第18話 精霊の力と想い人

 六日ほどかけてライハナたちはシェリン北部の攻撃を受けている場所に到達した。


 なるべく早く片をつけようとライハナは考えた。

 帰りの日数も考慮するとかなり時間を食う。早く戦いを終わらせて早く王宮に帰りたい。そして早くチリーノに会うのだ。


「早く帰りたいんでしょ」

 風の精霊ルマが言う。

「だったらうんと強い力を貸してあげる」

 水の精霊レマが言う。

「何しろ私たちはライハナの恋を応援してるんだから」

 木の精霊リマが言う。


 ライハナは、全身に力が漲るのを感じた。これまで経験したことがないほどの強い力だ。魔力が溢れて、体の周りを青緑色の薄い光が包み込んでいる。

「ありがたいけど、何でここまで……」

「いいからいいから」

「……うん……」

 ライハナは呟いて、ターリクの元まで馬を寄せて行った。


「団長」

「どうした、ライハナ。……って、お前それ、ものすごいな。何だそのめちゃくちゃな力は」

「精霊たちが未だかつてないほどやる気なのです。戦の主力は私にお任せいただけませんか」

「うむ、それがいいな。敵の戦力はまだ読めんが、それだけあったら敵の大半は潰せると見た。……俺や他の奴は、お前の攻撃からこぼれ出た奴らをとっちめることに専念するよ」

「よろしくお願いします」


 ライハナは隊列の先頭に出て、ざっと目の前の荒涼とした地形を眺めた。

 その先から点のようなものが近づいてくる。異民族の騎馬隊だ。


 ライハナは手綱から手を離して、腕を目一杯広げた。


 バキバキバキッ、と地面の割れる音がする。リマの力で巨木が生えてきたのだ。それも、馬が通り抜けられないほどの狭さで密集して。

 あっという間に荒野が森に変わり、敵を防ぐ城壁のようになった。

 ターリクたちは口をあんぐり開けてその様子を見守っていた。


 次いでライハナは両手を前に差し出した。森の向こう側に激しい嵐が巻き起こる。降りしきる雨は最早雨というより滝に近かった。荒れ狂う暴風は敵の馬の前足を浮かせて、じりじりと後退させていく。敵は進むどころではない。進んだところで森の城壁に阻まれて何もできない。


 敵がたまらず撤退を始めたのを見て、ライハナはターリクを振り返った。


「思ったより早く片付きましたね」


 ターリクたちはまだ口をあんぐり開けていた。


「……まさか俺たちの出番が無いとは思わなかったな」

「全くです」


 ハーキムも言った。

 その時風が巻き起こって、ライハナは馬から浮き上がって宙を舞った。


「うわ」

「何ィ!?」

「ライハナ!」

「ルマ、何をしている!?」


 ライハナは焦って言ったが、風の精霊ルマは澄まし顔だった。


「何って、あなたを一刻も早く王宮に帰すのよ。馬なんかじゃ遅すぎるわ!」

「……! 団長〜!」


 ライハナは叫んだ。


「私、一足先に帰らなきゃいけないみたいです! すみません! 馬をお願いします!」

「それは構わんが、お前、大丈夫なのか〜!?」

「分かりません! 失礼します!」


 ライハナは風に乗って猛烈な速さで進み始めた。最後にハーキムの寂しそうな顔がちらりと見えた。

 忙しなく飛ぶ鳥のように空を切って進む。空気抵抗で体に負担がかかるのではないかと危惧したが、そこは風の精霊ルマが器用に調節しているらしい。体に傷一つつくことなく、ライハナは王宮まで飛んで帰った。

 予想外に早い帰りに、王宮に仕える人々は慌てた。部屋が掃除され、花が飾られる。

 魔王アリージュはライハナの帰還を聞いて、珍しく大口を開けてアハハと笑ったとか何とか。


 そしてライハナはチリーノの出迎えを受けた。仮の部屋から出て、綺麗になった自室に移ろうとすると、チリーノが廊下で待っていた。


「お帰り。会いたかったよ」


 チリーノは恥ずかしそうにもじもじしていた。


「ああ、ただいま」

「部屋、お邪魔してもいいかな」

「構わない。茶を用意させよう」


 ライハナは通りがかりに召使いに二人分の茶を頼み、チリーノを連れて部屋に入った。ソファまで導こうとしたが、チリーノが立ち止まったので、ライハナは怪訝に思って振り返った。


「どうした、チリーノ」

「……」


 チリーノは出発前の日のように、ライハナの片手を取ってきゅっと握った。


「あ……」

「怪我が無くて良かった」

「あの……」


 ライハナは頬が火照るのを感じていたが、次の瞬間、あまりのことにひゅっと息を呑んだ。

 チリーノはライハナの体をふうわりと抱きしめたのだ。

 頭の中で火花が散った。


「!? ……!?」

「無事に帰ってきてくれて良かった」


 優しい声が耳元でした。ライハナは完全に動けなくなってしまった。頭の中では恥ずかしさと嬉しさと困惑の入り混じった叫びが幾重にも鳴り響いていて、脳が焼き切れそうだった。

 ライハナが硬直している間に、チリーノはそっと腕を離してライハナを解放した。ライハナは力が抜けて、ぺたんと床にへたりこんだ。そして両手を熱い頬に当てた。


「ライハナ、大丈夫?」

 チリーノがしゃがみ込んでライハナと目を合わせた。ライハナは固まったままだ。

「僕、気付いたんだ。ライハナと会えないとすごく寂しかった。ライハナに会いたかったよ。ライハナのことが心配だったし、ライハナに会いたくて眠れないくらいだった。今、こうして無事に会えてとても嬉しいよ」

「そ、それは……」


 チリーノはにっこりと笑んで、ちょっと恥ずかしそうなで告げた。


「ライハナ、僕もライハナのことが好きだ」

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