最終話 起こさない後悔
「――ねぇ!」
暗闇の中、遠いところから俺を呼び掛ける声が聞こえた。
「ねぇってば!!」
その声につられるように俺はその方向へ歩いていく。
何故近寄ろうとしているのかはわからない。
ただ何となくその声がする方へ歩いていった方が良い気がしたのだ。
その方向へ進むと一筋の光が見えた。
あそこに向かえばいいのか、と意識がそこに集中すると、どんどん進むスピードは加速する。
加速し、浮上し、光一面の世界に囲まれると――、
「ねぇ! キョウちゃん! 聞いてる!?」
目の前にカコの顔が現れた。
いや、現れたのではない。
おそらく最初からいたのだから。
どうやらカコの前で意識が飛んでいたらしい。
「ねぇ⋯⋯大丈夫?」
意識が回復しても未だ呆然としている俺を見て、カコは眉を顰めて心配そうな表情をする。
――これ以上心配させるわけにはいかない。
「あ、あぁ⋯⋯」
とカコに笑みを浮かべる。
「ちょっと寝不足でな」
「あ! またサクちゃんのところ行って夜更かししたんでしょ!? キョウちゃんのお母さんに言ってやろう~」
「それは勘弁してくれ」
俺は普通の笑みから冷や汗混じりの苦笑いに変換し、カコの告発を取りやめるように懇願した。
母さん、怒ると怖いんだから。
ちなみに『サクちゃん』というのは俺の親友の名前だ。
そんな俺の懇願にカコは得意げな顔をする。
「どうしようかなぁ? まぁキョウちゃんがどうしてもって言うなら、聞いてやらないこともないかなぁ~」
「⋯⋯はぁ。明日の昼、お前の好きな学食のプリンを奢ってやる」
「キョウちゃんの頼み聞き入れましょう!」
絶対だからね、と最後に念押ししてカコは俺の要求を聞いてくれた。
その一連の流れに安堵して、俺はほっと息を吐いた。
――ん?
俺は首を傾げた。
何かこの会話を昔やった気がする。
いや、でもカコとの会話なんていつもこんな感じだ。
何の面白みがないたわいもない話。
なのに、心のどこかでこの会話に妙な引っ掛かりを覚える。
いったい何だったっけ? と俺は考えると、脳の奥底で女の子の影が映った。
知らない娘だ。でも俺はその娘と会ったことがあると確信できた。
いったいいつ会ったっけ? と俺は更に深く考えていると、
「あ、そういえば私、観たいテレビがあるんだった!」
とカコが叫ぶ声が聞こえた。
気が付いたら、ここは住宅街の中にある見晴らしの良いT字路。
渡ろうとした道路の先には――何故か見覚えのある――車が走っているのが見えた。
――あぁ⋯⋯そうだった。
そこで俺は全てを思い出した。あの数奇な旅行を。
あの不思議な娘のことを。そしてこれから
俺は駆け出そうとするカコの腕を躊躇なく掴んだ。
「え?」
そして俺の胸元に彼女を引っ張ると、勝手に走らせないように抱きしめた。
「な、何? キョウちゃん、どうしたの? 急に?」
顔を赤らめて俺を見るカコ。
それを無視して、俺はT字路を見ると、目の前には車が――。
――キィィ……!
突っ込んでは来なかった。
カコが飛び出してくるかと思って一度急ブレーキを掛けた後、安全運転で俺達を横切ったのだ。
その車を運転する若い青年は幸せそうな笑みをしていた。
――きっと彼の奥さんの内から何か良いものでも授かったのだろう。
「ね、ねぇ、キョウちゃんってば?」
「お前の観たいテレビって昨日予約してただろ?」
「あ!」
俺が指摘することで、漸く思い出したカコはにへらと笑って
「そうでした~」
と頭を掻いた。
「ヒュ~」
そうやって俺とカコが会話していると、前の方から口笛が聞こえた。
見ると、青い制服を着て、手に赤い指示棒を持つ四、五十代くらいのおっさんが揶揄うように笑っていた。
信号機の修理のため、臨時的に人が交通誘導しているのだろう。
「お前さん達、見せつけるね~。おじさん、困っちゃうよ」
「あ⋯⋯」
その揶揄いにカコはわかりやすく赤面させると、身体を捩り始めた。
「キ、キョウちゃん、は~な~し~て~」
だけど俺は離さない。離してはいけないと思ったからだ。
そしてカコを抱きながら、あの娘について思い出す。
もう会えないあの娘。彼女は俺の幸せを心から願っていた。
俺の幸せとは何か?
そして俺が後悔しないためには――。
「――好きだ、カコ⋯⋯」
「え、えぇ~~!?」
俺の急な告白にカコは素っ頓狂な声を出し、更に顔を赤くさせる。
おっさんも目を丸くさせていた。
「雰囲気が良い場所じゃなくて、こんな所で申し訳ない。
居ても立っても居られなかったんだ。でもこれは俺の本当の気持ちだ。
付き合ってくれ、カコ」
俺の思いは、もう俺だけの思いじゃない。
俺が幸せになるためにはこれまでも、これからもカコが必要で、カコが幸せになるのが俺の、俺達の幸せだ。
だから絶対にカコをもう離したりしない。
離したとしてもそれは今じゃない。
もっとずっと先の未来なんだ。だから――。
「し、しょうがないな~」
そう言ってカコは俺の拘束を抜け出すと、俺の方を向いた。
嬉しそうな笑みを隠さずに、何故か敬礼をすると、
「不束者ですが、よろしくお願いします」
「――こちらこそ」
「おぉ~! これはめでたい! おめでとう!」
そして――おっさんの祝福の下――この日俺とカコは幼馴染から恋人になった。
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