蝶が舞うその季節に~幼馴染が死んだ。されど俺は少女と旅をする。後悔無くし、過去救い、未来で再び会うために~
久芳 流
第1話 幼馴染が死んだ
幼馴染みが死んだ。
事故だった。学校が終わり、いつものように俺と二人で帰っている時に起きた。
いつものように黒のボブの髪を元気に揺らし、天真爛漫な笑顔を俺に魅せて、それが恥ずかしくて軽く揶揄うと、頬を膨らませていた。
つぶらな瞳で睨まれても全然怖くなくて、それをまた揶揄うと、
「もうキライ」
とか言って拗ねるんだ。
でもすぐに機嫌を戻して、また俺の隣で特に面白みがなくたわいもない話題を繰り返す。
いつもの帰り道。変わらない日常。特別なことなんて何もない――はずだったんだ。
なのに。
幼馴染みは――カコは死んでしまった。
警察からは、車の暴走だった、と聞いた。
そんな大きくない通り。住宅街によくあるような、あまり見晴らしの良くないT字路で、車なんて滅多に通らない。
その油断がダメだったんだ。
「あ、そういえば私、観たいテレビがあるんだった!」
と信号が青になった途端に周りを確認せずにカコは飛び出した。
だが、猛スピードでこちらに迫る車を見ていなかったのだ。
俺も気付くのが遅かった。
カコの手を引くこともできず、伸ばした手は宙を掴んだ。運転手も慌てたような顔をしていた。
ブレーキを踏んだような仕草があの一瞬でもわかった。だが――止まることはなかった。
ブレーキが効いた様子も、スピードが落ちることもなかった。
そのままの速度を維持し、その車はカコの身体を――。
人間、自身が危険な状況になると、全てがゆっくりに見えると聞いたことがある。
でもそれは
あの時、
カコが飛び出す瞬間。
車にはねられる瞬間。
カコが宙を舞う瞬間。
過ぎ去った車がハンドルを切り塀に当たる瞬間。
カコが頭から地面に落ちていく瞬間。
そのどれもが全て、この目に、この耳に、この脳に焼き付いてしまって離れない。
今、こうして病院の霊安室で座っている間も、カコの顔に覆われている白い布を見ながらも、あの一瞬一瞬がフラッシュバックする。
運転手である二十代の青年の話だと、ブレーキを確かに踏んだが止まらなかったそうだ。
スピード違反をして車を走らせていたのも認めていた。
彼の奥さんが急に倒れたそうで、その奥さんが運ばれたという病院に急いでいたそうだ。
――その病院は、皮肉にもカコが運ばれたのと同じ病院だったのだが。
「焦っていて、周りが見えなくなってしまっていた。
妻は妊娠していたんだ。母子ともに危険な状態でって言われて。
信号も青のままだと思い込んで、そのままスピードを落とさず走らせていた。ブレーキも効かずに⋯⋯⋯⋯。
蝶野さんには、カコさんには、本当に申し訳ないことをしてしまった⋯⋯⋯⋯」
その青年の言葉だ。
自分のしでかしてしまったことを深く後悔し反省しているその姿を見てしまって、俺は怒る気力が失せてしまった。
――俺にも後悔が確かにあるからだ。
俺があの時カコの腕を掴めていれば、と。
何回も、何万回も、いや、何億回もあの時の一瞬を思い返してしまう。
「なんで、俺はあの時掴めなかった?」
俺は手をギュッと強く握りしめ、後悔を口にする。
「なんで、カコはこんな所にいるんだ⋯⋯?」
カコはまだこれからがあったはずなんだ。
こんな所にいるべき人間じゃないんだ。
まだ「ドッキリでしたー!」って元気な顔を見せてくれる方がいつものカコらしい。
俺は立ち上がり、カコの顔を見るためにその白い布を取った。
でもそんな希望は瞬く間に消え去る。
顔は綺麗なままだが、正気はなく、息をしている様子もない。
なのに、なのに――。
「なんで、カコはこんな所でも笑顔なんだよ⋯⋯?」
白い布の下から見えたカコの顔は安らかな微笑みを見せていた。
だけど、これ以上もうカコの笑顔を見ることができない。
あの天真爛漫で人の良さそうで楽しそうで優しげな笑顔を、俺はもう二度と見ることができない。
それがわかっているのに、俺の目からは――。
「なんで、俺は涙が出ないんだよ⋯⋯ッ!?」
「――ならその後悔、私が無くしてあげる!」
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