第24話・坂崎と葵

「あの三奈坂さん、ちょっといいですか? 例のことで話があります」




「話ね、よくないわ」




「そんな、そう言わずに」




 思案顔で物思いにふけっていた私に、坂崎が声をかけてくる。


 タイミングからして葵がいなくなるのを見計らっていたに違いない。




 断ったものの、坂崎はそう簡単に引き下がる気はないらしい。 結局、暇だったのでついて行くことにした。 何となく気持ちが落ち着かなくて、一人でいるのが嫌だったからだ。




 階段の踊り場までやってくる。 ここは昼休み中でもあまり人気がない。 たまに生徒が通りかかる程度だ。 もっとも吹き抜けているので死角からでも会話を聞くことができてしまうのだが、他に都合のいい場所がない。




「それでなんの話、私から話すことはもうないわよ!」




「例の協力の話です。 イグニスの正体について心当たりがあるんです、っていったらどうですか」




 まだ協力しようとしているらしい。 ありがた迷惑というか何というか。


 だけど、情報収集をしておくに越したことはない。




「相手が誰か、根拠はなんなのかを簡潔に説明してくれる」




「イグニスは瀬川恵美会長だと思うんですよ。 しゃべり方とか顔に面影があると思うんですよ、もちろん他にも理由はありますよ」




 瀬川会長という線は私も考えていた。 しゃべり方がイグニスなのは以前にも述べたが、顔に面影があるというのは私には分からない。




 二人とも美形だという点を除けばさほど共通点はないように思える。




 瀬川会長は生粋のお嬢様でその容姿は大人びたフランス人形――人間味のあるマネキン、CGで描かれたような美少女。 とにかく完璧超人。 それでいて女らしく嫋やか




 対するイグニスは同じ美形でも、見目麗しい男装の麗人、切れ長の瞳は男性よりむしろ女性を魅了するだろう。 髪型はどちらもロングストレート、共通点としてはそれくらいか。




 容姿は置いておいても、正体を隠さなければならないヴァルキリーが、あの特徴的な口調でしゃべれば一発で誰か分かりそうなものだ。




 事実口調だけで見ればイグニスは十中八九、瀬川会長としか思えない。


 それ自体が罠であると私は考えたわけだが。 考えすぎだろうか?




 口調はともかくとして、顔の面影については全く分からない。




 私は特に美形相手の区別はいまいちなのだ。 妹みたいなかわいい系ならば見分けられるだが、美形女はみんな似たような顔に見えていまいち魅力を感じない。




 実は私自身も美人の範疇に入っているらしいが、いまいち実感がわかないし、坂崎相手にこの通りである。 まあ、こいつは相手が美形かどうかはきにしてなさそうだけど。




 坂崎のような二次元愛好者に、三次元の女の区別がつくのだろうか? 自慢じゃないが二次元キャラなら私でも見分けられる。




「で、他の根拠ってなによ」




「それについては今日の放課後、僕の家に来てくれると嬉しいんですけど、別に変なことは考えてませんよ。 三奈坂さん変身するとすごく強いですし」




 そういえばこいつに仮想世界うんぬんの話はしていなかった。 私が仮想でしか変身できないことを知らないのね。




「三奈坂さんは魔法少女で、壊れた家だって直しまうような変身ヒロインです。 僕なんかが、悪巧みしたところで返り討ちに遭うだけですからね。 僕も妙なことは考えてません。


 ただ見ていただきたいものがあるんです」




 こいつは重大な誤解をしている。


 確かに私は変身ヒロインかも知れないが、断じて魔法少女などではないし、家を直した覚えもない。


 妙な呪文を唱えたりとかハンマーを振り回したりはしないのよね。


 衣装もゴスロリ、レオタードとかとんでもない。 まあ、髪型はツインテールなんだけどね。




 その辺の事情はあえて教えてやる必要もないので黙っておくことにしよう。


 弱みをひけらか素趣味もない。


 放課後は葵との約束があるわけだし、しかし、今日の葵とファミレス行くのは正直気まずい。




 さて、どうしたものか? ふと視線を感じて、振り向く。




 げっ、あいつは校内一のヤンキーと名高い、二年の長谷川はせがわ透とおるじゃない。




 目が合ってしまった。 どうしよう!? 因縁とかつけられるの?


 ―――と、向こうから視線を外すと、勝手にその場から去っていった。


 何かこちらを観察しているようにも見えた。 怪しいちゃ、怪しい。




 まさか、あいつがイグニス!? なわけないよね。 どうやっても想像ができない。


 それにしても、ああ、びっくりした。 仮想でだったら恐れ必要など微塵もないのだけど、むしろ返り討ちの方向で。




 くだらないことを考えていたら。 そこで昼休み終了のチャイムが鳴る。




 放課後、葵を連れて学校を出ると、坂崎が待っていた。




「あの、昼休みでの事、考えてくれましたか?」




「ああ、ごめん、今日は葵と――」




「昼休みでの事って何!?」




 断ろうとした矢先、葵がものすごい剣幕で坂崎にくってかかった。


 正直今日は怖すぎますよ、葵さん。 何か悪いものでも食べたの?




「えっ、僕は少し三奈坂さんと用があって、僕の家で……」




「家って、七瀬、こいつの家に行くつもりなの!?」




「えっ、だから今断ろうと―――ほ、ほら、これから葵とファミレスに行く約束してるわけだし」




「約束がなければ行くのね!?」




「い、いや、そういうわけじゃ――!」




 あまりの剣幕に押され、とにかく言い訳して誤魔化そうとする。


 だって、私でも怖いんだもん。 今日の葵。




「わかったわ、今日はファミレスはやめて、私もこいつの家に着いていくわ。 文句はないわよね!?」




 そういって坂崎を威嚇しながら、私の方にも流し目を送る。




「わかったわよ、一緒に行こう。 坂崎もそれでいいよね」




 反論できる空気ではなかったのでそう伝える。 坂崎はしぶしぶ了解したのだった。




 夕焼けが三人の形を影に焼く。 ただそれは酷く不鮮明で現実をとらえているとは言いがたい。 影だけを見れば並んで歩く私達は仲のいい友達同士かもしれない。




 坂崎低はそんな夕焼けの住宅街の中に照らされる。 ごく一般的な一戸建てだった。


 うん、仮想できたときとそっくりそのままごく普通ね。


 当然といえば当然なんだけど。 坂崎を先頭にお宅に上がりこむ。




 お邪魔しまーすとさしさわりのない挨拶をしながら、案内されるままに、奥へと進んでいく。




 昨夜と同じ部屋まで案内される。 坂崎の家は純和風でたまにこういうところに来るとなんだか落ち着く。


 私の家って洋風建築なのよね。 い草のにおいって落ち着くよね?




「それであんたのご両親は家にいるの? さっきから全然見かけないんだけど」




 私がくつろいでいると、葵が棘のある口調で坂崎に詰め寄る。




「いえ、両親は共働きですし……家には誰もいません」




「つまり、それが分かっていて七瀬を部屋に連れ込んだわけね、このド変態!」




 ホントに今日の葵は怖すぎる。 長いつきあいになるがいつもの葵じゃない。




 今まで男っ気が皆無だったので、正常な行動をとれなくなっているのだろうか?




「そっ、そんなことありませんよ! ただちょっと見てもらいたいものがあっただけでっ」




 坂崎が必死に弁解するが、その必死さがかえって嘘くさく移ることもある。


 少なくとも葵の目にはそのように写っているのだろう。


 もっと堂々とできないものだろうか。



「へえ、じゃあその見せたいものっていったい何よ?」




「今準備するからちょっと待っててください」




 そう言いながら、坂崎が家のデスクトップパソコンとノートパソコンに電源を入れる。


 PC二台とは和風の部屋に似合わずにハイテクなやつだ。


 坂崎がPCに向かい合ってる間に、葵が声をかけてきた。




「七瀬もちょっと不用心だよ。 簡単に男の部屋なんかに上がり込んで……男はみんなオオカミだって言うじゃない。 もう少し気をつけてよ。


 坂崎みたいなタイプが実は一番危ないんだから。 よく言うでしょうおとなしい人は犯罪者って」




 姉みたいなことを言う、まあ間違ってはいないと思うけどね。


 犯罪者の下りは偏見だと思うけどね。




「それとも同意の上で、まさか、二人は大人の関係になるつもりだったとか!」




 ゲフンゲフン、あまりに突飛した妄想にむせかえってしまった。




「そんなわけないじゃない、だいたい今日は葵とファミレス行く予定だったんだよ。




 ここに行こうって言ったのは葵の方じゃない」




「でも、約束がなければ、一人で行ったでしょう?」




「それは……そんなことないよ。 私が一人で男の子の部屋に上がり込むなんて、そんな大胆なことできるわけないじゃないの。 あははは――」




「なんか白々しいよ。 とにかくそんな事態を防ぐために私が同伴してんの、何かあってからじゃ遅いんだから。 七瀬にはそのあたりの自覚が欠けてる」




 もし坂崎にその気があったら、葵がいても大して変わらないようなと思ったのは黙っておく。




 そもそも坂崎が興味があるのはヴァルキリー・シルフィードであり、普段の三奈坂七瀬ではないわけで……


 その辺りのことがなければ、私も部屋にお邪魔するのは遠慮してたね。




「終わりました。 モニターを見てください」




そうこうしているうちに、坂崎の準備が整ったらしい。 モニターをのぞき込む。




「なにこれうちの学校のSNSのログファイル?」




「ええ、実は僕はSNSを管理していまして。 色々と校内の裏情報に詳しいんですよ。 話を聞いてみてスマフォから調べていたんですけど。 掲示板に興味深い書き込みがあったんです」




 そう言ってパソコン画面を操作する坂崎。


 画面に表示された『瀬川会長でハアハアするコミュ』をクリックする。


 名前からしてドン引きである。




 ――っていうかなんだよの怪しいSNSは? こんなものがあるなんて初めて知った。


 一通り話を聞いてみると。 興味深い書き込みというのは、最近瀬川会長の行動に不審な点が多いというものだった。




 その多くは会長が最近何をしているのを見たとか、そんな報告なのけども、普段の会長の行動に詳しくない私には、いまいちぴんと来ないものが多い。




 しかし、この掲示板にはプライバシーというものがないのだろうか?


 中には会長で卑猥な妄想を書き込んでいるものさえいる。 本人に見せてやりたいくらいだ。 たぶん即刻閉鎖よね。 このコミュサークル。




 その書き込みのいくつかが私の目がとまる。 今週の日曜日、つまり私がヴァルキリアシステムを拾った日に、瀬川会長が秋葉原で目撃されているという書き込みがあった。




 しかもネットカフェでの目撃である。 あのときのゲーム大会に参加していたとすれば、少しは私の情報についても、もっているかもしれない?




 確か翌日瀬川会長に直接引き出した証言では、社交パーティーに出席とのことだったが……どうして嘘なんかついたんだろう?




 ――ハッ!? 実は瀬川会長の隠された秘密とは、実は完全無欠のお嬢様はアキバ系だったとかそういう……って、だからどうしたのよ?


 じゃなくて、長谷川会長はあの日秋葉にいたことになる。


 そうなると瀬川会長=イグニス説が真実味を帯びてくる?




「坂崎、この書き込みってどのぐらい信憑性があるの?」


「ちょっと待ってください、登録者アカウントIDを調べて見ます


 ……ええと、書き込みしているのは、森田さんと、坂田さんと、三島さんですね。




 確かこの三人は重度のオタクで有名で、他のコミュニティでも秋葉原へ遊びに行っていたと言う旨の書き込みがあります」




「ちょっと待って、これ匿名SNSじゃないの? 何で投稿者の名前まで分かるのよ!」




「僕は一応このSNSの管理人なのです。 誰の書き込みか管理者権限を行使すればすぐに分かるんですよ」




 職権乱用じゃないのよ。 まあ、別に職業って言うわけじゃないだろうけどさ、こう言うのって許されるんだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る