。

 しかし賢者は誰でもなれるものではなく、一人しか選ばれない特別職。

 つまり、それだけで宮廷での立場は圧倒的に高いのが現実だ。


 使いきれないほどの魔力を有し、回復と攻撃どちらも引けを取らない者。

 賢者の強みであり一目を置かれている所以ゆえんだ。


 だが、そんな賢者にも人知れない秘密がある。

 皇帝以外では、少なくとも身内である俺と姉しか知らない真実。


 それは賢者という圧倒的立場でありながら、実はただの一度も帝国の外に出たことが無いことだ。


 魔物討伐と帝都防衛はもっぱら宮廷魔術師の仕事。

 宮廷魔術師団として動く以上、国を思い民を守るのは当然の役目とされている。


 しかし兄が実戦に出向くことは今後も無いだろう。

 皇帝直属の近衛隊であるし賢者を特別視して、宮廷の外でのことに直接関わらせないはずだからだ。

 

 それを自覚して俺に声をかけてくるので、なおさらタチが悪い。


「ルカス。お前は自分が選ばれた魔術師だとでも思っているのか?」

「別に思って無い。けど、俺にだって出来ることはあるわけだし……」

「どうせエルセ聖女の真似事だろ? それも用無しの力を!」

「違う! 解呪の力はありふれたものじゃなくて、兄きと同様の家系能力だ」


 聖女である姉のエルセとは、ほとんど会うことが無い。

 俺が宮廷魔術師になった時、侮蔑ぶべつした態度を見せ思いやりも無く別れた。


 要するに兄と同様で、性格は最悪を意味する。


 それでも聖女として他国の使者を護衛したり、護衛で雇われる冒険者パーティーを癒したりしていることを聞く。それをまともに信じればまだマシと言える。


「オレと同様……? 笑わせてくれるもんだな、ルカス」


 品の無い賢者かつ、有する力を発揮する機会も無い名ばかりの賢者。

 口先だけ立派な兄に俺の備わる力を使ってみせれば、少しは黙らせることが出来るのに。

 

 だが皇帝直属の近衛隊である兄に怒りを向ける――それは許されない行為だ。

 出来るはずも無い。


「……悪い、言い過ぎた」


 逆らう態度を取るより謝ることしか出来ない現実。

 討伐任務を終えて来た俺に絡み、その度に続く不毛なやり取り。

 こんなことが続くなんて、宮廷魔術師である以上仕方が無いことなのかもしれない。


「ほぉ? 珍しく素直じゃないか! しかしオレと同様とは随分な物言いだな。その性格はもはや直りようも無い。宮廷魔術師としては致命的な問題だな!」


 声をかけて来ては見下しと威圧的な態度。

 これ自体は慣れたものだった。


「性格のことを言われても困るけど……」

「ははははっ! ……まぁいい。反省の色が無いお前にはオレから伝えるのが良さそうだな」


 今日に限っては珍しく機嫌がいい。

 いつもは俺が謝ってもしつこく言い続けて、なかなか落ち着くことが無いのに。


 そう思っていると、賢者を気にする他の魔術師や宮廷職の人間たちが集まって来た。

 身内以外の人間が集まると途端に毅然とした態度に戻すくせに、俺に対しニヤけた表情を見せている。

 

 そうかと思えば、リュクルゴスは周りから注目を集めるかのように直立姿勢を取り、

 

『宮廷魔術師ルカス・アルムグレーン!』


 改まって何を言うかと思えば――


「勅命により、罷免ひめんを言い渡す!」


 ――罷免だって?


「勅命だなんて、聞いたことが無いよ」

「ルカスが罷免? あいつ、何をしたんだ?」

「まさか命令無視をしたんじゃ……」


 などと、やり取りを聞いていた他の魔術師たちが騒ぎ出した。


 勅命による罷免……何で突然、しかもどうして兄きが?

 皇帝直属だからってそんな権限があるというのか。


「……勅命?」

「聞こえなかったか? ルカス、お前はこれより宮廷から追放とする! 宮廷に足を運ぶことは、賢者であるリュクルゴスの名にかけて許さん!! 家名を名乗ることも認めん!」

 

 今まで兄弟としての口喧嘩や冗談めいたことでは、何も言って来なかったはず。


「何故ですか!? 俺は皇帝に逆らってもいないし、任務だって確実にこなしてきています! 唐突に勅命だなんて、納得出来ません!!」

「お前のその反抗的な態度。それがすでに逆らっているという意味だ! それすら分からないのか? 先程の態度もそうだ。ありふれた魔術師ごときが賢者と同等? 笑わせるな! 何の役にも立たない能力でいっぱしの口答え……お前ごときが帝国を守れるわけが無い!!」


 注目を集めてその上で堂々と追放の言い渡し。

 この状況で俺が取った態度の方が悪く見られてしまう。


「宮廷を追放されて俺はどこへ行けば?」

「なぁに、何も帝国から消えろとは言って無いぞ。ただの平民として生きるのであれば自由だ。好きにして構わない。だが宮廷魔術師たちの邪魔になるのであれば……」


 事実上の追放……。

 魔術師として動くだけでも十分目立つし、避けられないか。


「……分かりました。すぐにここから去ります」

「まぁ、待て」

「まだ何かあるんですか?」

「平民になると今までのような待遇は受けられんからな。そこで、そんなお前に心優しいオレ様が退職金をやろう!」


 初めから渡すつもりがあったようで、リュクルゴスは懐に入れていた小箱を目の前に差し出した。

 

「――これは、宝石?」


 箱を開けると、深い青色と金色が混ざり合った大きな宝石が入っていた。

 しかし兄きが追放の詫びとして高価そうな宝石をくれるのはおかしい。


「ルカスならそうすると思っていたが、やはり箱から出してしまったか」

「その場で開けないと失礼になるし……」


 祝いの品だと言って渡して来たのに、開けずに立ち去るのも失礼な行為になる。

 しかしこの行為こそがリュクルゴスの狙いだった。


「美しい色をした宝石だな。だが、呪われた宝石はより綺麗に見えるものだ」


 呪われた宝石――やはりそういうことをしてくるわけか。


「呪いなら解呪をすれば問題は……」

「聖女の真似ごときを許すほど、お前に時間を与えるとでも思っているのか? それに呪いの宝石を手にしたまま帝国内をうろつく……そんなことをすれば皇帝はもとより、国民にまで危険が及ぶ。それは許されるものではない! もしお前が禁忌を侵せば、オレが直接処理することになる」


 呪いの宝石を受け取った時点で宮廷にとどまることは出来ない。

 これは初めから仕組まれたものだった。


「はははっ、呪われた宝石は今のお前にお似合いだ! 即、立ち去れ!」


 これ以上ここに踏みとどまるのは無意味だ。

 呪いの宝石を手にしてる時点で、おそらくすぐに罪を被せて来る。


 解呪が効かないとされる呪いの宝石。

 意地の悪いリュクルゴスらしい祝いの品だった。


 今はとにかく帝都に行こう。

 呪われた宝石でも何とか買い取ってくれれば。


 足早に宮廷を去った俺は、ひとまず帝都ゴルトの宝石鑑定屋に足を向けた。

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