動乱の幕開け-3-
『アルゴナウタエ』が去ったのと入れ違いで兄妹と合流を果たした後のこと。
二人にさっきのやり取りの内容を掻い摘んで説明すると、ひだりは半分呆然とした様子で肩を竦めていた。
「——まあ、ジンムなら断ると思ってたけど、まさかモナにゃんも即答で断るとは。もしかしてモナにゃんって大物だったり?」
「えへへー、まあそんなこともあるかなー☆」
「あるのか」
頬を緩ませるモナカを見て、ライトはボソリとツッコミを入れた。
気持ちは分からんでもないが、実際ガチもんの大物だからな。
マジでなんでこんな所にいるか分からないレベルの。
多分、アルクエ始めてましたって動画撮って投稿するだけで軽くバズるぞ。
傍らでノーコメントを貫きながら、ふと思う。
(……そういや、モナカはこれからどうすんだ?)
今回、わざわざこのゲームを始めてまで助っ人に来て貰ったわけだが、悪樓撃破という目標を達成した以上、俺たちと一緒に行動する理由はない。
俺と違って、モナカにはこのゲームでやりたい事とか特に無いだろうしな。
それにPNをモナカ名義で始めたってことは、現時点では配信や動画投稿をする予定もないと思われる。
いや、課金すれば名前を変えることはできるんだったか……。
ま、何にせよモナカならどこに行っても問題なくやっていけるはずだ。
(けど、それよりも今は……)
シラユキに目配せしながら、俺は静かに三人の元を離れる。
途中、近くで見守っていた朧と視線が合う。
朧は「頑張って」と口だけ動かすと、立ち替わるようにさっきまで俺がいた位置にすっと収まった。
なんで朧がそんな行動を取ったのか気になる所ではあるが、とりあえずは厚意に甘えるとしよう。
心の中で朧に感謝を告げ、声を抑えれば互いの会話が聞こえない程度に、けど視界から消えない程度の場所に移動すると、間もなくしてシラユキもやって来た。
「……悪かったな、話の途中だったのに」
「ううん、気にしなくても大丈夫だよ。……でも、ジンくん。さっきのスカウト受けなくて本当に良かったの? 凄いクランだったんでしょ、あの人達のクランって」
「問題ないさ。互いに目的が違ったんだ。仮に入ったとしても、反りが合わなくなって抜けることになるのは目に見えてる。多分、向こうもそれが分かってたからすぐに諦めたんじゃねえかな」
バンドの解散理由ではないが、方向性の違いっていうのは致命的だ。
足並みが揃わない奴を入れても仕方ないってことを、レイアもよく分かっているのだろう。
(……って、そうじゃねえ)
——思考を戻す。
努めて平静を装いつつ、俺は彼女の名を呼ぶ。
「——シラユキ」
「なに、ジンくん?」
「さっきの話の続きをしたいんだけど、いいか?」
『アルゴナウタエ』の乱入によって話が流れてしまったが、有耶無耶にしたままなんて真似は絶対にしたくない。
「……うん」
シラユキが小さく首を上下させる。
それから俺たちは、互いに体を正対させる。
——澄んだ銀色の瞳が俺を映した。
途端、緊張が急激に高まる。
記録更新がかかった大一番よりもずっと心臓がバクバクと早く鼓動する。
……いや、緊張の種類が違うか。
ともかくとして、俺は真っ直ぐにシラユキを見つめて、ずっと胸中に抱いていた想いを言葉にして吐き出す。
「——俺が最初にこれからどうするかって話を持ちかけたのは、俺の抱えているゴタゴタと我儘にお前を巻き込みたくなかったからだ」
「私、を……?」
「ああ。昨日の昼にも言ったけど、このまま俺と一緒にネロデウス撃破に動いたとして、途中で何かしらの事故が起きたりしてシラユキも獣呪に侵される、なんて事態にはなって欲しくない。それは今でも本気でそう思っている」
「……そっか」
シラユキは弱々しく呟いて、そっと瞳を伏せる。
そこまで気落ちしているわけでもなさそうだったが、どこか諦観したような笑みを溢してみせた。
「じゃあ、ジンくんとは、これで」
「だとしても。その上で、一つ我儘を言わせてくれ」
シラユキの言葉をぴしゃりと遮って、俺は言う。
「——シラユキが良ければ、これからもパーティーを組んでくれないか?」
これだけはどうしても、絶対に伝えておきたかった。
「多分……というか間違いなく、この先も本来のルートとは外れた攻略になると思う。ついでに難易度も今以上にバカ高くなる可能性大だ」
シラユキを面倒事に巻き込みたくない、という言葉に偽りはない。
「それでも……俺は、お前と一緒にこの世界を旅したい」
だが、これも紛れもない俺の本心だ。
この一週間を振り返って改めてそう思う。
初めて一緒に行動した時に起こったトラブルの連続も、クエストをクリアしたすぐ後にネロデウスにボコされたことも、悪樓が発生してから倒すまでのゴタゴタも、本当に楽しかった。
けどそれは、隣にシラユキがいてくれたからこそ体験できたことだ。
だからきっと、彼女と一緒なら俺はもっとこのゲームを楽しめる。
——確証はない、ただ……そんな気がした。
とはいえ、最終的な選択肢はシラユキにある。
ここでNOと返事が来れば素直に諦めるし、無理に引き留めるつもりもない。
だけど、俺の意志は知って欲しかった。
……シラユキにとっては傍迷惑なだけかもしれないけどな。
シラユキは、呆然とした様子で丸い瞳を揺れ動かしていた。
それから頻りに何度も瞬きを繰り返し、たっぷり時間をかけてから、微かではあるがようやく声を振り絞った。
「えっと、その……え?」
「シラユキにどうしたいか聞いておいて、俺は何も言わないってのは不公平だと思ってな」
「そうじゃなくて……! ジンくんは、本当にそれでいい……の?」
「勿論だ。冗談でこんなこと言わねえよ。それにさっき『アルゴナウタエ』の連中に向かって言ったろ。組みたい奴がいるって」
力強く首肯して、俺は改めて言う。
「シラユキ——俺とパーティーを組んでくれ」
暫しの沈黙が流れる。
時間にすればたった数秒にも満たない……俺にとっては数分にも数十分にも感じる長くあまりに短い瞬間。
耐え抜いた先にあったのは、シラユキの表情がゆっくりと柔らかな笑顔へと変わっていく確かな変遷。
まるで雨が止んだ空のような、晴れやかで優しげな微笑みだった。
そして、シラユキはゆっくりと口を開く。
「――はい。こちらこそよろしくお願いします」
丁寧に頭を下げてから、
「……けど、私からも言っておきたいことがあるんだけど、いいかな?」
「ああ」
短く頷けば、シラユキは呼吸を整えてから、
「あのね……昨日、ジンくんからパーティーをどうするか訊かれた時、私の事を思ってのことだったんだろうけど、ちょっとだけ寂しかったんだ。なんだか置いていかれちゃったような感じがして」
それは、初めて聞かされるシラユキの本音。
若干、声は震え、瞳は濡れていた。
「でも、ジンくんの目標の邪魔になったら嫌だから、今回の一件が片付いたら潔く身を退こうと思ってた。ちょっとの間だったけど、こうしてジンくんと一緒にゲームをすることができだけでも十分だったから」
ずっと気持ちを押し隠してきたのは、俺に迷惑をかけないようにする為。
自分より他人を優先するシラユキの優しさ故の葛藤だったのだろう。
しかし、
「だけど……決めたよ。私、まだまだへたくそだから、これからもジンくんの足手纏いになるかもしれないし、たくさん迷惑をかけちゃうかもしれない。……でも、いつか。いつか必ず、私もジンくんと肩を並べられるように絶対に強くなるから。――これからも、一緒にいてもいいですか?」
今にも泣き出しそうな顔で告げたそれは、彼女なりの宣誓だった。
自分の素直な気持ちと相手の事情の二つを天秤にかけた上で、自分の気持ちを選んだことに対する決意表明でもあった。
だとすれば、俺に出来ることはその覚悟に報いることだ。
「ったく、なんで俺が頼まれる立場になってんだよ。けど……ああ、よろしくな」
シラユキの肩に優しく手を乗せ、にっと笑いかければ、晴れ渡った空ような満面の笑顔が返ってきた。
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