第14話 婚約の挨拶じゃないよね?

 「父さん、帰ったよ」


 俺がそういうと、居間から父さんが顔を出す。


 無精ひげを生やし、逆立った金髪。腹筋は割れており、俗にいうマッチョという体型だ。


 袖なしのシャツを一枚だけ着ている。


 夏はだいたいこの服装である。


 「おう! 帰ったか!」


 ここが俺の住んでいる家だ。


 八畳程度の畳部屋と小さなキッチンにトイレとお風呂、それが我が家の全てだ。


 昼間は部屋の真ん中にちゃぶ台を置き、夜にはそれを片付けて俺と夏未と父さんは川の字で眠る。


 「あれ、夏未は?」 

 「なんか緊急でお金が必要と言ってコンビニバイトのシフトを増やしたぞ。何かあったのか?」

 「まぁ、ちょっとな」

 「って、お客さんか?」


 父さんは家の前で待つ冬華さんに気付く。


 「ほう?」

 「御機嫌よう、突然の来訪、申し訳ありません」

 「ほう、ほうほうほう……」


 冬華さんをじっくりと眺めつつ、俺の表情を伺う父さん。


 口振りはふざけているが、決して嫌らしい視線ではない。


 きちんと人となりを見極めている顔だった。


 「昨日は帰ってこないと思ったら、そうかそうか……誠司、お前もついに……」


 勝手な解釈をした父さんは涙ぐんでいる。


 「色を知ったか!」

 「ちょっと父さん」


 別に冬華さんと何かがあったわけではない。


 だというのに冬華さんは俺に対して何かよくないことを企んでいる顔を見せる。


 にやりと微笑み、即座に整った表情に戻して父さんの方を見る。


 「お初にお目にかかります。お義父様。私、満月冬華といいます。不束者ですがどうかよろしくお願いしますね」


 綺麗な正座をした冬華さんは、父さんの前で手をつき、頭を下げる。


 整いすぎたその所作に、驚きを隠せない。


 と、俺が若干引いていると、彼女が父さんに気付かれないようにチラリと俺を見てぺろりと小さな舌を出してきた。


 いい性格してるナァ……。


 「……満月家、ああ、思い出した。父さんも知っているぞ」

 「そうなの?」 


 有名な世界的企業ではあるが、父さんとは縁遠い世界だと思っていた。


 テレビもないからCMも見ないし。


 「ああ、よく納品させてもらっているよ」

 「納品、ああ」


 俺が納得しているが、冬華さんは理解していないようだ。


 「そう畏まらんでくれ、むずがゆいさ、あっはっは!」


 元気に大声で笑う父さん。


 「ちょっと……! ちょっと……!」


 冬華さんは小声で俺に話しかける。


 「星見君のお父様、いったい何のお仕事を?」

 「父さんは冒険家だよ」 

 「えっ!?」

 「父さんは時折、世界中にお宝探しをしにいくんだ」

 「…………はぁ?」


 家が貧乏な理由はそこにある。


 別に定職に就いていないだとか、賭博癖があるというわけではない。


 父さんは世界中の宝を集め、それを納品することで路銀を稼いでいるわけだ。


 宝探しというのは、安定した収入とは程遠い。


 見つからなければ収入はゼロである。


 俺と夏未が雑草辺りで飢えを凌いでいた時代は、特に宝探しの成果が乏しかったころだ。


 最近は満月グループへの納品ルートがあり、金払いもいいようで……生活は安定している。


 「すげぇよな。父さん、旅先で母さんに出会ったんだ。で、一緒に何度も旅をして結婚したんだから」


 世界中を冒険したい――子供が一度は考える夢だ。


 子どもの夢をそのまま実現したのが、父さんだった。


 「そう……それで、お母様は? せっかくだから彼女として挨拶をしたいのだけど」

 「伝えるのはできないよ」

 「フン、まだ理解していないのね。星見君は私の所有物であり執事であり、彼氏様よ?」


 ピン、と余り……いや、慎ましい胸を張って主張する。


 夏未が怒ろうが、俺が否定しようがお構いない。


 唯我独尊を地で行くお嬢様だ。


 だけど世渡りもうまく、父さんも冬華さんを信じ切ってしまっている。


 これは大変な事態になったのだと今になって俺は気づく。


 「いや、できないんだな、それが」

 「強情ね、どうしてよ」

 「母さん、俺と夏未がまだ小さいときに病気でね。もともと病弱な体だったから」

 「っ……!」


 冬華さんは目を見開く。


 「ごめんなさい、私、何も知らずに……」


 顔が真っ青に染まってしまう冬華さん。そんな彼女に俺は笑って返す。


 「気にしないでよ、もうだいぶん前だし……別に悪気があったわけじゃない」

 「そうさ、冬華さんは何も悪くない」


 俺と、いつの間にか話を聞いていた父さんは同じ気持ちだった。


 冬華さんに悪気がないことは、誰が見てもわかる。


 「見てやってくれよ、誠司の髪を」

 「髪……?」

 「この黒髪はな、母さん譲りだ。だからこいつが元気でいれば、いつも母さんは近くにいてくれる……そう思えるから、悲しくなんてないさ」


 父さんが冬華さんを慮って、大きく笑う。それに俺も続く。


 「だから気にしないでほしい。むしろ、気にされる方がしんどいからさ」

 「……そう、その……」


 少しの間でしかないが冬華さんと接してわかったこととして……彼女は自信家な側面が強いが、それ以上に繊細な心をしているのではないか……と思っている。


 俺を所有物にしたわけだが、別に人権無視と取れる行動は一切とっておらずむしろ気遣っている。


 夏未との関係性は、まぁ、売り言葉に買い言葉ってやつだろうし、本気でいがみ合っている様子はない。


 話題を変えた方がいいだろう。


 「父さん、忘れてたけどこれ、土産」


 駄菓子屋で仕入れたツマミに爺やさんが買ってくれたビールの数本を手渡す。


 「おお!? い、いいのか!? 結構高かっただろう、な、満月さん」

 「い、いえ……別に高くは……」


 父さんはまるで宝石を手にしたときのように喜び、嬉しそうにビールを両手に掴む。


 「な? 言ったろ?」

 「……これでよかったのかしら……」

 「それでな、父さん。少し冬華さんとのことで話があって……」


 本題を忘れてしまう所だった。

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