二十話 本当、タイミング良いわね

「うーん、やっぱり私の杞憂だったかしら」


 サンテリマールを訪れた私は今、アメリナを尾行していた。

 男性の同級生と共に、暗く狭い道を行くアメリナを心配していたのだけど。


「あははは! 何それ、面白いね!」


「でしょ? その後にうちの犬が……」


 終始あんな感じで、楽しそうに語らうアメリナ達。幸いにもヴェロニカ領では治安の悪い土地はない。なら、裏路地を屯する変な輩に襲われる、なんて事もないか。

 それに同級生の彼等にも特に問題無さそうだし、大通りで待たせている馬の元へ帰ろうかしら。

 そう思った私は、来た道を戻ろうと踵を返した。


「……あっ」


 目の前には、黒いローブを羽織った大男が三人。フードで顔を隠し、鋭い瞳だけが私を見下ろす。そのローブの下には、微かに煌めく刃物のような物が。


「これは失礼、先に行かせてもらうよ」


 立ち止まる私の隣をすり抜け、アメリナの後を追う男達。


 私は、この集団を知っている。新聞の記事に載っていたのを、転生する度に嫌と言うほど見せられたから。

 それは覆す事の叶わない大きな事象のひとつ、アメリナを襲う悪漢達だ。

 私が手引きしたとされるこの男達がアメリナを襲撃、拉致監禁の犯行を企てる。でも、偶然居合わせたジュリアン様と護衛に救われ、未然に防がれるはずなのだけど。


「ここはヴェロニカ領、ジュリアン様が現れるはずがないわ」


 点と点が繋がり、線となっていく。きっと今回もそうなる。

 恐らく悪漢達の計画は失敗に終わるだろう。そして現場に居合わせたアメリナの同級生達がこう証言する。主犯はアンスリアわたしだ、と。だから私は何もするべきではない。早急にこの場から立ち去った方が良いのではないか。

 でも、もし今回は違っていたら? アメリナに危険が及んでしまったら?

 答えがわからない。


「そこのお嬢さん」


「えっ? あっ、私ですか?」


「君はもしや、ヴェロニカ公爵の娘さんかな?」


 ついに始まってしまった事象。

 アメリナを取り囲む悪漢達は、穏やかな口調で尋ねる。


「はい、そうですけど……」


「それは良かった。ちょっとおじさん達と一緒に来てくれるかい?」


 そう言いながらアメリナの肩を掴み、一人が刃物を喉元に突きつけた。


「おい、お前! いきなり何してんだよ! アメリナを離せ!」


「そうだそうだ!」


 今にも飛びかかりそうな同級生達と、三人の悪漢が睨み合う。

 今私が助けに入れば、何度も繰り返された事象を打ち破れるかもしれない。きっと無実を証明できる。

 何よりあの三人の悪漢、動きも計画も杜撰過ぎるわ。アメリナの周囲にあれだけの人が居たのなら、普通はその同級生達から崩すのが定石。もし一人でも取り逃がしたなら、すぐに憲兵を呼ばれてしまうのだから。

 間違いない。彼等はただのならず者。まるで素人だわ。


「アメリナ、今行くから」


 覚悟を決めた私は、物陰から飛び出し、駆け出した。

 私ならできる。夜会の時と同じようにやれば良い。武器なんて無くても、私には魔法があるのだから。

 まずは不意打ちで、一人を仕留めて……。


「……嘘、なんで」


 少しずつ足を止めていき、程なくして立ち止まった私。


「……また、選択を間違えたんだ」


 私が見たものは、独りでに倒れていく悪漢達の後ろ姿だった。それは誰かに殴られた訳でもない。文字通り、勝手に倒れたのだ。一人、また一人と意識を失い、泡を吹いて地面に伏していく。


「……見ろ! 怪しい奴がもう一人いるぞ!」


 アメリナの同級生達が一斉に声を張り上げ、私に指を差す。


「あいつも顔を隠してるな。それにあの右手、魔法だ!」


「って事は、あの白マントも仲間か! 皆、あいつを逃がすな!」


 違う、私は関係ない。助けに来ただけなの。なんて言っても、絶対に信じてもらえないわね。もう、どうしていつもこうなるのよ。


「捕まえろーっ!」


 これはどう弁解しても駄目だわ。それにアメリナが無事なら、わざわざこの場に留まる必要はない。なら、とりあえずはこの場から逃げるべきね。

 そう考えた私は、直ぐ様振り返った。細い路地へと入り、追っ手を振り切る。


「きゃっ!」


 ザザーッ!


 その時、突然何かに背中を押された。よろけた足が欠けた石畳に挟まり、足を躓いてしまう。

 何かが背中に当たったこの感覚、私は何度も経験した事がある。それは繰り返された二年生の始まりの日。あの時と同じだ。これはまさか、風の魔法?

 違う。風の魔法なら、まず初めに私のマントが切り裂かれているはず。なら一体、何が私を突き飛ばしたのか。


「見つけたぞ! あそこだ!」


 声を張り上げた一人の若者。それはやはり、アメリナの同級生だった。

 こんな状況で追い付かれてしまったなんて。どうにかして逃げないと。


「痛っ」


 まずい、立ち上がれない。足を捻挫してしまっているわ。だったら這ってでも逃げて……。


「無様に転んで逃げ遅れるなんて、間抜けな奴だな」


「もう観念しろ。お前も憲兵に突き出してやる」


 徐々に迫る足音。紫色に腫れた足首が、熱を帯びる。強く打った膝からは、血が滲む。

 駄目だ。もう、逃げられない。


「……あれ、もしや貴女は、アンスリア様では?」


「い、いいえ、違います。人違いです」


 フード深く被り、ぎゅっと両手で押さえ込む。そして苦し紛れの言い訳。それは最早、私は共犯だ、と認めているようなもの。

 折角アメリナと仲良くなれたのに。それなのに、自ら壊してしまうだなんて。


「……今回は見なかった事にします。でも、次に我等が愛し・・・・・のアメリナを傷付けようとした時は、例え貴女と言えど容赦しません」


「……この悪役令嬢が。絶対に悪事を暴いて、処罰してもらいますからね」


 最後に吐き捨てられたその言葉。

 そうだ、思い出した。このアメリナの同級生達は、断罪の日に私にこう言い放った人物達だ。

(よくも我等が愛しのアメリナを苦しめたな! 貴様の度重なる悪事は全て発覚しているんだ!)

(婚約破棄だけだなんて生ぬるいです! 死刑にすべきです!)


 そう。そうだったのね。彼等があの時の生徒達だったんだ。

 繰り返された事象を覆しても、また新たな事象が生まれ、大きな事象へと修復されていく。そして最後は、私の死で終わる。


 何故こうなってしまうのか。いつもそうだ。何をしても何も変わらず、何もしなくても変わらない。

 やはりこの世界は……。


「……何度やり直しても、無理なんだ」


 そしてアメリナの同級生達が立ち去っていく。地面に座り込んだままの私に目もくれず、手を差しのべる事もなく。

 当たり前か。学園での私は、妹を虐げる冷酷な姉なのだから。


 誰も居なくなった裏路地。道行く人の気配も無く、人が作り出す物音さえ無い。でも返って良かったのかもしれない。こんなにも惨めな私を、誰かに見られなくて済むもの。

 ……なんて、ただの強がりね。本当は、誰かに助けて欲しい癖に。


「アンスリアお嬢様、お怪我をされたのは、右膝だけで宜しいですか?」


 そう言って、私の足に触れる一人の男性。この路地には確かに誰も居なかったはずなのに、彼はいつもそう。まるで予期していたかのように、こうして現れるんだ。

 本当に、助けて欲しい時に。


「これは大変だ。足首も捻挫しているじゃないですか」


「……リヒト、どうして貴方がここに居るのかしら? 今日は休暇ではないはずよ」


 一度見上げた顔を彼から背け、そう言い返す。

 相変わらず無愛想な私。つくづく愛嬌の無い態度で、嫌になる。


「それは当然でしょう? 俺はアメリナお嬢様の執事。旦那様の言い付け通り、本日も影ながら護衛の任に就いていましたので」


 そっか。リヒトはアメリナの執事だものね。私の・・ではなく。

 恐らくあの悪漢達を倒したのもリヒトなのね。私を助けてくれたのも、ただの成り行き。そうに決まっている。


「そう。だったらもう行きなさい。アメリナの所へ」


 どうしてこんな態度をとってしまうのだろう。それはきっと、本当は嬉しいはずなのに、その感情を認める事ができないからだ。

 裏切られたくないのなら、最初から信頼しなければ良い。そう思っているから。


「あぁ、失礼、今のは建前です」


「……えっ?」


「さぁ、応急処置は終わりました。帰りましょう」


 そっと抱き上げ、私を運ぶリヒト。表情一つ変えずに、軽々と。

 彼の心臓の鼓動が、穏やかに聞こえてくる。淑女レディをその手で抱いているのに、何でこんなに落ち着いているのか。そう思うと、少し腹が立つけれど。

 でも、悪くはないわ。


「まだ傷は痛みますか?」


 夕暮れの帰り道。

 共に屋敷への帰路に就くリヒトが、そう尋ねてくる。私を乗せた馬を引き、長い道のりを歩きながら。


「……ええ、でも平気よ。心配ないわ」


「痛み止めの錠剤もありますが?」


「……いらないわ」


「薔薇園、とても綺麗ですね」


「……ありがとう」


 何の変哲も無い会話。平穏な一時。

 もしも周りに人が居たなら、さぞつまらない会話に思うのだろう。でもその会話の中には、沢山の感情が芽生えていた。


「そういえば貴方、またアメリナを放っているけれど、本当に平気なの?」


「先程も言ったでしょう? あれは建前でございます。端からアメリナお嬢様の事なんて心配しておりませんので」


「……そう」


「あっ、ちなみに俺、今日は午後から半休を取ってるんで。ちゃんと旦那様の許可も戴いておりますので、どうかご心配無く」


「……そうなの」


「そうですよ、アンスリアお嬢様」


 私は、それ以上は彼に聞かなかった。

 だったら、どうしてリヒトはあの場に居たの? と。

 私とリヒトは主従の関係。飽くまでもそれは、決して変わりの無い事。

 なら、私がヴェロニカ家を出たら……。


「アンスリアお嬢様、どうかされましたか?」


「いいえ、何でもないわ」


 そんなものは夢のまた夢。

 次こそは、と期待して転生を繰り返し、百年河清待ち続けた事。

 でも私は、また希望を抱いてしまっている。

 彼に。リヒト・アニエルという名の、例外的存在イレギュラーに。

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