大は小を兼ねる
「朝から災難だったな」
「……あぁ、ドッと疲れたわ」
先ほどの出来事を思い返しながら俺はそう言葉を返した。俺と姉さんが一緒に写っている写真を取り出し、浮気をしていたと亜梨花に詰め寄る三上だったが全く相手にされることはなかった。それどころかただの勘違いというのもあったし、夜になってまで俺を付け回したこともあって彼を見つめるクラスの視線は微妙なモノになっていた。
「……これはこれでめんどくさいことになりそうだな」
席に座る瞬間、本当に一瞬だったが鋭い目を向けて来た三上の様子……下手なことはしないと思うけど、少しばかり警戒しておいた方がいいかもしれない。俺もそうだし万が一亜梨花に何かしようとするならそれは絶対に許されないことだ。
めんどくさいことになる、そんな俺の呟きはどうやら親友たちに聞かれていたらしい。
「ま、十中八九何かあるだろうなぁ」
「男の嫉妬は見苦しいって言うけど……逆恨みした奴のやることは分からねえしな」
違いないな……けど、三上の言葉に考えることはあった。今の俺たちの関係は俺と亜梨花、姉さんと兄さんしか知らないことだ。たとえ俺たちがその関係を望んで受け入れ、幸せだと実感できても周りは決して認めてくれない……それを俺は三上の様子から思い知らされた気分だった。
そんな風に思い詰めた顔でもしていたかな、俺の視線の先で二人が笑った。
「ま、あまり気にすんじゃねえよ。もし三上が……いや、あいつだけじゃないか。何かちょっかい出してくるような奴らが居たら俺が相手してやる。由香との仲を繋いでくれた恩返しをさせてくれな?」
「まあそういうことにならないのが一番だけどさ。遠慮なく頼れよ?」
「……あぁ、サンキューな」
本当に持つべきものは親友ってことか。俺が健一や宗吾にこんな言葉をもらっているように、亜梨花の方も友人たちから色んな言葉をもらっているみたいだ。お互いに本当に良い友達に恵まれたらしい。
「……っとまあそれは置いておいてさ」
「?」
遠くで友人たちと話している亜梨花を見つめていた俺の肩に手を置いたのは宗吾だ。何か聞きたいことがあるようだが……。
「蓮のお姉さんってどんな人なんだ?」
興味津々なその様子に俺は何だそんなことかと溜息を吐いた。でもよくよく考えたら宗吾もそうだし健一もそうだけど、俺の家に遊びに来たことはないんだよな。大抵が二人の家に遊びに行くか、或いは外で落ち合って出掛けるのどちらかだったし……だから二人は姉さんはおろか兄さんにすら会ったことはない。
「そんなに気になるの?」
「いやー見てみたいじゃん。話してくれるだけで見たことないからさ……ダメか?」
「俺も見てみたいんだが」
「……まあ別にいいけど」
減るもんじゃないし別にいいか。
俺はスマホを取り出して写真のフォルダを開き……よし、これにするか。俺が選んだ写真はつい最近撮った奴だ。といっても姉さんが酒に酔って俺に抱き着き、何故か俺のスマホを奪って撮らされたものだ。
「ほれ」
「おぉこれが……」
「……………」
力任せに姉さんが俺を抱きしめているので変な体勢になってるのは仕方ない。具体的に言うと見るからに酔っているのが分かるくらい顔が赤い姉さんに抱きしめられ、困り顔の俺が姉さんの胸に頬を当てている写真だ。
「……なあ健一」
「何かな宗吾」
な、なんだお前ら……。
「姉っていうかさ、年上のお姉さんっていいよな」
「そうだな。しかもこんなに美人でスタイル良くて……弟になりたい」
「同感」
「何言ってんだお前ら」
何言ってんだお前ら……大事なことなので二回。まあでも実際に姉さんを持つ身としては分からない気持ちではない。年上の女性だからこそ感じる包容力とも言うべきか、甘えたいと思わせる何かがあるのも確かだと感じる。
健一はともかくとして……宗吾、今の発言はもう少し考えるべきだったのかもしれないな。二人は俺のスマホを覗いており注意力が散漫になっている。つまり、二人の……正確には宗吾の後ろに立つ存在に気づけていないようだ。
「宗吾~? 年上のお姉さんが良いって何のことかなぁ?」
「あばらっしゅ!?」
そのビックリした声はギャグかな? このタイミングでそんなことを言うのは一人しか居ない。ブリキの人形のようにギギギと後ろを向いた宗吾を出迎えたのは笑顔の新城さんだ。でも心なしかゴゴゴと炎が見えるような気がする。
俺にスマホを返した宗吾は早速新城さんのご機嫌取りに回った。相変わらず仲が良いなと俺は健一と一緒に苦笑した。
「それにしてもビックリするくらいに美人だなお姉さん」
「だろ?」
「おぉ……まさかそう返してくるとは思わなかった」
本当のことだしな。本当に綺麗な人で、可愛い部分もあって……たくさんの魅力を持った人だ。もちろん亜梨花と比べることなんて出来ないけど、俺は姉さんのことをそう思ってる。
「まあでも、ちょっと裏がありそうな怖さも感じるけど……って悪い、気を悪くしないでくれ」
「いやいいよ。案外間違ってないし」
「ふ~ん?」
色んな意味で健一も勘が鋭いよなぁ。そのように健一と話していると、ようやく宗吾への説教が終わったのか新城さんも話に合流した。げっそりとしながらも嫉妬してくれたことに嬉しさを隠しきれていない宗吾に少し引きつつ、新城さんも写真を見たいと言ったので見せることに。
「これが神里君のお姉さん……あれ? この人確か……」
「見たことあるの?」
戸惑いながらも新城さんは頷いた。偶然見ただけなのか、まさかの話したことでもある仲なのか、新城さんは教えてくれた。
「結構前になるんだけど、お母さんと買い物してた時にね。この人が男の人に土下座されてたっていうか……」
「……う~ん?」
え、なにそれ……でもちょっと心当たりというかどういうシチュエーションなのかが理解できてしまう。
「僕には君が居ないと駄目なんだ。なんでも出す、お金でもなんでも、だから僕と結婚してほしいって土下座してて……それでその女の人がゴミを見るような目で見下してて……お母さんと一緒に凄い人が居るもんだねぇって話したことがあるの」
「やっぱりそういう……」
実を言うと、昔の記憶を掘り起こしてみるとそれに似た光景を俺も見たことがないわけではない。まだ中学の時だったか、時期的には亜梨花と出会う前くらいだ。姉さんと一緒に出掛けていた時に一人の男性が話しかけてきてそんな空気になったことがある気がする。
『私は今愛する弟とお出かけ中なの。分かったら視界から消えてくれるかしら? 目障りなんだけど』
今までに見たことが無いほどに怒りを滲ませるその様子にビビり散らす俺が居て……あの時はちょっと情けなかったな。そんな俺の様子に気づいた姉さんがハッとするように笑顔を浮かべ、俺を抱きしめながら地獄の底から聞こえてきそうな声で男性に何か言っていたのは辛うじて覚えている。
「まあでも、この写真を見るとお姉さんは本当に神里君のことが大好きなんだって伝わってくる。本当に良いご家族に恵まれたね?」
「本当にそう思う。ありがとう新城さん」
「ふふ♪ でもお姉さんかぁ……私は一人っ子だから羨ましいな」
確かに姉弟が居ない人からしたらそう思われることもあるのかな。一人っ子だから家で気が楽だとかそういうのもあるらしいけど……今更姉さんや兄さんが居ないことなんて考えられないか。新城さんは再び宗吾と二人の空間を作り始め、健一がリア充めと舌打ちをするいつもの光景。いつもならこれが普通だけど、やっぱり俺たちの日常に変化はあるのだと“彼女”が教えてくれる。
「れ~ん君♪」
可愛らしい声と共に背後から抱き着かれた。視界の隅に見える薄いピンクの髪、肩の辺りに感じる大きくも柔らかな感触……それを抜きにしてもこんなことをしてくるのは一人しか居ない。
「だ~れでしょうか?」
「正解したら何かもらえる?」
「う~ん……私の愛をプレゼントします」
「亜梨花」
「正解! ぎゅ~♪」
あ、健一の目が死んでる……。
「……俺もそんな風にされたいなぁ。女の子のおっぱいの感触を肌で感じてえよ」
「渡辺君、そういうことは口に出さない方が……」
「そういうのってさ、揉んだりするよりいいと思うんだよ個人的に」
だから言わない方が……。
「分かる、分かるぞ健一。憧れるよなぁそういうの」
「宗吾? それは単に私がまな板って言ってるのかな?」
「ち、違うぞ由香! 由香は決してまな板じゃない! 普通の人より無いだけなんだ!」
「……………」
フォローにも何にもなってねえよ。
胸のことに関しては新城さんも思うことがあるのかヘソを曲げてしまったものの、亜梨花が何とか新城さんを慰めてくれた。
「ねえ夢野さん、きっと揉ませてくれたら私も大きくなると思うの。だから揉んでいい?」
「どうしてそうなるの……。揉んでいいのは蓮君だけだからごめんね?」
「……おぉ」
痛い! なんで俺を殴るんだお前らは!
騒がしい朝の風景……楽しいけどやっぱり疲れるな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます