第3話 序章/勧誘②

 俺は全身黒いスーツを着た屈強な男に付いていく形で入店した。

 異国の要人を警護するボディーガードマンと何処からどう見ても普通の男子高校生。その異様な光景に周囲から視線を仰がれる。


「あの人、芸能人か何か?」

「でも、制服着てるよ」

「金持ちとかかな?」

「ヤクザの息子とか?」


 周りの人達からもの凄く警戒した目で見られ、ひそひそ声で会話するのが伺える。

 あまり目を合わせないよう、極力視線を案内担った男の背につけながら歩く。一面ガラス張りの窓際の席に着く。そこには真っ白なタキシードに身を包んだ銀髪の好青年がコーヒーを飲みながら優雅にバスターミナルの方を向いて座っていた。

 近づいてくる足音に気付き、こちらへと顔を向ける。


「ボス、連れてきました」

「うん。ありがとう、君たちは少し待機していて」

「「「はっ」」」


 待機命令が下った彼らはボスの周囲にそれぞれ配置し、その存在感を周囲にアピールする。

 店内の雰囲気はより一層重くなり、周囲に座っていた客の数名が退店していく。


 完全に営業妨害だろと指摘したくなるも、今はそんなことを言っている余裕はない。

 てか、このイケメン誰だよ。テレビでも見たことがないくらい整った顔立ち、日本人離れした銀髪に蒼眼の男性。ロシア人かと思わせる風貌を持つ彼の瞳が俺を捉える。


「やぁ、初めまして。えっと……」


 初めましてなのに、俺を呼んだのかこの人……。

 調子が狂う彼の対応にバクバクと鼓動を早める心臓を落ち着かせて挨拶する。


「三津谷陽一です」

「三津谷……あぁ、三津谷君か!急に呼び出してしまって申し訳ないね。さぁ、座ってくれ」


 名乗った途端、彼の態度がガラッと変わった。お互いに初対面な筈なのに、まるで知っている風に話す。そう促されて席に座ると「何か頼むかい」と爽やかな顔で尋ねられるが「結構です」と断る。


 長話に付き合う気はない。用が済み次第、早急にこの場から離脱させてもらうつもりだ。


「それで俺に話というのは?」

「ん~そうだね。まぁ、担当直入に伺えば……君はあの子のカレシ君か何かかい?」


 あの子?カレシ?という急なワードに困惑した。

 この人が誰のことを指しているのか皆目見当も付かない。


「君が先程一緒に歩いていた子。白里チャンだよ」

「白里…唯菜ですか?」

「そうそう。彼女があんな楽しそうに歩いていたのを偶然に目撃してしまってね。つい気になって君に声をかけてしまったのさ」


 なるほど、何となく読めて来た。

 この人は恐らく白里の芸能事務所の社長さんか何かの偉い人なのだろう。

 俺と一緒に歩いている所を目撃し、白里が事務所に黙って男と付き合っているという風に誤解したのではないかと思ったに違いない。


 そうと分かれば話は早い。


「俺は白里とただのクラスメイトで、今日は偶然にも下校するタイミングが重なっただけです。噓だと思うなら後で本人確認してください」


 俺の言い分をありのまま聞き入れ、ふむふむと軽く頷く。


「なるほど、君はあくまでもただのクラスメイトだと主張するんだね」


 主張も何も俺が白里とまともに会話したのはほんの三十分前が初めてなんだが。


「そうです。第一、俺みたいな奴と白里では釣り合わないでしょ」

「そうかな?彼女を見る限り、とても楽しそうな顔をしていたけど」

「彼女は誰に対してもあんな感じです。違いますか?」

「確かに……」


 意外と素直にもあっさりと聞き入れ「一理ある」と呟く。

 噓偽りのない真実を伝え、本人も納得した表情を見るなり、話を切り上げにかかる。


「これで誤解は解けましたなら、俺はこれで……」

「あぁ…もうちょっと話に付き合ってくれないか?」


 このままの流れで早々に立ち去るつもりで立ち上がるも、伸びた長い腕に阻まれる。

 この人の動きと連動するように他の三人も身体をこちらに向ける。その威圧感に耐えかねた俺はあっさりと屈した。


 警戒すべきはこの優男っぽい好青年ではなく、あの三人のボディーガードマン。

 彼らが見張っている以上、強行策は通じないと考えていい。

 内心で諦めた俺は再度席に着き、何か飲み物を頼んでもいいか尋ね、「勿論」と笑顔を返される。レジに向かい、コーヒーを頼んでいるうちに逃げ出そうかと無謀な検討をするも、あの三人組の目が陽一に向いているうちは無駄だと悟る。


「用件はさっきのことだけじゃないんですか?」

「ん~、僕は個人的に君が気になってね」


 コーヒーを口に含ませるも喉に詰まらせないよう落ち着いて飲む。


「無論、性的な意味ではないけどね」

「……コーヒーぶっかけられたいんですか」

「いやいや失敬。少し揶揄ってみただけさ」


 冗談が悪い。

 この会話を隣の隣で座っていた二人の女性がひそひそと何か話をし出したじゃないか。


「君は妙に落ち着いているね」

「そう振る舞っているだけで今も心臓がバクバクです」


 冗談交じりでさっき『コーヒーぶっかけますよ』とか言った途端、ボディーガードマン三人の圧が首筋辺りに触れた気がした。

 危害を加えようものなら武力行使で制圧する。イメージ通りの典型的な姿勢に内心でビビり散らしている。


「ははっ、冗談が上手いね」


 いや、冗談とかじゃないです。

 この慣れない状況に今も必死に言葉を選んでいる真っ最中。


「それはさておき……少し本題に入ろうか」

「本題?」

「まぁ、今からする話は君の苗字が『三津谷』だと聞いたから、しようと思った話さ」


 俺の苗字……まさか……


「君は今話題の有名なアイドル。SCARLETの三津谷香織……のお兄さんで間違いないかな?」


 またか。三十分前も同じような質問を受けたな。

 先程同様に特に噓を言う理由もないため、あっさり「はい」と認める。


「やはりか。彼女も君も落ち着いた雰囲気をしているからかな。少し面影を感じたよ」

「面影も何も……容姿は全く似ていませんけど」


 誰もそんなことは聞いてすらいないが、皮肉っぽく事前にそう伝える。


「ん~別にそう卑下することではないさ。彼女には彼女の魅力があり、君には君の魅力があると僕は思うよ」


 超絶美形の銀髪碧眼イケメンから言われても微塵たりとも嬉しくない。いっそ嫌味に聞こえる。


「お世辞なら結構です。それで、俺が香織の兄であると知ってどうするんですか」

「これもただの確認……とは言わない。僕が個人的に興味を持ったのは君たち兄妹は何か特別な素質がある点さ」

「適当なことは言わないでください」

「適当ではないさ。僕は本心から言っている」


 彼自身の主観をそのまま伝え聞くも、素直にそう受け取れない自分がいる。

 それもこれも今まで、兄妹として比較され続け、兄に対する評価をありのままに聞いて納得していた自分がいるせいか、下手なお世辞を言われる方が反って気分を害される気がしてならない。


「こう言われるのは慣れてないかな?」

「お世辞なら言われ慣れています。嬉しくもない上っ面なお世辞は」

「お世辞か……率直に言ってしまえば君の容姿は平凡だね」


 うん、その通り。

 超絶イケメンのあんたから言われれば別に悪い気もしない。

 ブスより平凡の方が遥かにマシ。


「だが、光るものがある。彼女にはなくて、君にあるものがね」

「……適当なこと言ってません?」


 ほんの十分程度の会話で何が分かる。

 でたらめにも程がある。そう強きに真っ向から声を荒げて否定したくなるも、ボディーガードマンの視線がそれを心中で留めさせた。


「いやいや、僕は至って真剣さ。君を見て思った事を口に出しているだけ」

「それを適当って言うんですよ」

「そうそう。君の魅力はそういうとこさ」

「……」

「物怖じしないその態度に、僕は惹かれたよ」

「口説くなら他の女にしてください」

「違う違う。これはスカウトさ」


 スカウト?

 今、スカウトって言ったか?


「俺を芸能界に引き入れようって話ですか?」

「そうだね」

「それなら謹んでお断りします」

「……もしかして、以前もそんな勧誘を受けたかい?」


 あるわけがない。


「ないですよ。あり得ませんし……受ける気は毛頭ないです」

「これはまた手厳しい。だが、君がもし自分のビジュアルにコンプレックスを抱いている理由でこの話を断るというのであれば、別にそこは変に考えなくていい」

「……どういうことです?」


 この人の発した言葉の意味に疑問を呈する。


「そうだね……口で説明しても分かりづらいと思うから……」


 そう顎に手を当てて考え事を決めると背後で控えていたボディーガードマンの一人に車を出すように指示する。


「申し訳ないが、この後僕に付き合ってもらおう」


 許可を求める前に決定付けた。

 尋ねたところで「嫌だ」という返答が来るのを予想してのことか、取り敢えず逃げ道は断たれたまま。何事もなく解放されるにはこのままこの人に付いて行く他ないと自分の中で結論付け、少しばかり嫌そうな顔で「分かりました」と了承した。

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