夢、夢、夢……
昼食の時間になった。やはりと言うべきか、いつもの面子の中に亜梨花の姿が加わった。あれから宗吾と新城さんにどう話したものかと悩んでいたが、亜梨花がストレートに現状を説明してくれたおかげですんなり受け入れられたのだった。
宗吾は意外そうに目を丸くし、新城さんは面白そうに詳しいことを亜梨花に聞こうと身を寄せる。それぞれの反応はある意味俺の思った通りのものだった。亜梨花が俺たちの輪の中に加わるというだけでいつもと違うため、やっぱりそれなりに人の目を集めた。だが有坂が特に何も言わず、逆に亜梨花が傍に居ないことに安心するような仕草が見られたのも謎のままだ。
「ご馳走様。相変わらず由香の作ってくれる弁当は美味しいわ」
「ふふ、ありがとう宗吾」
「ちっ、リア充め」
「……渡辺君さっきからずっとそれじゃない?」
手に持っている箸を折りそうな勢いでグッと握りしめる健一の様子に亜梨花が苦笑する。何というか……馴染んでるな。思えばこの面子の中に亜梨花が加わったのは今日が初めてで、ましてや昼食を共にするのも初めてだ。それなのにまるでずっと前から一緒に居たように亜梨花は馴染んでいる。それぞれに話を振る場合も興味を持つような内容だし……本当に亜梨花は俺たちのことを“知っている”ようだ。
「うん? 蓮君どうしたの?」
「……いや」
それとなく亜梨花の横顔を見ていたつもりだが、ふとこちらに視線を向けた亜梨花と目が合った。考え事をしていたとはいえジッと見つめていたのを気づかれるのは結構恥ずかしい。口元に手を当ててニヤニヤする新城さん……変なこと言いそうだぞこの人……俺のその予感は正しかった。
「神里君はきっと見惚れてたんだよ夢野さんに。ね? 神里君」
「……………」
コテンと首を傾げるその様子に殺意の波動に目覚めそうだった。純粋な問いかけ? そんなことをこの人がするわけがない。現に口元がヒクヒクしてて今にも笑い出しそうだしな……亜梨花にいたっては恥ずかしそうに頬を赤くしているが、その瞳は俺からの言葉を待っているようにキラキラしているようにも見える。
「見惚れてたんじゃなくて考え事してたんだよ。まあ亜梨花は美人だし、見惚れることも結構あるから今更だろ」
そう言って卵焼きをパクりと頬張った。別にこれっぽっちも嘘を言ったつもりはないのだが、ポーっと俺を見つめてくる亜梨花はいいとして、新城さんは目を丸くして俺を見つめていた。どうやら恥ずかしがって狼狽える姿を期待してたんだろうが残念だな。俺だって言うときは言える人間なんだ。
「蓮君」
「?」
「凄く嬉しい。ありがと♪」
「……おう」
ごめんなさい、やっぱり恥ずかしいです。
「……なあ宗吾。ああやって言うときは言う方がいいのか?」
「好きな相手から伝えられるんなら嬉しいんじゃねえか?」
「……そうか。色々言ったけどさ、面と向かってそう言うことを言えない俺はまだガキだってことか。ちとトイレ行ってくるわ」
「食い終わったし俺も行ってくるぜ」
いつの間にか食い終わったのか健一と宗吾は二人揃って席を立った。残ったのは俺と亜梨花、新城さんというメンバーだが、ここで新城さんが唐突にこんなことを口にするのだった。
「……やっぱりあれは夢なんだねぇ」
「夢?」
いきなり何を言い出すんだろうこの人は。何とも言えない視線を向ける俺とは違い、亜梨花は何か気になったのか聞き返した。新城さんは一つ頷いて言葉を続けるのだった。
「最近見る夢があってね。おかしな夢なんだよ」
「ふ~ん」
「……どんな夢か聞いてもいいかな?」
……夢か。夢という単語を聞くと姉さんとの会話を思い出す。ここと似た世界で俺が死んでしまった世界……クソ、あの時の悲しそうな顔をした姉さんまでも思い出してしまう。脳裏に浮かぶその記憶を一先ず忘れようと俺は再び弁当に箸を伸ばした。新城さんの話は亜梨花が聞くだろうし、俺は別に会話に参加しなくても――。
「その世界の私はさ、こんな風にみんなと仲良くしている私じゃなかった。宗吾とも付き合ってないみたいだし……ましてや神里君や渡辺君、夢野さんとも友達じゃなかったみたいなんだよ」
「……………」
話に参加しない、そう思ったが近くにいるせいか声が聞こえるのは当然のことだ。ちょっと興味深い夢だなと思ったので耳を傾けるのだが、隣に座る亜梨花は真剣な眼差しで新城さんを見つめている。何かを考えるように、或いは思い出すように目を閉じている新城さんはそんな亜梨花の視線に気づいていない。
「その世界の私はやっぱり宗吾のことが好きなんだけど……でも何かを堪えるようにしてるの。それでこれも分からないんだけど、どうしてか私は夢野さんを憎んでるように見つめてるんだよ。もうこの時点で訳分からないよね」
「喧嘩でもしてたのか?」
「……う~ん分かんない。ただこのクソアマ死んじまえって念が伝わってくるだけだから」
「物騒だなおい!」
なんだなんだ、その世界では亜梨花と新城さんは喧嘩でもしてたのか? けど、聞けば聞くほど現実ではあり得ないって感じの内容だな。確かに出会った当初は分厚い壁があったものの、今こうして俺たちは新城さんと仲良く出来ている。もちろんこの態度と表情が全て嘘なら役者もビックリだけど、普段浮かべている新城さんの笑顔は嘘ではないと自信を持って言える……たぶんだけど。
「それで、そんな風によく分からない光景が続くの。それで……うん、たぶん神里君だ」
「俺?」
そこで新城さんは俺に視線を向けた。
「私の知る神里君とは雰囲気が凄く違うんだよね。そんな神里君が近づいてきて何かを私に言って……それで私は放課後に有坂君を呼び出すの。それで何かを耳打ちして……ここまでかな。大体いっつもここで目が覚めちゃうんだ」
ふむ、一通り話を聞いてみたけど良く分からないな。
「ごめんね変な話しちゃって。まあ所詮夢だしあんな世界もあるってことなのかなぁ。だとしたらすっごく嫌だね」
一瞬辛そうに目を伏せた新城さんだが、すぐに顔を上げた。いつも宗吾の隣で浮かべている綺麗な笑顔、そんな表情で彼女はこう言うのだった。
「だって宗吾の彼女になれてないのはもちろんだけど、こうして神里君や渡辺君と友達になってないなんて最悪じゃん? だってみんなが居てくれたから私は今の私になれたんだもん。中学の時みんなと仲良くなってなかったらたぶん、あの夢の通りになってたと思うから」
……そうだな。小さな変化、環境の違いで人の人生ってのは大きく変わっていく。俺にしたって今の生活は凄く好きだ。友達の有無もそうだし、家に帰れば姉さんと兄さんが居る。……あり得ないかもしれないけど、もしかしたら姉さんと兄さんを嫌いだと感じている俺が居る世界もあるかもしれないな。
「ただいまっと。なんだ? 妙にしんみりしてね?」
「そんなことないよ。おかえり宗吾」
「おう」
「……何かあったのか?」
「いや別に。お前、手洗った?」
「洗ったに決まってるだろ!?」
「……ぷふっ!」
「ちょ!? 笑うなよ夢野!」
「ごめんごめん。蓮君が真顔なのに驚く渡辺君が対照的すぎて」
健一と宗吾が戻ってきたことで再び明るい雰囲気に戻った。元々暗いわけではなかったけど、新城さんの話は少し考える部分もあったからな。妙に亜梨花が真剣だったのが少し分からないけど気にする必要はなさそう……かな?
それから雑談が再開され、昼休みも終わりに近づき新城さんが自分のクラスに戻ろうとするのだが、こんな言葉を残していった。
「そうそう、後別の夢になるんだけどなんか神里君電車に轢かれて死んじゃうのも見たんだよね。神里君、何か人生に疲れたりしてる?」
「君は俺が自殺するとでも思ってるのか」
「あはは、ないない! だって神里君本当に楽しそうにしてるもん。夢野さんが加わってからもっと笑顔が増えたしね!」
バイバイと手を振って新城さんは教室を出て行った。
なんだか嵐が去って行ったような気分だ……というかさ。
「俺、人の夢の中で電車に轢かれ過ぎじゃね?」
……予知夢とかじゃないよな? ほんの少し怖くなった俺だった。
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