魔女の弾く鎮魂曲
結城芙由奈
悲劇の魔女、フィーネ 1
北の国『リヴァージュ』
この国の北部には森と湖に囲まれた美しい『リーヴァ』と言う地方都市がある。
そして魔女が存在していたと言う伝説が残されている都市としても有名だった―。
****
「ここが…300年前にアドラー城のあった場所か…。本当に何も残されていないな…」
切り立った崖の上に広がる草原に佇み、俺はポツリと呟いた。
眼前にはまるで海を思わせるような大きな湖が広がり、青い空に良く映えた、とても美しい光景だった。
「何かしら…アドラー城の痕跡が残されているかと思っていたのに…」
首から下げた一眼レフカメラを手に、本日何度目かの溜息をついた―。
****
俺の名はユリウス・リチャードソン。
現在24歳で職業はフリーランスのルポライター。
おもにミステリーを題材にした記事を書く為、世界中を飛び回っている。東の国にドラキュラの伝説があると言えば、迷わず行くし、西に動くミイラが現れたと言われれば、例えどんなに距離が離れていても取材に向かう…そんな生活を繰り返していた。
そして今回訪れた場所が、ここ『リーヴァ』にかつて存在していたとされる美しいアドラー城…その跡地であった。この地は同じルポライターの仲間からの情報だった。
『お前、魔女伝説を追ってみないか?』
当然、俺はその情報を即決で仲間から買う事に決めた。
この時、俺は南の国で人魚伝説を追っていたが、これがものの見事に期待外れで、他に何かネタは無いか仲間達にネットで情報提供を呼び掛けていた最中の出来事だった。
そしてある仲間の情報でこの『アドラー城』の話を知ることになったのだ。
記録によると、ここには300年程前にそれは美しい城が建っていたらしい。貴族の名門として名高いアドラー伯爵一族の住まう城だったそうだ。
そして、この城に住んでいたフィーネ・アドラーという令嬢が噂の魔女だとされていた。
彼女は両親を不慮の事故で失い、そんな彼女を心配した叔父家族が城に移り住んでいたのだが…どうやら叔父家族との生活はうまくいかなかったらしい。また彼女には婚約者がいたのだが、その人物も叔父家族の娘に心変わりし…悲しみと嫉妬に狂った
フィーネはとうとう魔女となって、城中の者を虐殺した後…城に火を放ち、自らも命を絶った…と言われている。
それだけではない。この地にはさらに恐ろしい話が残されている。
魔女フィーネによって虐殺された者達が…夜な夜な怨霊となって、この辺り一帯をうごめいているらしい。
怨霊たちはみるからに凄惨な姿で徘徊し…興味本位でこの場所に近付く者達を恐怖のどん底に叩き落し…ある者は発狂し、又ある者は発作的な自殺をしている…とまで言われたオカルトスポットなのであった。
「しかし…本物の魔女だとか…見るに悲惨な姿の怨霊だとか…本当なのか…?」
俺はポツリと呟いた。今まで、多くのミステリー話を耳にし…現地に取材に訪れたが、どれも眉唾的な物だった。結局はただの自然現象で記事にする事すら出来なかった。
「全く…これで俺に文才が無くて、小説家として活動していなければとっくにホームレスになっていたよな…」
俺の本業は今や、ルポライターでは無く、ミステリー作家になりつつあった。
「今度こそ…当たってくれよ…」
祈るような気持ちでリュックを背負い直して城の跡地を再び歩いていると、俺をここまで連れて来てくれたガイドの男性が林の奥から現れて声を掛けて来た。
「ユリウスさん、そろそろ日が暮れます。町へ戻りましょう」
「え?何故ですか?これからが本格的な取材じゃありませんか?」
すると俺の言葉にガイドの男性が震えあがった。
「な、な、何を仰っているのですかっ!!こんな場所に夜までいたら…貴方、間違いなく死にますよっ!」
「そんな…死ぬだなんて大げさな…」
しかしガイドの男性は大きく首を振った。
「いいえっ!と、兎に角駄目ですっ!絶対に一緒に帰って頂きます!私には…ガイドとして貴方をここまで連れて来た使命があるのですからっ!」
彼のあまりの迫力に押されて、渋々頷いた。
「わ、分りましたよ…。では帰りますよ…」
仕方ない。取りあえず今日は彼と一緒に町へ戻って…明日にでも1人でもう一度ここへ来てみるか…。
そしてガイドの男性に連れられて、後ろ髪を引かれる思いで俺はその場を後にした。
****
19時半―
町の中心部にあるビジネスホテルに宿を取っていた俺は、食事の為に近くのレストランへ入った。
「いらっしゃいませ」
男性店員が向かえてくれて、中央の2人掛けの席に案内された。
「お決まりになりましたらお呼びください」
メニューを手渡され、パラリとページを開いた時―。
ポロン…
ピアノの音が不意に聞こえた。ひょっとするとここはピアノの生演奏が聞ける店なのだろうか?
顔を上げると、正面にはステージがあり、グランドピアノが置かれていた。そしてその前に座る1人の女性。
黒く、光沢のある美しい髪に白い肌。漆黒のワンピース姿の女性…。何所か憂いの帯びた表情が印象的だった。
けれど…
「何て…美しい女性なんだ…」
俺は、一目でその女性に心を奪われていた―。
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