夜天からの襲来者

「――さてと。ボスも倒せたわけだし、ここらで一息つきたいところだけど……それよりもまずは、急いで森を抜けるぞ」

「え……う、うん」


 勝利を喜びたいところではあるが、すぐさま近くに転がっていたブロードソードを回収して、ボスフロアの出口へと走り出す。

 ストレイクァールも中々の脅威ではあったが、まだ窮地を切り抜けられてはいない。


 ボスフロアで戦闘が始まると、他のプレイヤーからの干渉を防ぐために出入り口に障壁が展開されるようになっている。

 こいつは戦闘が終了すると一定時間後に解除される仕様となっており、ボスが再出現リポップするまでの僅かな間、自由にフロアを出入りすることができる。


 つまり、俺らがストレイクァールに挑んだ時点で、あいつらが諦めて帰っていればいいのだが、そうでない場合――


「――弱ってるところを仕掛けてくるよなあっ!!」


 突如として、背後から飛んでくる矢を咄嗟に盾で防ぐ。

 ……が、さっきの戦闘の疲労が祟って弾き落とせずに、鏃が脇腹を掠めてしまう。


(チッ、しくった……!!)


 肝心な時にガバっちまった。


 途端、全身が一気に硬直しだし、立っていられなくなる。

 地面に片膝をつきながらHPバーを見てみると、真下には黄色い稲妻マークが出現していた。


「ぐっ……!? 麻痺、か」

「――ジンくんっ!?」


 まずったな……出口まであと少しなのに。


 確か麻痺は自然回復しなかったはず。

 しかも麻痺を治すアイテムは、次の街からでないと売ってないから持ち合わせていないという嫌なおまけつきだ。


 クソッ……昨日の呪厄といい、どうしてこうも大事なところで対処できない状態異常ばっかになるんだか。


「ヒャハハハ!! 折角、苦労してボスを倒したのにざまあねえなぁ!!」

「ストレイクァールの討伐、ご苦労さん! けどまあ、また倒しに来なきゃいけなくなるけどな!!」


 前方を見遣ると、案の定さっきの連中がニタリと嘲笑を浮かべながらボスフロアの中に侵入してきていた。


 隣には、さっきは見かけなかったフードを被った赤ネームのプレイヤーの姿もある。

 弓を装備している辺り、ボス戦前と今さっき矢を放ってきた奴で間違いないだろう。


「……ったく、ここまで粘着してくるとか、俺のこと好き過ぎんだろ」


 男たちとは、まだかなりの距離がある。

 対して、出口まではあと二、三メートル。

 俺はもう動くこともままならないからどうしようもないが、シラユキ一人ならどうにか逃げられるはずだ。


 今は入り口側からなら自由に出入りはできるが、出口を抜けることをできるのは、ボスを倒したパーティーのみだ。

 それ以外のプレイヤーが出口を抜けようとすると、障壁によって阻まれるらしい。


 どうすればいいか思考を回している間にも、連中は各々の武器を取り出しながら、じりじりと近づいてきている。

 もう俺が逃げられないから勝ちを確信しているのと、じっくりといたぶってやろうという表れだろう。


 まあ、もう俺に抗う手段はないけど、だからって流石に油断し過ぎじゃねえか?

 さっきもだけど詰めが甘えんだよな、こいつら。


「シラユキ……俺を置いて先に行け。ボスフロアを抜ければ奴らはまた追って来れなくなる。そしたら次の街まで逃げ切れるはずだ」

「でも……そしたら、ジンくんは?」

「まあ間違いなくリンチにされてボコられるだろうな。けど、言ってしまえばそれだけだ。別に取られて困るもんも無いしな」


 いや、蝕呪の黒山羊のドロップアイテムだけはシラユキに渡しておこう。

 あれはちょっとレアっぽいし。

 それ以外は……全部くれてやってもいいか。


「リスポーンしたらすぐに追いつくから……って、おい!?」


 言い切る前に右腕をシラユキに担がれる。

 振り解こうにも全く動けないから、体重をシラユキに委ねるしかない。


「見捨てないよ、絶対に。ジンくんには何回も助けられたんだもん。だから今度は私が助ける番……!」


 シラユキは顔を赤くしながら言うが、俺を運ぶのはかなりキツいだろ。

 僧侶だとSTRの補正は乗っていないし、パラメータだって無振りだったはずだ。

 現に俺を持ち上げることはできずに、引きずるのがやっとだった。


「逃がすなよ!! ここでぶっ殺せ!!」


 後ろから短剣男の怒号が迫ってくる。

 しかし、出口までの距離が短かったおかげで、連中の凶刃が届くよりも先にシラユキがボスフロアを抜け出すことに成功する。


 だが、俺の麻痺が治らないことには窮地を脱したとは言えず、奴らのレベルであればリポップしたストレイクァールを倒すのも時間の問題だ。


「……無理だと判断したら、すぐに俺を置いて逃げろよ」


 一応、そうは言ってみるものの、シラユキが首を縦に振ることは無かった。






 パスビギン森林を抜けて、シラユキは必死にアトノス街道を突き進むが、次の街まではまだ大分距離があった。


 走ればさほど時間はかからないが、俺がいたのではそうはいかない。

 ただそれでもシラユキは、息を切らしながらも着実に一歩ずつ足を進めていき、ようやく次の街——”ビアノス”が見えてきた頃だった。


「——ようやく追いついたぜ! いい加減、観念しやがれ!」


 ストレイクァールを撃破した男たちが、こちらに向かって物凄い勢いで追走して来ていた。


「くそっ、やっぱそこまで時間を稼げなかったか……!」


 適正レベル余裕で超えた五人がかりで挑んだらそりゃ簡単に撃破できるよな。

 いや、逆によくここまで持ち堪えてくれただけでも感謝するべきか。

 流石、ストレイクァール教官って呼ばれるだけあるわけだ……って、感心してる場合じゃねえか。


「シラユキ、やっぱ——」

「死なば諸共、って先に言ったのはジンくんからだよ」


 どこか決意に満ちた表情でシラユキが微笑む。

 やっぱ俺の言うことは聞いてくれそうにないか。


「確かにあの時はそう言ったけど、そいつは逃げられなかったからで……!」

「じゃあ、逆に聞くけど……もし私とジンくんの立場が逆だったとして、ジンくんは私を置いて逃げる?」

「あ? んなこと——」


 答えは決まりきっている。

 だからこそ、それ以上は何も言えずに口を噤むしかなくなった。


「……言っとくけど、戦闘になったら今の俺らにまず勝ち目はねえぞ」

「うん、分かってる。だから、またあのボスを倒しに行こ?」


 柔らかな笑みを湛えてからシラユキは、俺を地面に降ろすと、杖を構えて男たちの前に立ちはだかる。

 ようやく俺たちに追いついた男たちはというと、シラユキの行動に対して苦笑を浮かべていた。


「……おいおい、一体何の真似だ?」

「彼を倒すのであれば、先に私が相手になります」

「ひゅ〜、勇ましいねえ。でもさあ、君じゃ俺らの相手にならないよ?」

「あ、別の意味での相手をしてくれるなら大歓迎だけどな!」


 連中が飛ばす下品な笑い声につい顔を顰める。

 さっきちゃんと矢を弾き落とせてたら、と後悔しても仕方ないが、やっぱイラつくもんはイラつく。


「……ま、邪魔するってんなら仕方ねえ、容赦無く殺らせてもらうぜ。おい、やれ」


 短剣使いが赤ネームの戦士二人に指示を出すと、戦士二人は歪な笑みでゆっくりと近づいてくる。


 チッ……万事休すか。

 心の中でデスポーンを覚悟した時だ。




 ——それは、突如として夜天からやって来た。




 飛膜がボロボロに朽ちた醜悪な黒い翼を広げ、頭部からは羊と牛を彷彿とさせる四本の角が生え、細長くしなる尻尾はまるで毒蛇のよう。

 そして、何より特徴的なのが全身を覆う禍々しさ全開の漆黒の外骨格と溢れ出る黒い煙。


「……何だよ、こいつ?」


 二・五メートル程の体躯を持つ人型のそいつを一目見た瞬間、俺は直感する……いや、理解わからせられる。


 絶望的なまでに圧倒的な力の差を。

 ここにいる全員、こいつの前では、等しく塵芥に過ぎないことを。


 空から舞い降りた黒の怪物は、俺を一瞥するなり突き出した掌から黒い衝撃波を繰り出してきた。


「――は!?」


 反応する間もなく俺とシラユキは、衝撃波をもろに食らい、簡単に十メートル以上の距離を吹っ飛ばされる。

 正直、即死を覚悟した被弾だったが、不思議なことにHPは殆ど減っていない……というか、無傷だった。


「シラユキ、大丈夫か!?」

「私は平気。なぜかダメージも受けていないみたいだし」

「シラユキもそうか。……強烈なノックバックだけの見せかけ、なわけないよな」


 今の状態がどうなっているのかは気になるが、考えるのは後だ。

 視線を黒い怪物に戻した瞬間、男たちが悲鳴を上げ始めた。


 黒の怪物が男たちに襲いかかっていた。


 赤子を弄ぶように連中を一人ずつ一撃でポリゴンと散らしていく光景は、まさに蹂躙としか言いようがない。

 黒の化け物は、四人を数瞬で殲滅させると、最後に生き残った短剣使いが尻尾を巻いて逃げる様をまじまじと見つめる。

 しかし、数秒で飽きたのか、すぐに地面を蹴って瞬時に追いつくと、短剣使いの上半身と下半身を真っ二つに引き裂いて見せた。


 そして、最後に俺をまた一瞥してニタリと笑みを浮かべてからそいつは、夜空へと飛び去っていくのだった。


「……なんだったんだ、あいつ」




 *     *     *




 ——この時、俺はこのゲームに対する認識が甘かったことを思い知った。


 アルカディア・クエスト——このゲームは間違いなく、大衆向けソフトであると同時に、JINMUと並ぶ……いや、それ以上の超極悪高難易度の一面を兼ね備えているということを。


 数年振りの感覚だった。

 全く勝てる光景が思い浮かばなかったのは。


 シラユキの勧めで何気なく始めたアルクエだったが、奴との邂逅を経て、俺の中でこのゲームにおける目標が定まった。


 あいつをぶっ倒したい、誰よりも速く——!


 黒い怪物との出会い——それが、すっかり冷めきってしまった熱狂に火が灯った瞬間だった。




————————————

これでプロローグ+序章は終了となります。

一旦、キャラ紹介を挟んでから次章に進みたいと思います。

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