一章(8)

 案内されたアジトの一室には、長机と形に統一性の無い椅子が並んでいた。

 部屋の最奥に位置する上座には、ヴォルガンが腰を下ろしている。その右側にロッシュ、ロッシュの向かいにスファラ、その隣にイバルが座っている。

 そして、イバルの向かいに女性が一人座っているが、リュトは初めて会う人物だ。

 リュトの座席位置はヴォルガンの向かい側で、端の席に一人離れた位置だった。


 「話をする前にお互いに自己紹介をしよう。外で一度名乗ったが、俺はヴォルガンだ。この組織のリーダーをやっている」

 ヴォルガンがリュトに軽く頭を下げる。


 「俺はロッシュだ。あの時は流石に俺の命もここまでかと本気で思ったんだがな。兄さんのおかげでこの通りってな」

 ロッシュが豪快に笑った。


 「スファラよ。外でのことは聞いてるわ。仲間を失わずに済んだのは貴方のおかげよ。本当に感謝しているわ」

 スファラが深々と頭を下げる。


 「俺は……イバルだ」

 イバルはそれだけ言い、リュトから目を反らした。


 残るはイバルの向かい側に座る女性だ。

 リュトは流れに沿って、彼女に視線を向けた。

 錆色の髪は、邪魔にならないようしっかりと撒かれている。

 深みのあるこげ茶の目は獲物を狙う鷹のように、じっとリュトを捕えていた。

 「アシエだ」

 名前だけ名乗り、アシエは口を固く閉じた。

 

 「では、お前さんの事も教えてくれ」

 五人の視線が一斉にリュトへと集まる。

 リュトは一拍置いてから、ゆっくりと口を開いた。

 「リュトだ。妹はエル」

 リュトもアシエと同じように名前だけを名乗った。

 不必要に自分たちのことを教えたくなかったからだ。


 しかし名乗ったことを皮切りに、尋問さながらの質問攻めが始まった。

 「リュト。お前さんたちは何処から来たんだ」

 「答える必要はない」

 「年はいくつだ」

 「十九と十一だ」

 「エルは太陽を知らない子供か。親はどうしている」

 太陽を知らない子供。

 十二年前、雲が空を覆った日より後に生まれた子供はそう呼ばれている。

 エルが生まれたのは、その日から半年後だった。

 「死んだ」

 「……そうか」


 リュトには、何故ヴォルガンが意味の無い質問をするのか分からなかった。

 まわりくどい言い回しにも嫌気がさす。

 ハッキリと聞けばいいだろうに。

 お前は、皇族の生き残りなのかと。

 「そんなこと、聞かずとも知っているだろう。大勢の前で殺されたんだからな」

 リュトは赤い髪の毛先に指を絡めながら、ニヤリと笑った。

 全てを捨てて旅に出たのだ。

 両親の死に対して何を言われようと、今更どうも思わない。

 勝手に笑いが込み上げてきただけだ。

 この赤い髪が、あまりにも鮮やかだったから。


 リュトの気分を害してしまった自覚があったのだろう。

 ヴォルガンは簡潔な謝罪を述べた後、別の話題を切り出した。

 「神子とは何かと聞いていたが、お前さんは本当に神子を知らないのか?」

 「ああ。あの一件から世界情勢に疎くなってしまってな。砂漠での宣言通り、知っていることをすべて話せ。神子とは何だ?異形と神子にどんな関係がある」

 「始まりの町の聖女は知っているか?」

 リュトは首を縦に振った。


 始まりの町の聖女とは、子供から大人まで誰もが知るお伽噺だ。


 ーー帝国が生まれ、数年後のこと。

 東の端の小さな村に、白い髪の女の子が生まれた。

 その後すくすくと成長し十六になった女の子は、それはそれは美しい女性へと成長する。

 誰もが美しい彼女を欲しがり求婚したが、誰一人として彼女を手に入れるとができなかった。

 それもそうだろう。

 彼女は女神の生まれ代わりであったのだ。

 神なる力によって、悪しき魔を払いし神の子。

 人々は彼女のことを聖女と呼び崇めた。

 聖女は、自身が生まれた村を始まりに各地を巡り、大陸の頂を目指す旅に出るーー。


 「神子とは聖女のようなものだ。神なる力で悪しき間を払うことができる」

 「あれはお伽噺じゃないのか?」

 聖女なんて所詮空想だと誰もが思っていたはずだ。

 少なくても十二年前はそうだった。

 ヴォルガンは懐かしむ様に目を細める。

 その眼に映しているのは、それほど遠くない過去だった。

 「世界がこうなる前までは、俺もそう思っていた。だが、神子様の力は本物だった。異形を一瞬で消し去るお力を持ち、それに加えて、魔力を浄化することもできるそうだ。この世界に人間が住める場所があるのも、神子様のおかげだ」

 ヴォルガンの真剣な眼差しに、リュトは神子の存在がお伽噺ではないと理解した。


 そうなれば、他に疑問が生まれる。

 神なる力とはいったい何なのだろうか。

 それに、魔力を浄化するとは一体どういうことなのか。

 魔法を使うリュトにとって、魔力は必要な力だ。

 それを浄化する、つまり消すことなど、今まで考えたことも無かった。

 もし、それができるとするならば、やはり魔法ではないだろうか。

 魔法を使用すれば、大気中の魔力は消費され少なくなる。

 そのことを浄化と称しているのだろうか。

 道理は通っている。

 だとしても、大気中の魔力が薄くなったと感じられるのには、相当量の魔力を消費しなくてはならないのだが。


 「それは魔法じゃないのか?」

 リュトは確信をもってヴォルガンに尋ねたが、返ってきた答えは予想を裏切るものだった。

 「魔法ではない。聖術だ。魔法は魔力を源にした邪悪な力だが、聖術は神力を源にした神なる力だ。聖術は神殿の神官も使うことができるが、神子様のみが使える聖術は、神聖術と呼ばれている。魔力を浄化することができるのは神聖術のみで、聖術は異形と戦うための力だ」

 聖術、神力ともに、リュトが初めて聞く言葉だった。

 魔法が邪悪な力だと言う話は噂として聞いたことがあったが、対象として神なる力と言われる聖術なるものがあるなど、聞いたことも無かったのだ。

 リュトは、城にこもりきりだった自分の無知さを認めざるを得なかった。


 「お前さんが使っていた力は、聖術なのか。それとも、魔法なのか。どっちなんだ?」

 リュトが使えるのは、邪悪な魔法。

 先ほどまでの話の流れで、質問に正直に答えるなど馬鹿もいいところだ。

 「どっちでもいいだろ。邪魔者を消せた。それだけで十分だと思うが」

 「命を助けられた力だ。今更俺たちがどうこう言うつもりはないが、不用意に使用しない方がいいだろう。教会の人間に目を付けられれば、厄介なことになる」

 やはりヴォルガンは、リュトが使ったのは魔法だと気づいている。

 その上で忠告したのだ。

 教会に注意しろと。

 相変わらずまわりくどい言い方は気に入らないが、参考程度に話を聞く意味はあるだろう。

 それに、教会のことはリュトも知っていた。

 城にいた頃、しきりに命を狙いに来た相手だ。

 皇族の生き残りであるリュトを、どうしても始末したかったのだろう。

 リュトが今も生きていて、更に魔法が使えると知られれば、教会は総力を挙げてリュトを殺しに来るはずだ。

 そうなれば、リュトだけでなく、エルにも危害が及ぶかもしれない。

 リュトは魔法の使用には慎重になろうと決意した。


 「確かに教会は面倒だな。だが、あんたがそんなこと言っていいのか?教会側の人間だろ」

 先ほどの話を聞くに、この世界で生きていく為には、教会に従っていた方がいいと言うことだった筈だ。それなのに、ヴォルガンの教会に対する物言いは、信仰心があるようには聞こえない。

 リュトは探るような視線をヴォルガンに向ける。

 「俺たち教会とは別ものだぞ。自分たちの理想を掲げ行動している自由軍だ。言わば野良だな」

 「反乱軍なのか?」

 「それも違うな。教会に所属してはいないが、対抗する気も無い。俺たちは、教会の恩恵を受けられなかった人間の集まりだ。だから自分たちで自分たちの住処を守っている。教会からの支援がない代わりに、まどろっこしい制約も無い。教会都市に住んでる奴らは、いろいろな制約に縛られて自由には生きられないって話だ。その代わり、ここよりは安全なんだろうけどな」

 「教会に攻め入って、場を奪えばいいだろう。そうすれば教会の制約とやらも関係なく、安全も自由も手にれられる」

 「この人数でそれができると思うか?」

 「同じような連中と組めばいい」

 「俺たち以外の自由軍なんて聞いたことがない。おそらくいないだろう。俺たちがここで暮らしていけるのも、奇跡みたいなもんなんだ」


 ここで偵察隊が報告に来る。異形の巣を見つけたとの知らせだった。

 「すまないが、急用ができた。続きは後で話そう。そうだ、ただ待っているだけでは暇だろう。スファラ、リュトに村を案内してやってくれ」

 「私もヴォルガンと行くわ」

 「スファラ、客人をもてなすのも仕事だ。頼まれてくれないか」

 「……わかったわ」

 「じゃあ、頼んだぞ。ロッシュ、イバル、アシエ。残りの奴にも声をかけて来い。昼前には出るぞ」

 四人は慌ただしく部屋を出たいった。

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