四十九話 独りぼっちって、私だけ?

 平凡な一日の講義を終え、今はもう放課後。多くの生徒達が帰路に就き、友人との会話を楽しむ時。

 にも関わらず、私はまだ、レムリア学園に残っていた。本来なら我先に帰るはずなのだけど。

 でも今日は、ルールカさんからお茶会の誘いをもらったから。


 ━食堂カフェテリア・オープンテラス━


「アンスリア様、リヒトさん、メアさん、私のお茶会へようこそおいでくださいました」


 早速私達を出迎えてくれるのは、同じ教室のルールカさん。と言っても、一緒にここまで来たのだけど。

 ただ不思議だったのが、既に準備を終えられているテーブル。人数分のティーセットが並び、可愛らしいクロスまで掛けられていて。

 これだけの用意が済んでいるという事は、ヴァレンティナさんが前もって用意してくれていたのね。


「良いなぁ、私も見たかったなぁ。リヒト君が無双するところ」


 何気無い会話が繰り広げられる中、当然話題に上がるのは先日の馬上槍試合の事。

 皆の感想を聞いていたメアは、大層残念そうにそう言う。メアが本当に見たいのはリヒトの活躍ではなく、敗北した貴族達の泣き顔なのでしょうけど。


「もし機会があれば、いつかヴァレンティナとも手合わせして頂きたいですわね。きっと素晴らしい試合になりますよ」


 やんわりと宣戦布告してくるルールカさん。本人はそんなつもりで提案したのではないだろうけれど、あまり貴族同士で張り合うべきではない。何せこの国の貴族達は、皆揃って誇りプライドの塊なんだもの。

 過去には、ほんの些細な喧嘩から内紛にまで発展した事例もあるのだし。


「ルールカお嬢様、武芸とは無闇にひけらかすようなものではありません。ここぞという時にのみ、行使するものです」


「ごもっともですね。俺も同感です」


「そうなんですか……残念ですわ」


 リヒトとヴァレンティナに窘められ、ルールカさんは少しばかり落ち込んでしまう。


「あっ、そうだ! リヒトさん、私に紅茶の淹れ方を教えてくださるお約束、覚えていらっしゃいますか?」


 と思ったのも束の間。直ぐに気を取り直すルールカさんは、小さく手を叩き、思い出したようにそう尋ねる。

 そう言えばこの間、そんな約束をしたわね。


「はい、勿論覚えておりますよ」


「もし良ければ、今からご教示頂いても宜しいでしょうか」


「畏まりました」


 瞳を輝かせるルールカさんに、穏やかに微笑むリヒト。

 そんな二人のやり取りを見ているだけの私は、ひたすらに紅茶を喉に流し込む。以前のような悪態を吐かないよう、口を塞ぐ為に。


「じゃあ私、食堂カフェテリアで紅茶に合うケーキを買ってきますね!」


 気を利かせたメアが台車カートを持ち出し、食堂カフェテリアへと向かう。

 と思った矢先に、メアの前にはヴァレンティナが立ち塞がった。沈黙のまま、何故か台車カートを受け止めるヴァレンティナ。

 彼女も中々の無表情ポーカーフェイスだから、一体何を考えているのかわからないわね。とりあえずは嫌な予感しかしないのだけれど。


「客人のお手を煩わす訳にもいきません。是非、その役目は私が」


「ほう、ならどっちが紅茶に合う茶菓子を選べるか勝負しましょう!」


「勝負……わかりました。受けて立ちます」


 やっぱりね。こうなると思ったわ。メアも相当な意地っ張りだから、対抗意識を燃やすと思ったわ。喧嘩、しないでね。


「それではティーポットに茶葉を入れましょう。ティーカップ一杯につき、スプーンで二杯程の茶葉を入れてください。今回使うのは細かい茶葉なので、中盛り程で大丈夫です」


「はい!」


 ハラハラと気が気ではない私を他所に、目の前のテーブルではリヒトとルールカさんが特訓を始める。


「リヒトさん、できましたわ」


「はい、茶葉の量はそのくらいで適当かと存じます。次に抽出法ジャンピングをやってみましょう。まずは沸騰した湯を高い位置から注いでください。そうする事により酸素が多く混ざり、茶葉が何度も浮き沈みを繰り返すのです。成功すればより多くの成分が抽出され、風味が増しますよ」


「はい! やってみます!」


 丁寧に説明をするリヒトの顔を、間近で見つめるルールカさん。しきりに頷きながら、真剣に耳を傾ける。

 ……この二人、ちょっと近くないかしら。


「……こ、こうですか?」


「失礼、このくらいの位置からが良いでしょう」


「あっ……はい」


 手が触れる度に頬を赤らめ、ルールカさんは嬉しそうに照れる。それに二人の距離が、異様に近い。

 ……どうしてかしら。何だかよくわからないけれど、涼しい顔で指導するリヒトの姿が、無性に腹立たしい。

 それにリヒトとルールカさんったら、完全に二人の世界に入っているわね。まるで私の事なんて見えていないみたいだし。

 ……何よこの空気、とてつもなく居辛いじゃない。


「わあ! 茶葉が踊っているみたいですわ!」


「流石はルールカ様、一度説明しただけで成功させるとは、実に器用ですね」


「いえ……リヒトさんの教え方が、とてもお上手だからですわ」


 ……良いなぁ、楽しそうで。

 私にも紅茶の淹れ方を教えて。それを言う勇気さえあれば何も問題無いのに、その勇気が出ない。言い出そうとしても、喉の辺りで言葉が詰まってしまう。

 むしろ私は、邪魔なのかもしれない。


 ……いいえ、卑屈な事ばかり考えるのは良くないわ。


「あ、あの!」


 勢い良く立ち上がり、声を出す。気合いを入れすぎたせいか、少し大きめに。

 その声量に驚いた二人は、無言で私に注目する。


「……とても、良い香りが、するわね」


「ふふふ、アンスリア様にそう仰って戴けるなんて、本当に嬉しいですわ。私が初めて淹れた紅茶を、是非召し上がってください」


「ええ、楽しみにしているわ」


 やっぱり言えない。こんなにも情けない自分が、本当にもどかしい。それにルールカさんの天使な笑顔が、私の汚れた心を締め付けてくる。そんな罪悪感のお陰で、すこぶる胸が痛いわ。


「お待たせしましたー!」


 メアとヴァレンティナが戻ってきたところで、都合良く淹れ終わった五杯の紅茶。

 メア達も喧嘩せずに帰って来たてくれた事だし、とりあえず紅茶を戴いて私も少し落ち着こう。


「お嬢様、そう言えば昨日の夜、学校に忘れ物をした、って言ってませんでした? 確か……観測室でしたっけ?」


 暫く経ったところで、メアが思い出したようにそう言う。

 それは先日の天文学の講義を受けた時だ。うっかり落とした万年筆を、私はそのままにして退室してしまった。今日の朝、清掃員にも尋ねてみたけれど、そのような物は見てないと言われてしまって……。

 でも、最後に万年筆を使ったのはあの時だから、きっと何処かに落ちているはずだわ。


「ええ、そうね。ちょっと行ってくるわ」


 そう言って席を立ち、私は別館へと歩き出した。


「アンスリアお嬢様、一人で探すのはお手間かと存じます。俺もご一緒させてください」


 私の事を気遣ってくれているのか、リヒトが申し出てくる。でも、心無しか彼の言い方が普段よりも積極的に思えるのだけれど。


「一人で大丈夫よ、すぐ見つかると思うから」


「……承知しました」


 ━別館・観測室━


 結局リヒトの申し出を断り、私一人で観測室へと訪れていた。すぐに照明を点灯させ、室内を照らす。

 講義の時には気にしていなかったけれど、ここは他の教室よりも暗いから、一人だと少し恐い。


 そして私は、自分が座っていた場所に向かった。

 スカートの裾を折り、まずは机の下を覗いた。隣の席も、後ろの席にも目を通す。更には通路の絨毯も捲り、確認しては戻していく。


「……ここにも無いわね」


 しかし、何処を探しても見当たらなかった。基本的に、どの特別教室も利用される頻度は少ない。だから生徒に拾われて持っていかれた、なんて事も無いと思うのだけど。それ以前に、レムリア学園に通う人間が落ちている物を欲しがるとも思えないし。


 ガチャ。


「わぁ、ここが観測室なんですね! 広ーい!」


「……!」


 どうして私は、こうも間が悪いのか。

 何かをしようとする度、決まって悪い方へと進路が変わる。かと言って、何もしなければ変わらぬ悪夢が手で招く。

 もしもあの時、リヒトを連れてきていたなら……。

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